16 深也の話
ある朝、深也は自室の掃除をしていた。
深也が本棚の整理に取り掛かっていると、ぎゅうぎゅう詰めになった教科書の間から、冊子を1冊発見した。
それは、昔小学校で配られた、不要になったプリントを半分に折って、白い面だけが見えるようにホチキスでとめられていて、表紙には、子どもらしい崩れた字で「スーパーヒーロー」と書いてある、手作りの漫画が書かれた冊子だ。
「これ……まだ捨ててなかったんだ」
ひっくり返して背表紙を見ると、「やがわ よう」と平仮名で名前が記されている。
「陽……。こういうの、よく書いてたっけ」
……矢川陽。彼は深也の小、中学生の時の同級生だ。小学生の頃は、深也の一番の親友だった。しかし、小学5年生の初夏、陽の給食費が消えたその日、2人のの関係は崩れた。
「お前が俺の給食費盗ったんだろ!知ってるんだぞ、お前のアビリティが姿を消すことだってこと !」
そう怒鳴られて、蹴り飛ばされ、
「頭が良くて運動ができるからって……偉そうなんだよお前!」
鋭い言葉で、深也は胸を抉られた。
その日から、深也に対するいじめが始まったのだ。深也の周りから、友人だった児童達が次々にいなくなり、大勢の児童が深也に聞こえるように、悪口を吐いた。
深也自身、そこまで自覚していた訳ではなかったが、深也の成績はクラスで1番良く、それこそ優等生だと言われてた。
そんな彼が、給食費を盗んだという噂。それは何も知らない他の児童にとってみれば、面白い話題だったのかもしれない。
(僕は酷いヤツだから、責めるのは当然。ハブるのは当然。きっと、みんなそう思ってたんだろうな……でも)
深也の手にある冊子が、強い力で掴まれて、くしゃりと皺がついた。
(あの時、1番悲しかったのは、陽が僕を信じてくれなかったことだ。それから、あの言葉が、陽の本心だって、気づいてしまったことも……辛かった。友達だと思ってたのは僕だけだったんだって分かっちゃって……本当に、苦しかったな……)
視界が涙でぼやけ始めたことに気づき、深也はそっと目をこすった。
「…………嫌なこと、思い出しちゃったな」
深也は苦笑いすると、冊子をゴミ箱に捨てた。
「もう、このことについて考えるのはやめよう。陽とも、中学校に通えなくなってからは会ってないし」
深也はそう呟いて、部屋の片付けを再開した。机の上に出しっぱなしのノートを片付けて、床のホコリを掃除機で綺麗にする。起きた時のままの布団を整えて、棚の上にある、小さなサボテンに水をやって……。
「……よし、終わった」
綺麗になった部屋の真ん中で、大きく伸びをした。
(毎回の掃除は大変だけど、特部に来てからずっと使ってる部屋だから、やっぱり大切に使いたいよね)
そんなことを考えながら、深也は壁にかかったカレンダーを見た。
2021年の、5月29日。その今日の日付には、青色のペンで星マークが書かれていた。
(あ、今日って……僕が特部に来た日か)
深也はカレンダーの29日の欄を撫でながら、困り眉で微笑む。
「……あれから、もう2年経つんだね」
そう呟き、深也は特部に入隊した頃のことをゆっくりと思い返し始めた。
* * *
今から3年前。中学一年生の夏休み明けから、深也は不登校になっていた。ずっと張り詰めていた気持ちが、夏休みで緩んだのだろう。彼の父も心配してた。
父も気づいていたのだ。深也が、小学生の頃から体に傷を作って帰ってきていたことも、中学生に上がってから、黙り込むことが増えたことも。
「深也、ご飯できたよ。置いておくから。昼と夜は冷蔵庫に作り置きがあるから、食べててくれ。父さん、今日は仕事で遅いから……」
深也の父はそう言って、毎朝、深也の部屋の前に食事を置いてくれた。扉越しだったため、深也には父がどんな顔をしていたのか、分からなかった。
しかし、今思い返すと、部屋に引きこもっていた自分よりもずっと辛かったんじゃないかと、深也は思っているのだ。なぜなら、息子である自分の気持ちや、自分の将来のことなど……様々なことを父に抱えさせてしまっていたであろうことが、容易に想像できたから。
海透家は母が交通事故で亡くなっており、深也が幼い頃から父子家庭だった。父は医者で、多忙だったが、家にいる時はいつも深也を可愛がってくれた。優しくて、穏やかな父。深也はそんな父が大好きだった。だから当時の深也は、父に迷惑かけてるのが申し訳なくて、いつも、どうやったら消えられるかということばかり考えていた。
しかし、ある日、深也は、夜中にトイレで部屋を出た時に、見てしまったのだ。父が、母の仏壇に向かって、泣きながら謝ってる姿を。
「紗菜、ごめん。やっぱり、僕だけじゃダメだ…………」
その姿から、深也は目が離せなかった。
「片親だったから…………僕が、頼りなかったから、深也は、自分の気持ちを打ち明けられずにいたのかな?」
「っ…………」
「僕の、せいだよな…………。僕が、仕事ばっかりだったから、こんな、ことに…………」
深也には、父の背中が、今まで見たことないぐらい小さく見えた。まるで……今にも消えてしまいそうなぐらいに。
「深也まで、いなくなったら…………僕は、どうしたらいい?」
父の潤んだ声につられて、深也の頬にも、涙が伝った。
(ずっと、消えたかった。それが、父さんのためになると思ってたし、僕自身、生きる理由が見つからなかったから。でも、僕が消えたら……父さんは、独りになってしまう)
深也は服の胸元をぐしゃりと掴みながら、心の中で呟く。
(消えるのも、消えないのも辛いなら、僕はどうしたらいいんだ?)
その問いに、答えが見つからないまま、時間だけが過ぎていき、いつの間にか、深也は進級していた。
当たり前のことだが、進級すると同時に、新しい担任が深也に登校を勧めに来た。
しかし、また大勢の生徒達がいる中に行かなくてはならないと考えるだけで、深也は怖くて動けなくなってしまった。結局登校できなかったのだ。そんな自分が……何も出来ない自分が情けなくて、更に落ち込んでしまって、余計に何も出来なくなる。深也が、そんなことを繰り返していた、ある日のことだった。
部屋のドアがノックされて、父の声が聞こえたのだ。
「深也に会いたいって言ってる人が来てる。……少しでいい。会ってくれないかな」
父の言葉に、深也の体がビクリと震える。自分のことを悪く思っている人だったら……そう思うと怖くて動けなかった。
「……が、学校の、人?」
深也は震える声でドア越しに尋ねた。すると、今度は父とは違う、若い男の声が深也に声をかけてきた。
「特殊戦闘部隊総隊長の、志野千秋だ。海透深也君。君に話があってここに来た。少し、時間をくれないか」
千秋の自己紹介を聞き、深也は思わず息を飲む。
特殊戦闘部隊の存在は、引きこもりの深也も知っていた。人々を高次元生物から守るために戦う、凄腕の部隊。自分とは縁のない組織だと、深也は認識していたのだ。
「……そんな凄い組織の総隊長さんが、僕に、何の用、ですか…………」
深也が恐る恐る尋ねると……千秋は、落ち着いた声でこう告げた。
「君を、特部に招き入れたいと思って、ここに来たんだ」
「っ…………、え?」
千秋の言葉に、深也の頭は恐怖でいっぱいになる。
「ぼ、僕には、無理、です…………戦ったこと、無いし…………!」
深也が震える声でした反論に対して、千秋は、落ち着いた声色で、しかし、はっきりと、
「いきなり戦いに出ろとは言わない。うちには訓練施設もあるし、君と同年代の隊員もいる。彼女達が、絶対に君を助けてくれる。勿論、私もだ」
と、告げた。
「助けて、くれる…………?」
「ああ。…………絶対に、君を守る」
「っ…………!」
千秋の、力強い言葉。その言葉に、深也は強く惹き付けられた。その言葉を信じたいという思いが、小さく芽生えたのだ。
そして……彼は、数ヶ月ぶりに、他人がいる前で部屋のドアを開けた。
深也が初めて見た千秋は、今よりも少し若い、白いワイシャツに身を包んだ、穏やかな顔立ちの男性だった。千秋は、深也を見るなり、優しい声色で、
「ドアを開けてくれて、ありがとう。君の顔が見れて嬉しい」
と、柔らかく微笑んだ。
「っ……、うっ…………」
その笑顔が、あまりにも温かくて。
「うっ…………うぅ…………」
顔が見れて嬉しいと、会えて嬉しいと言って貰えたのも、深也にとっては久しぶりで。
「うぅ…………っ!」
涙が、止まらなかった。
嬉しかったのだ。少なからず、自分を必要としてくれる人が居たことが。自分のことを守ってくれると言ってくれる人が居たことが。
戦うのは怖いし、特部に入って生き残れる自信も、深也には無かった。
でも、この人が自分を必要としてくれるなら…………どうにでも、なればいい。生きようが、死のうが、受け入れてもらえるなら、それでいい。消えても、消えなくても辛いなら……もう、流れに身を任せてやる。この時の深也は、そう思ったのだ。
こうして、深也は特部に入った。
* * *
深也が特部に入って、すぐの時。新人隊員だと紹介された彼に対して、海奈がすぐに笑顔で握手をしてくれた。
「あたし、美ヶ森海奈!よろしくな、深也!」
その笑顔が、あんまりにも眩しくて……深也も始めは、とても戸惑った。しかし、いつまでも自信が持てない深也に対して、海奈はこんなことを言ってくれた。
「あたしは深也を嫌わない。自分が嫌なら、変わればいいんだ!深也ならできる。あたし、信じてるから!」
そうやって、自分を前に連れて行ってくれた海奈のことが、深也はすぐに好きになった。
それだけではない。翔太や、白雪や、花琳…………そして、聖夜と柊。特部に入隊して出会った仲間達が、深也のことを認めてくれたのだ。だから……深也は、多少なりとも前に進めた。
(特部や仲間は、僕の大切な居場所……。ここにいる人達のためなら、どんなに傷ついても、僕は戦える)
深也は胸に手を当てて、その思いを再確認し、微笑んだ。
しかし、その時。
『東京都心で高次元生物発生!隊員は直ちに向かってください!』
高次元生物の発生を知らせる緊急放送が聞こえ、深也はハッとした。
「っ……高次元、生物!」
深也はすぐさま部屋を出て、ワープルームへと向かった。
* * *
東京都心の大通り。その上空に、大きい鷲のような、鳥型の高次元生物が旋回していた。人々がその高次元生物に目を奪われている中、深也は銃を構える。
(……撃ち落とせれば、こっちのものだ。でも……下を歩いている人にも被害が出る可能性がある。せめて、避難させることができればいいんだけど…………)
どうすれば良いか考えている僅かな隙に、高次元生物が地上に向かって急激に高度を下げてきた。猛スピードで迫ってくる高次元生物に、怯えて逃げる人々。しかし、風圧で煽られて多くの人が宙を舞う。
(っ…………!まずい、このままだと、僕も…………!)
ビルとビルの間の、広い道路を建物ギリギリで迫ってくる高次元生物。深也もその風に耐えきれず、大きく吹き飛ばされてしまった。
(何とか、体制を立て直さないと……このまま落下したら、僕も他の人もタダじゃ済まない。どうすれば…………!)
深也がすっかり焦ってしまっていた、その時。
「『遅延』!」
「『突風』!!」
聞き慣れた2人の声が聞こえ、深也や他の人達の落下速度が緩やかになる。そして、激しい風に押し返されて、怯んだ高次元生物が再び上空へと舞い戻った。
深也は落ち着いて着地すると、振り返って声の主を確認した。
「柊ちゃん!翔太君!」
「深也君、遅れてごめんね」
「状況は?」
翔太が問うと、通信機から琴森の声が聞こえた。
『敵はあの鳥型の高次元生物、1体よ。アビリティは『飛行』。地上にいる人達の安全を考えると、空中戦でケリをつけた方が良さそうね』
「空中戦……か」
琴森の言葉と、仲間のアビリティを元に、深也は作戦を組み立てる。
「空中戦でとどめを刺すことを考えると、決定打は僕の銃か翔太君の『かまいたち』。ただ、攻撃を当てるために相手の動きを止めるのが先決…………。柊ちゃんの『遅延』で、相手の動きを鈍くして欲しい。その隙に、僕と翔太君で攻撃しよう」
深也の作戦に、2人がしっかりと頷く。
「よし、じゃあ私から行くよ!『遅延』!」
柊が手の平を高次元生物に向けて声を出すと、高次元生物が空色の光に包まれて、動きが遅くなった。
「『かまいたち』!」
翔太は風の刃を放った。しかし……的が離れているせいで、当たる前に分散してしまう。
「……狙え、僕…………!」
深也も銃を構えて発砲するが……地上からでは的が小さくて当たらない。そうしているうちに、柊の『遅延』が解けて高次元生物が翼をはためかせてこちらへ暴風を送り込んでくる。
「っ…………!相殺してやる!吹き荒れろ!」
翔太が腕を大きく振り、激しい風を相手の暴風に向かってぶつけるが、それでも完全に相殺することはできず、立っていられない状況が続く。
「っ……どうしたら、いいんだろ…………」
柊が焦った声を出す。その隣で翔太も悔しそうに舌打ちした。しかし……深也は、妙に冷静だった。
「距離が遠くて攻撃できないなら……縮めればいい」
「え?深也君、どういうこと?」
「距離を縮めるって……地上戦には持ち込めないんだぞ?どうするつもりだ……」
戸惑う2人に向かって、深也は落ち着いて作戦を伝える。
「柊ちゃん、もう一度『遅延』をして。それで、翔太君は僕に合わせて、上空に『暴風』を吹かせて欲しい」
「は?お前に合わせて……?それじゃあ、お前だって危険なんじゃ…………」
目を丸くする翔太に向かって、深也は真剣な顔で首を横に振った。
「大丈夫。…………僕を信じて。絶対に、僕が倒すから」
深也の落ち着いた様子を見て…………2人が、顔を見合せて頷く。柊が、風に煽られながらも手の平を突き出した。
「よし、いくよ!『遅延』!!」
青い光に包まれ、高次元生物の動きが、再び遅くなる。それを確認すると同時に、深也は風に逆らって高次元のもとへ駆け出した。
「翔太君!!」
「ああ!信じるぞ!深也!!」
翔太はそう叫びながら、右腕を振り上げる。すると、深也の体が激しい風によって吹き上げられた。深也は、体制を崩しながらも、上空へと舞い上がり……高次元生物の真上に躍り出た。
「これで……!」
深也は腰から出した折りたたみ式の長いナイフを、高次元生物の脳天に突き立てる。
「ギ、ギシャァァッ…………!」
高次元生物の断末魔が響き渡り……ヤツはナイフを持った深也ごと急速に落下を始めた。
このまま落下したら、深也もまず助からない。しかし……深也は、大丈夫だと信じていた。
「『遅延』!!」
「『突風』!!」
仲間が助けてくれることが、分かっていたから。
柊のアビリティのお陰で、深也の落下速度は急激に遅くなり……翔太の『風』の抵抗のお陰で、強い衝撃も無く着地できたのだ。
無事に着地した深也は、ナイフを抜き取り、タオルで汚れを拭き取って畳む。
「深也君!」
「深也……!」
柊と翔太は、深也に駆け寄ると、ずいっと詰め寄った。
「ち、ちょっと、2人とも顔が怖いんだけど…………何で?」
「何でも何もないよ!すっごく危ないことしてたじゃん!」
「俺達のフォローが間に合わなかったらどうするつもりだったんだ!!」
「え、えっと…………2人なら、大丈夫かなーって、思って…………」
「むぅ……信頼してくれてるのは嬉しいけど、心配したんだよ!ほんと、ヒヤッとした…………」
「お前の無茶に乗っかってしまった自分が恨めしい…………」
2人には叱られてしまったが、2人とも、自分の無事を心配してくれていた……それが分かっただけで、深也はなんだか嬉しかった。それが表情にも出てしまっており、彼の顔は自然とニヤケていた。
「あ、深也君、笑ってる!」
「おいお前、自分が危険なことしたって自覚あるのか?……反省してないだろ」
「ふふっ……ううん、大丈夫だよ。……してる。反省してる」
「ほんとに?怪しいなぁ……」
柊も翔太も、深也のことをジトッとした目で見る。その視線が少し気まずくて、深也は何と言えば許してくれるか必死に考えた。しかし、うまい言葉がなかなか思いつかず……深也が何も言えずにいた、その時。
パチパチパチ……と、道路の脇の人達が、拍手をする音が聞こえてきた。
「守ってくれて、ありがとうございました……!」
「かっこよかったぞー!」
「ヒーローみたいだった!」
沢山の人から褒められ、深也は戸惑いの表情を浮かべた。
(別に……僕は、特部として任務を果たしただけで。褒められたくてやった訳じゃなくて…………。それに、こんなに大勢の人から褒められるのも、なんか恥ずかしい……)
「っ…………お、俺は、別に、そんな…………」
深也の隣で、照れ屋な翔太君も顔を赤くしていた。
男子2人が縮こまってしまっている中、柊が、深也と翔太の背中をバシッと叩いて笑顔を見せた。
「褒め言葉はさ、素直に受け取ろう?私達、みんなのことをしっかり守れたんだよ。それって、任務ではあるけど、すごいことだよ!ね?」
柊の明るい笑顔に、深也と翔太の気持ちが落ち着いていく。少し照れくさかったが深也達は周りの人々にお辞儀をし、感謝の気持ちに応えた。
そして……お辞儀を終え、深也が顔を上げると、そこには懐かしい顔の男子がいた。
「……深也」
「っ…………陽……?」
紺色のブレザーを着た、黒い短髪の男子。深也のかつての親友が、昔と同じ雰囲気のまま、目の前に現れた。
「深也…………その……」
陽は、視線をキョロキョロさせながら、深也に歩み寄り……。
「…………ごめん、色々、…………ほんと、ごめん…………!」
思いっきり頭を下げた。
「俺の……俺のせいで、いじめられて…………でも、全部勘違いだったんだ。俺……それを認めるのが、怖くて…………そしたら、今度は俺がいじめられるって、思ったら…………何も、できなくて…………!」
震える声で、深也に謝ってくる陽。その様子に、深也は一瞬、「大丈夫だよ」と答えたくなった。……しかし、自分がされてきた事は、そんな一言で流せるものじゃない……そんな悲しみも、同時に湧き上がってきてしまった。
「…………ごめん、陽。許すって…………言えそうに、ない」
自分の気持ちにに嘘はつけず、深也はそう言うのがやっとだった。
「っ…………そう、だよな」
陽は鼻をすすりながら顔を上げて、深也を潤んだ瞳で見つめた。今にも泣きそうなのに……必死で、笑顔を作ろうとしてる。陽は昔からそうだった。辛い時ほど無理をして、笑顔になろうとする人だった。
「俺、羨ましかったんだ。勉強も運動もできて、いつも友達に囲まれてた、お前が……。だから、俺の給食費が消えた時…………犯人がお前ならって、思ってしまった。ずっと、ずっと仲良くしてくれてた、大事な親友の不幸を…………願ってしまったんだ。ほんと、最低だよ」
陽の告白に、深也の胸がズキリと痛む。理由が嫉妬であれ、親友に不幸を願われてたという現実が苦しくて、深也は思わず胸を押さえた。
「…………ずっと、後悔してた。中学に上がって、お前、学校に来なくなっただろ?何度も、謝りに行こうとした。でも…………できなくて、そうしてるうちに、お前は学校から居なくなった。だから…………ずっと苦しいままだった」
陽の、本当に辛そうな顔に、深也の胸も締め付けられる。しかし、まだ彼を許せるほど、大人にはなれなかった。
(僕はまだ、全部笑って許せない……けど、でもせめて、自分の気持ちは伝えないと。謝ってくれた陽に、向き合わないと。それが、今の僕が伝えられる、陽への誠意、だから……)
深也は陽に歩み寄り、深呼吸して口を開いた。
「陽も…………苦しかったんだね。僕も、ずっと…………苦しかったよ。今でも、昔のことを思い出すと……悲しくて、辛くて、堪らなくなる。どんなに謝られても……仮に、僕が許したとしても、それは一生変わらないと、思う。だから…………会うの、これで最後にして欲しい。でも……今日会えて、お互い正直に話せたことは、本当に、嬉しかった……。ごめん、ね」
これが、陽の謝罪と、過去の自分の気持ちに出せる、今の深也の答えだった。
深也の気持ちが届いた陽は、辛そうに顔を歪め……しかし、涙を拭って笑顔を作り、深也を見た。
「……そっか。……そう、だよな。うん。分かった」
陽は頷いて、深也に背を向ける。彼は立ち去る前に、少し深也を振り返って……涙で濡れた笑顔で、
「さっきの深也、昔、俺が憧れてたヒーローみたいだったよ。……かっこよかった!」
と、言った。
立ち去っていく陽の後ろ姿を、黙って見つめていた深也の背中を、翔太と柊が、ポンと支える。
(…………昔の僕には、戻れない。今まで、沢山のものを捨ててきたし、これからも、色んなことを諦めていくんだと思う。でも、今の僕には、何があっても手離したくない大事な仲間がいる。だから……大丈夫。僕なら、きっと大丈夫だ)
「…………ありがと。2人とも」
2人に向かって、深也は静かに感謝を伝えた。2人がそれに、穏やかに笑ってくれたのを感じて、深也は静かに微笑んだ。