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15 翔太と柊の休日

 ある休日、柊は部屋で出かける支度をしていた。


 いつもの特部の制服ではなく、黄色にピンクの切り返しがついたお気に入りのパーカーを着て、明るい空色のショルダーバッグを肩にかける。


「可愛い洋服、売ってるかなー」


 そう独り言を呟きながら、ピンク色のスニーカーを履いていると、外からドアがノックされた。


「はーい」


 柊がドアを開けると、そこには普段着のジャージ姿をした翔太が立っていた。


「翔太君?どうしたの?」


「ちょっと付き合って欲しいんだが……って、これから出かけるのか?」


「そうだけど……何か用事だった?」


「妹の……燕の誕生日プレゼントを買いに行こうと思ってるんだが、何を買いに行けば良いか分からなくてな。もし良ければ、一緒に選んで欲しいんだが」


 翔太の言葉を聞き、なるほどと柊は頷く。


(たしかに、翔太君って女の子の好みとか知らなそうだもんね)


「いいよ。私も丁度、服を買おうとおもってたんだ。だから、一緒に行こ!」


 柊がそう答えてニッと笑うと、翔太は安心した顔で微笑んだ。


「ありがとう。じゃあ、行くか」


* * *


 2人が並んで玄関を出て行く姿を見て、受付で千秋と話していた真崎が目を輝かせる。


「もしかして、デートだったり……!?」


 彼女の楽しそうな表情を見て、千秋の胸に心配が過った。


「……真崎、2人はそういう関係なのだろうか」


「あの仲の良さ……絶対そうですよ!!」


 真崎の力強い言葉を聞き、千秋は表情を曇らせる。それを見た真崎は慌てて彼に尋ねた。


「も、もしかして、特部って恋愛禁止ですか?」


「いや、そんなことは無いが……」


 千秋は翔太達が歩いて行った方を見て、小さく呟く。


「……あの不器用な翔太に、恋愛ができるか不安だ」


「え?」


「すまない、少し様子を見てくる」


 千秋はそう言うと、2人の後を追いかけた。


「ちょ、ちょっと総隊長!?」


 真崎が戸惑っていると、パトロールの支度をした白雪が玄関にやって来た。


「パトロールに行ってきます」


 白雪が声をかけると、真崎は慌てて返事をする。その様子を見て、白雪は不思議そうに首を傾げた。


「あの、どうかしたんですか?」


「あっ、えっと……実は翔太君と柊さんがデートで、総隊長が翔太君を心配して様子を見に……」


「……なるほど。総隊長らしいですね」


 白雪は柔和な笑顔を浮かべるが、目は全く笑っていない。


「過去に翔太を拾った手前、総隊長も心配なんでしょうけど……あの人が無粋なことをする前に止めてきます」


「あ、はい!」


 スタスタと歩いて行く白雪の背中を見送り、真崎は呆然と息を吐いた。


* * *


 日曜日ということもあって、商店街は多くの人々で賑わっていた。特部の休みはシフト制であるため、土日に休めないことも多々あるが、今日は偶然、日曜日だったようだ。


 親子仲良く手を繋いで歩く人々や、友人同士でワイワイしながら歩いていく人々を見て、柊は思わず笑みを零す。


「平和だね」


「ああ」


 翔太もまた、柊の言葉に優しく目を細めた。


「ところで、プレゼントの目星はついてるの?」


「そうだな……ぬいぐるみとかか?」


「ぬいぐるみ!?燕ちゃんって中学生だよね?さすがに子どもっぽいんじゃ……」


「うっ、そうなのか……?」


 翔太が戸惑うのを見て、柊は苦笑いする。


(翔太君、きっと燕ちゃんのこと、まだ小さい頃と同じように見てるんだろうな……小学生ならまだしも、中学生になったら、もっとオシャレとかファッションに興味が出てくるんじゃ……)


「あ、そうだ!ネックレスとかはどう?」


 柊がパッと明るい顔で尋ねると、翔太は少し宙を見て考え込み、やがて頷いた。


「アクセサリーか……確かに大人になっても使えるし、いいかもしれない」


「じゃあ決まり!アクセサリー屋さんはあっちだよ!」


 柊は翔太に笑顔見せると、その手を引いて走り出した。


「あ、おい!柊!!」


「ん?何?」


「ま、周り!!周り見ろ!!」


「周り?」


 柊は立ち止まって周りの様子を見る。すると大人の、特に女性達から温かい目で見られていることに気が付いた。


「見て、あの子達……カップルかしら?」


「中学生かしら。可愛いわね」


「ほんとね~」


(カップル……!?私と翔太君が!?)


 急に恥ずかしくなって、柊は慌てて翔太の手を離した。


「ご、ごめんね!勘違いされるようなことして!」


「はぁ……別に」


 翔太は溜息をついて、そっぽを向いてしまう。


(もしかして、すごく怒らせちゃったかな……?)


 しかし、そんな心配はすぐに吹き飛ぶ。恐る恐る覗いた翔太の顔は、柊よりもずっと真っ赤だったからだ。


「あ……照れてる?」


「違う!慣れてないだけだ!俺は別にお前のこと……どっちかと言えば妹みたいに思ってて……」


「妹!?私が!?お姉ちゃんじゃなくて?」


「何でそうなるんだ!」


「絶対私の方がしっかりしてるよ!」


「いや、俺の方がちゃんとしてる!今だって周りを見ずに走ってただろ?」


「そ、それはそうだけど……でも、翔太君より素直だもん!」


「う……うるさい!」


「……ふふっ、あはは!」


 言い合いをしているうちに、笑いが込み上げてくる。


(なんか私達、変なこと言ってるな。それに、こんなに焦る翔太君、なかなか見れないよね)


「な、何がおかしいんだ……」


「何だか、変なこと言ってるなって思って」


「お、俺は別に変なことなんて……」


「お互いにだよ!……ほら、とにかくプレゼント買いに行こ!」


 柊はまだ納得していない様子の翔太の背中を押して、アクセサリー屋へ向かった。


* * *


 2人がアクセサリー屋に入っていくのを、千秋は電信柱の影から見守っていた。


(相変わらず不器用というか照れ屋というか……だが、柊が相手なら心配いらないかもしれないな)


 千秋は満足そうに頷き、中央支部へ戻ろうと歩き出す。


 不意に、その腕を誰かが掴んだ。


「……!?誰だ」


「誰だ、じゃありませんよ」


 振り返ると、白雪が冷たい微笑みを浮かべて千秋を見据えていた。


「総隊長の仕事を放って、他人の恋路の邪魔ですか」


「じゃ、邪魔はしてない。ただ、翔太が心配で見に来ただけで……」


「ハッキリ言って無粋です」


「う……」


 白雪の言葉に、千秋はシュンと肩を落とす。


「……すまない」


 その様子を見て、白雪は溜息をつき、そして睨む。


「……そうやって人の恋を応援する余裕があるなら、何で姉さんに何も言ってくれなかったんですか」


「……」


「あなたのこと、信じてたのに」


 白雪の声が震える。千秋は目を伏せ、小さく呟く。


「……僕が、不甲斐なかったせいだ。全部……僕が悪いんだ。ごめん」


「僕にはこんなに簡単に謝るんですね。姉さんに何も言ってくれなかった癖に」


 白雪はそう言うと、乱暴に千秋の腕を離した。


「……早く本部に戻って下さい。それでは」


 白雪はそう言い残して、商店街の出口へと歩き出してしまった。


 千秋は、それを悲しみに満ちた瞳で見つめる。


 しかし、その時。


 眩しい光が辺りを包んだのだ。不審に思った千秋が光源の商店街出口へと駆け寄ると、白雪の目の前に大きな赤いトカゲが現れていたのだ。


「白雪!」


 千秋の声で白雪は振り向き、微笑む。


 まるで、彼の姉のように。


「僕が倒します」


 白雪はそう言うと、右手を高く掲げた。


「凍れ」


 白雪が指を鳴らした瞬間、トカゲが凍り付き、透き通った氷山が生まれた。


 しかし、白雪が再度指を鳴らす直前、トカゲの体が燃え上がり、氷が溶けてしまったのだ。


「……!」


 白雪はハッとして後退する。


 この敵に対して、白雪のアビリティは明らかに相性が悪い。どんなに白雪のアビリティが強力だからといって、アビリティだけでは倒せないだろう。


 白雪はポーチの銃に手を掛ける。が、次の瞬間。


「ッ……!ゲホッ、ゲホッ……」


 HASの発作が起こり、白雪は体勢を崩してしまった。


 トカゲが口から炎を吹こうと息を吸う。その光景が……白雪の命が危険に晒されているこの瞬間が、千秋には春花が死んだ瞬間に重なる。


 春花を中心に広がっていく血溜まりが、不意にフラッシュバックし、気がついたら──。


「白雪!!」


 千秋は、白雪を庇うように飛び出し、燃え盛る真っ赤な炎をトカゲの頭めがけて放っていた。


「させるか!!」


 深紅の炎は、トカゲの頭を燃やし尽くす。炎を操る高次元生物とはいえ、脳を焼かれてしまっては命は無い。トカゲはその場に崩れ落ち、動かなくなった。


 それを確認し、千秋は白雪の体を支える。確認すると、口元に僅かに血がついていた。吐血していたようだった。


「白雪、大丈夫か!?」


 白雪は口元を拭いながら頷き、小さく呟く。


「……すみません」


「謝るな。謝らなくていい。仲間を守るのが総隊長の務めなんだ。それより、体は……」


「大丈夫です。……パトロールの続き、してきます」


「駄目だ。今日は休んでくれ。僕が代わりにやるから」


「あなたが代わりに?……何言ってるんですか」


 白雪は立ち上がり、千秋に向かって微笑んだ。


「あなたは僕にはなれませんよ」


「え……いや、僕が白雪になりたいとか、そういう意味じゃない。ただ君が心配で……」


「その理由がまかり通るなら……あなたが、僕の代わりになれるっていうのなら、優しささえあれば僕も姉さんになれるんでしょうか」


「白雪、何を言ってるんだ。僕は体調が悪いなら休めって言いたいだけで……」


「傲慢ですね」


 白雪は冷たく微笑む。その瞳は、千秋の全てを拒絶していた。


「……早く本部に帰って仕事をして下さい」


 それだけ言い残して、白雪は西公園の方へ歩いて行ってしまった。


「……どうしたら」


 千秋はうつむき、小さく呟く。


「どうしたら……僕は白雪を守れるんだ?」


 右手の薬指に嵌めた桜型の指輪に触れながら、震える声で呟く。


「教えてよ……春花」


* * *


 千秋が追ってきていないことを確認し、白雪は西公園のベンチに座り込む。


 小さい頃、いつも姉と一緒に座っていたベンチ。そのためか、ここに座って思い出されるのはいつだって姉の春花の笑顔だった。


 白雪の右隣に、いつも春花が笑いながら座っているのだ。


──白雪、桜、綺麗だね!


 その光景を鮮明に思い出しながら、白雪は空いた右隣の席を見つめた。


──白雪、桜好き?


「うん」


──じゃあ見てて!お姉ちゃんが桜を出してあげる!


 春花はそう言うと、両手でものを掬う形を作り、呟く。


──『桜』。


 すると、春花の手の上を、淡い色の花びらが舞い踊った。


──どう?綺麗でしょ?


 白雪は、期待の込められた春花の表情を見て、柔らかく微笑んだ。


「綺麗だね」


 白雪がそう言うと、春花は花が綻ぶような可愛らしい笑顔を見せてくれた。


 本当は、誰にも譲りたくなかった。


 誰にも、この笑顔の隣を譲りたくなかった。


 でも……ある春の日、この場所で、16歳の春花は、白雪に告げたのだ。


──あのね、私、好きな人がいるの。


 頬は桜のように柔らかく染まっており、瞳は僅かに潤んでいる。切なそうなのに、恥ずかしそうなのに……幸せそうだと、白雪は思った。


「……誰?」


 この時、白雪は尋ねてしまったことを後悔した。尋ねるまでもなく、分かっていたのに。


──千秋のこと、好きなの。


「千秋兄さんのこと、僕より好きなの?」


 そう尋ねたことも、後悔した。


──ふふっ、白雪と千秋は好きの種類が違うよ。


 姉に恋心を抱いていた訳ではない。でも悔しかった。同じ土俵に上がれないことなんて分かっていたのに。


──どっちも大好きだよ。


「……そっか」


 羨ましかった。姉に特別な感情を向けられている千秋が。


 でも、千秋が優しいことだって、知っていた。


 千秋が姉を大切に思ってくれていることも知っていた。


 だから……幸せに、なって欲しかった。


 白雪の頬に涙が伝う。


 それと同時に、右隣にいた姉の姿が消えた。


(……辛いよ。きっと千秋兄さんだって辛いはずだ。分かってるよ。でも……)


──千秋兄さんが姉さんを守ってくれなかったから、姉さんは任務で死んだ。


(そう思わないと……誰かのせいにしないと、駄目なんだ……)


 白雪は涙を拭い、力無く笑う。


「こんな僕が、姉さんみたいになれる訳ないな……」


 涙が、制服のズボンを濡らした。


* * *


 アクセサリー屋の店内にいたのは、若い女性ばかりだった。男性客は全くおらず、翔太は少しばかり居心地の悪さを覚える。


「……居づらいな」


「大丈夫だよ!翔太君、髪長いし、睫毛も長いし……女の人に混ざっても十分いけるよ!」


「なんだよ、その励ましは」


 不服そうな顔をする翔太を見て、柊はクスリと笑う。柊からみて、翔太は冗談抜きで美人だった。それも、油断すると女の人と間違ってしまいそうになるくらいに。


(翔太君には悪いけど、ちょっと羨ましいな)


 柊は心の中でそう呟き、翔太の背中を押して店の奥へと入っていく。


「ほら、とにかく選ぼ!燕ちゃんのために!」

 

「ああ。これは燕のため……燕のため……」


 どうやら、この店にいるのが相当恥ずかしいらしい。その様子に柊は苦笑いしつつ、棚に飾られたネックレスを見た。


 ゴールド、シルバー、ピンク……と、可愛らしい沢山のネックレス。どれもキラキラしていて目移りしてしまう。宝石のついたもの、花を象ったもの……女子が貰ったら喜びそうなものばかりだ。


「……これがいい」


 その中で翔太が手に取ったのは、羽を象ったネックレスだった。


「いいね!シンプルで使いやすそうだし、燕ちゃんにも似合うと思う!」


 柊がそう言うと、翔太は嬉しそうに目を細めて頷いた。


「買ってくる」


「うん。分かった」


 レジの方へ歩いて行く翔太の背中を、柊は何となく見つめる。


(なんだかんだ言って、翔太君は燕ちゃんのことを誰よりもよく分かってるよね。それは燕ちゃんのことを、誰より大切に思っているから)


「何だか羨ましいな」


 柊が呟くと、会計を終えた翔太が、綺麗にラッピングされたネックレスを持って戻ってきた。


「おまたせ。次の店に行こう」


「次のお店?翔太くん、まだ買うの?」


「違う。お前の用事を済ませるんだ」


「私の用事……何だっけ?」


 柊が首を傾げると、翔太は溜息をつく。


「服、買うんだろ」


「あ、そうだった!」


 ハッとした様子の柊を見て、翔太はクスッと笑う。


「お前は本当に放っておけないな」


 その年下の子供に対するような言葉に、柊は頬を膨らませる。


「む……また妹みたいだって思ってる?」


「別に。ほら、行くぞ」


 翔太は少し笑いながら、アクセサリー屋を出て行く。


(たしかに翔太君は面倒見がいいけどさ、私だって翔太君と同い年だし!)


 柊は少しムスッとしながら、翔太の後を追いかけた。

 

* * *


 服屋に到着すると、店内には色とりどりの洋服がディスプレイされていた。その可愛らしい服の数々を見て、先ほどまでモヤモヤしていた柊の気持ちが一気に晴れやかになる。


「あ、このスカート可愛い!……そっちのブラウスもいいな……」


「試着してみたらどうだ?待ってるから」


「いいの?ありがとう!」


 柊は翔太の言葉をに甘えて、試着室に向かった。


 レモン色のプリーツスカートに、ラベンダー色のブラウス。淡い色合いの組み合わせが春らしく穏やかな印象だ。


(うん、すごく可愛い!)


 柊は可愛らしい洋服に胸を躍らせながら、試着室のカーテンを開けた。


「翔太君、これどう?」


「……似合ってると思う」


「ほんと?」


「ああ。柊はパステルカラーが似合うんだな」


 翔太が何でもないようにそう言うのを聞き、柊は目を丸くする。


「え……」


「ん?なんか変なこと言ったか?」


「あ、ううん!ありがとう!脱いで買ってくる!」


 柊は慌てて試着室のカーテンを閉めた。


(……びっくりした。聖夜なんて何を着ても「いいと思うぞ!」としか言ってくれないのに……翔太君って、もしかして女心分かってる?)


 そんなことを考えながら、柊は着替えを済ませて試着室から出る。ちらりと翔太の方を見ると、いつものジャージ姿で、ディスプレイされているメンズの派手な柄のシャツを真剣な顔で吟味していた。


(ファッションセンスは無さそうだけど……)


 柊は少し苦笑いしながら、服を持ってレジに向かった。


* * *


 服屋を後にした2人は、中央支部への帰り道を歩いていた。


(今日は色んなことがあったな……カップルに間違えられて、ちょっと喧嘩して、プレゼントを見て、服を買って……うん。楽しかったな)


 柊がそう思い微笑んでいると、隣の翔太も優しそうに目を細めて彼女を見ていた。


「柊、今日はありがとな。お陰でいいプレゼントが買えた」


「こちらこそ!私も可愛い服が買えて嬉しかったよ」


 柊がそう言って笑顔を向けると、翔太は少し照れ臭そうに顔を背けた。その様子に、柊はクスリと笑う。


(翔太君、相変わらず照れ屋さんだな)


「……服が買えて良かったな」

 

「うん!」


 柊は新しく買った服を大事に抱えて、翔太の隣を歩いた。


* * *


 その日の夜、総隊長室での仕事も捗らず、千秋は談話室でコーヒーを飲んでいた。


 ガチャリとドアが開き、誰かが入ってくる。


「あら、総隊長。こんな時間にコーヒーですか?」


「琴森……仕事が終わらなくてな」


 そう言って笑顔を作る千秋を見て、琴森は静かに彼の隣に座る。


「総隊長って、昔から辛い時は自分の殻に籠もりがちですよね」


「そうか……?」


「ええ。隊員時代からそうでした」


 琴森はそう答えると、優しく笑う。


「私で良ければ、お話聞きますよ」


「しかし、総隊長が誰かに悩みを言うなんて……」


「別にいいじゃないですか。総隊長も人間なんですから」


 琴森の言葉に、千秋は少し黙り込み……やがて、口を開いた。


「私は、総隊長として隊員達や職員を守りたい。誰かが傷ついたり命を落としたりすることがないように……でも分からないんだ」


 千秋は少し苦笑いして、呟く。


「どうしたら、大切な仲間を守れるのか……僕にできることは何なのか」


 そう言ったきり、千秋は閉口する。琴森はそれを静かに見つめたあと、優しい声で答えた。


「総隊長。あなたがするべきことは、仲間全体を見渡すことです」


「仲間全体を……?」


「ええ。何でもかんでもあなたが守ろうとしては、隊員がいる意味が無いわ。それでは、あなたが1人で隊員をしているようなものよ。……昔みたいにね」


 琴森にそう言われ、千秋は目を伏せる。


「春花さんがいなくなって、夏実さんと眞冬君も特部を抜けて……ボロボロになるまで1人で頑張ってたあの時のあなたは、正直見てられなかった。私も、職員なりに助けられたらって思ったわ。でも、あなたのように戦うことを専門としていない、ただの職員の私には無理な話だった」


 琴森はそう言うと、千秋の方を見てニコリと笑った。


「たしかに、あなたには誰かを守れる力がある。でも、あなたは隊員じゃなくて総隊長なの。仲間全体を把握して、的確な指示を出し……いざという時、先頭に立ってみんなを導くのがあなたの仕事よ」


 琴森は千秋の肩をポンと叩く。


「もっと仲間を信じなさい。大丈夫。あなたも、隊員のみんなも、あなたが思ってるよりずっと強いんだから」


「……ありがとうございます。琴森さん」


 千秋も少し落ち着いたようで、柔らかく微笑んでいた。


「僕、総隊長として……もう一度、心を入れ直します」


「ふふっ、素が出てますよ。総隊長」


「うっ……ゴホン。琴森、ありがとう」


「お力になれて良かったです」


 琴森はそう言うと、大きく伸びをしながら冷蔵庫の方へ向かい、牛乳を取り出してコップに注ぐ。


「あ、真崎さんから聞いたんですけど、翔太君と柊さんを尾行してたんですって?」


「う……少しだけ」


「過保護すぎると、翔太君に嫌われますよ」


 琴森はそう言って笑った。


 ……やはり、私はもっと仲間を信じなければ。そう思い、千秋は小さく溜息をついた。

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