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13 中央支部のリーダー

 影の高次元生物騒動から数日後、聖夜は、翔太と白雪と共に任務に出ていた。


 場所は天ヶ原町住宅街。高次元生物は赤い肌をした人のような形をしていたが、体のいたるところに目がついており気味が悪い。


「イイイイ……!」


 高次元生物が地面を殴ると、時間差で地面が揺れた。


『相手のアビリティは『地震』です!住宅街に大きな被害が出る前に討伐して下さい!』


「分かりました」


 白雪は頷くと、聖夜に目配せする。


「聖夜君、頼むよ」


「はい!」


 聖夜は地面に手を触れ集中した。


「『加速』!」


 聖夜の力で『加速』した白雪と翔太が、空色の光を纏いながら、素早く高次元生物に近づく。


「『かまいたち』……!」


 翔太が右腕を振るうと、風の刃が巻き起こり、高次元生物の左腕が切断された。


「白雪さん!」


「ああ。……凍てつけ!」


 白雪が手のひらを高次元生物に向けると、奴の右腕がパキパキと凍り始めた。


「イイイイ!?」


 高次元生物は慌てて2人に背を向けて、バタバタと逃げ出す。


 しかし逃げた先には聖夜が待ち構えていた。


「イイイ!!」


「食らえっ!!」


 聖夜は腕の動きを極端に速くし、拳を高次元生物に打ち込んだ。


「イ……」


 高次元生物は痛みで気を失い、地面に倒れ込む。聖夜はそれを見下ろしながら、拳をギュッと握り直す。すると、右手にズキリと痛みが走った。


「っ…………」


「やったか?」


 翔太と白雪も聖夜の元へ駆け寄ってきた。聖夜は2人に頷き、痛みをおして高次元生物に拳を振り下ろそうとする。


「とどめを……!」


 聖夜が、再度腕に『加速』をかけたその時。


「待ってくれ」


 白雪が、その拳を優しく止めた。


「白雪さん……?」


「僕がやるから」


 白雪はそう微笑んで指を鳴らす。すると高次元生物が一瞬で凍りついた。


「砕けろ」


 白雪がもう一度指を鳴らすと、高次元生物はバラバラに砕け散ってしまった。


「手が震えていたよ、聖夜君」


 白雪はそう言って聖夜の手を包み込んだ。たしかに、聖夜の右手は赤く腫れている。しかし、白雪の手も、聖夜の手と同様に、小刻みに震えていた。


「無理はよくないから」


 そう微笑む白雪の手は、手袋越しでも分かるほど、冷えきっていた。


「でも、それを言うなら白雪さんも……」


 聖夜は反論したが、白雪は微笑んだだけだった。


「僕は用事があるから、先に戻っていて」


 白雪はそう言うと、1人その場を立ち去ってしまった。


 その後ろ姿を心配そうに見つめる聖夜に向かって、翔太は落ち着いた様子で声を掛ける。


「……あまり気にするな。白雪さんはそういう人だから」


「……でも、白雪さんも、病気で苦しいはずなのに」


 表情を曇らせて俯く聖夜に対して、翔太は少し溜息をつくと、首を横に振った。


「気持ちは分かるが、白雪さんは昔からあまり他人に頼らない人だった。俺が特部に入った時からそうだ。だから……あんまり気に病むな」


「そうかもしれないけど……」


「気にしても仕方ないことを気にする前に、お前はグローブを用意してもらった方が良さそうだな」


 翔太はそう言うと、聖夜の背中をぽんと叩く。


「……このままじゃ駄目な気がする」


 聖夜がそう呟くと、翔太は首を傾げた。


「どういうことだ?」


「白雪さんに無理して欲しくない。……もっと仲間を頼ってほしい」


「……でも、白雪さんがそう簡単に変わるとも思えないぞ」


 そう言って困り顔になる翔太の方を、聖夜は真剣な顔で見つめる。


 その瞳には、熱い思いが滲んでいた。


「翔太は、白雪さんのことをどの位知ってるんだ?」


 聖夜の問いに、翔太は首を横に振る。


「……あまり自分の話はしない人だからな」


「なら、変わらないかなんて分からないだろ」


 聖夜は翔太を真っ直ぐに見て、大きな声でこう言った。


「俺、白雪さんに変わって欲しい!」


 その様子を見て、翔太は、やれやれと溜息をつく。


「……まずは白雪さんについて話を聞いてみるか。一度本部に戻ろう」


 翔太の言葉に頷いて、聖夜は本部に向かって歩き出した。


 その後ろ姿を見ながら、翔太は小さく微笑む。


(こういう事を言い出すのは柊かと思ったが……流石双子だ)


 翔太は、ずんずんと進んでいく聖夜の後を追いかけた。


* * *


 聖夜と翔太は本部に戻ると、談話室に向かった。


 扉を開けると、花琳と深也が中央のテーブルの席に着いているのが目に入った。


 花琳は聖夜と翔太に気がつくと、優しく目を細める。


「2人ともお帰りなさい」


 翔太はそれに会釈して、花琳に向かって短く尋ねた。


「2人だけですか?」


「ええ。海奈と柊ちゃんは任務中みたいね」


「か、神奈川で戦ってるって……」


「そうか……」


 少し表情を曇らせる翔太の様子を見て、花琳は小首を傾げる。


「何か用でもあったの?」


 すると、花琳に向かって、聖夜が元気よく頷いた。


「はい!……白雪さんのことが知りたくて」


「し、白雪君の……!?」


 花琳が顔を赤くするのを見て、翔太は付け加えた。


「花琳さん、白雪さんが俺達を頼らない理由について何か知りませんか」


「あ、なんだ……そういうことか……」


 花琳は火照った頬をペチペチと叩き、咳払いをして2人に向き直る。


「……詳しいことは分からないわ。でも確かに、白雪君はあまり私達を頼ってくれていないかも……。ね、深也くん?」


 花琳から問いかけられた深也もまた頷き、立っている翔太と聖夜を上目遣いに見ながらボソボソと答える。


「……そ、そもそも、白雪さんと1番付き合いが長いのは翔太君なんだから、翔太君が知らないことなんて僕達は知らないよ……」


「それもそうか……」


 やはり、白雪さんが周りに弱みを見せない理由は、そう簡単に分からないか。そう思い、翔太は小さく溜息をつく。その様子を見ていた花琳は付け加えるように言った。


「私達も白雪君に無理をして欲しくないのは同じよ。ね、深也君」


「は、はい。白雪さん、非の打ち所が無くて、病気のことついつい忘れちゃうけど……僕も心配かな……」


 2人の話を聞いた聖夜は頷いた。


「ありがとう。他を当たってみるよ」


 花琳と深也に礼を言って、2人は次に司令室へと向かった。


* * *


「あら、2人ともどうしたの?」


 琴森は、司令室に入ってきた2人を見るなり歩み寄った。


「あの、今、少しいいですか?」


 翔太の問いかけに琴森は頷く。


「ええ。丁度柊さん達の戦いも終わったところだし、いいわよ。……真崎さん、少し任せて良い?」


「はい!大丈夫です!」


 真崎の返事を聞いて琴森は微笑み、2人に向き直った。


「それで、どうかしたの?」


「実は、白雪さんのことが知りたくて……」


 聖夜がそう言うと、先程と同様に、翔太が冷静に付け加える。


「白雪さんがあまり俺達を頼らない理由が知りたいんです」


「なるほどね……」


 そう言うと琴森は少し間を置いて答えた。


「あまり詳しくは言えないけれど、責任感だと思うわ」


「責任感……ですか?」


「そう。白雪君はリーダーよね。だからみんなを守ろうとしてる……というか、守るのは当然だと思ってるのかもね」


「そうなのか……?」


 琴森は、首を傾げて考え込む聖夜と、腕を組み眉間に皺を寄せる翔太の肩に、ぽんと手を置いて続けた。


「ここから先は、本人に聞いてみた方が良いかもね」


 琴森の言葉に2人は頷いて、司令室を後にした。


* * *


「本人にって言っても、白雪さんどこに行ったんだろうな」


 聖夜は廊下を歩きながら、翔太に尋ねた。


「……1か所だけ、俺に心当たりがある。」


「ほんとか!?」


 聖夜は目を輝かせた。その様子を見て、翔太は少しだけ微笑みながら、


「ああ。ついてきてくれ」


 と、早足で廊下を歩いた。


 聖夜もそれに頷き、翔太の歩幅に合わせながら彼の隣を歩く。


 2人が廊下の交差点に差し掛かると、任務終わりの柊と海奈にバッタリ出くわした。


「あれ、聖夜に翔太……どこ行くんだ?」


「もう任務は終わったんだよね?」


「うん!白雪さんに用があって」


 聖夜はそう答えると、ふと思い立って2人に尋ねた。


「2人は白雪さんのこと、どの位知ってる?」


「ど、どの位……?」


 顔を見合わせる海奈と柊を見て、翔太は付け加える。


「白雪さんが俺達をあまり頼らない理由を知りたくてな」


 それを聞いて、柊と海奈は納得した表情で口を開いた。


「確かに……白雪さん、俺達に弱音吐いたことないよな」


「いつも余裕があって、寧ろみんなが白雪さんを頼りにしてるって感じだよね」


「病気のこともあるからさ、あんまり無理して欲しくないんだ」


 聖夜がそう言うと、2人は頷いて同意する。


「確かにな……何でそうなのか分からないけど、俺達にできることがあればいいよな」


「2人とも、頑張ってね」


 聖夜と翔太は頷き、出口に向かって歩いていった。


* * *


天ヶ原町一の豪邸、北原邸。そのリビングに、白雪は訪れていた。


誰もいない、広く整った部屋。白雪が特部に入隊して以降は、特にリビングを使う人もおらず、まるで新築物件のモデルルームのような様子だ。


誰も使わなくても部屋が綺麗なままなのは、雇われている使用人達が一日たりとも掃除を欠かさないからである。


 主のいない豪邸を毎日欠かさず整える彼らは、心の底から北原家を大切に思っている。しかし、いつからだろうか。白雪は、そのことに気づく余裕すら無くなっていた。


白雪は、リビングにある北欧産の棚に飾られている家族写真の、明るい笑顔の少女を指で撫でた。撫子色の長い髪をした彼女は、しゃがみこんで、まだ幼い白雪の肩を抱き寄せている。


その彼女を見つめる白雪の瞳から、雫が落ちた。


「……姉さん」


胸の痛みに堪え切れなくなり、白雪は写真立てを伏せる。


「全部……あの人のせいだ」


白雪は憎しみに顔を歪めて、頭を押さえる。


「全部……千秋兄さんの……!」


白雪の脳裏に、姉の亡骸がフラッシュバックする。


棺に入った彼女は、穏やかな顔で目を閉ざしていた。


死化粧を施された彼女は、今でも白雪の夢に出てくるほど、美しかった。


でも、二度と。


もう二度と、白雪に笑いかけることは無かったのだ。


どんなに泣いても、どんなに名前を呼んでも、彼女は帰ってこなかった。


大好きな、彼女は…………二度と白雪を抱きしめることはなかった。


「くっ…………」


息が詰まり、白雪は首に巻いたマフラーを乱暴に掴んだ。


特殊な毛糸に『炎』の力が込められた、他のどんなマフラーよりも暖かいマフラー。


これは、白雪のために、姉と千秋が作ってくれたものだった。


* * *


まだ幼い頃。病弱な白雪は、冬が苦手だった。


同級生が友達と外で遊ぶ中、寒さに弱い白雪は1人で家にこもっていたのだ。


「けほっ、けほっ……」


ベッドの上で毛布を被り、厚着をした状態でも、高能力症候群のせいで、白雪の体は震えていた。


「なんで、僕は病気なんだろ……。なんで、僕だけ、みんなと遊べないんだろ……」


そう呟いて、白雪は毛布に顔を埋める。寂しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。


「ぐす……」


白雪が1人で泣いていると、部屋のドアがコンコンと音を立てた。


「白雪!いる?」


明るく澄んだ声。大好きな姉の声だ。


「あ……う、うん!いるよ!」


白雪は慌てて涙を拭って、ドアに向かって声を掛けた。


「入っていいよ!」


すると、ガチャりと音を立ててドアが開き、特部の黒い制服姿の、姉の春花と従兄弟の千秋が顔を出したのだ。


「白雪、調子はどう?」


春花は白雪に歩み寄りながら、優しく尋ねる。


「う、うん!大丈夫……」


姉に心配を掛けるのが嫌で、白雪は必死に笑顔を作った。


しかし……涙の跡は、ごまかせなかった。


「そっか。……寂しかった?」


春花は白雪の頭を撫でながら、少し困り眉で尋ねる。


「ごめんね。いつも傍にいてあげられなくて」


「う、ううん!大丈夫だよ!」


白雪は右腕を元気に突き上げながら一生懸命に姉へ笑顔を向けた。


「姉さんは、みんなのこと守ってるヒーローなんだもん!強くて、かっこいいヒーローなんだから!僕の自慢の姉さんなんだよ?だから平気!」


白雪の言葉に、春花は明るく笑った。


「ふふっ、白雪、ありがとう!」


春花は白雪に微笑んだ後、すぐに千秋に目配せする。千秋はそれに頷いて、優しい微笑みを春花に返した。


白雪は少しソワソワしながら、2人のやり取りを見ていた。


千秋と春花は、幼なじみで、従兄妹で、いつも一緒だった。だから、白雪の目にも、2人は特別な仲に見えたのだ。


 漠然と、姉は千秋と結婚するんだろうと、白雪は思っていた。 姉が結婚してしまったら寂しいと、白雪はいつも不安だった。そして、姉に特別な感情を向けられている千秋が、羨ましかった。


しかし……それと同時に、大好きな姉が幸せになれるのは、嬉しいとも思っていたのだ。


姉には、ずっと笑顔でいて欲しかったから。


だから、千秋には姉のことを心から好きでいて欲しかった。


「白雪のためにね、私と千秋でプレゼントを用意したの!」


「プレゼント?」


「うん!……千秋」


「分かった。白雪、目を閉じて」


千秋に言われるがままに、白雪は目を閉じる。すると首元に、ふわりとした感触と共に温もりが広がったのだ。


「え、これ……」


目を開けて、白雪が首元を確認すると、クリーム色のマフラーが目に入った。


「マフラー……僕に?」


白雪が尋ねると、春花と千秋は優しい顔で頷く。


「いつも頑張ってる白雪に、私達からのプレゼントだよ!」


「どうだろう、これで少しは暖かいかな?」


自分を思ってくれる2人を目の当たりにして、白雪は顔を綻ばせながら何度も頷いた。


「うん……うん!すごくあったかいよ!姉さん、千秋兄さん、ありがとう!」


無邪気に笑う白雪を、春花は優しく撫でて、千秋は穏やかに見つめる。


白雪は、暖かい2人のことが大好きだった。


幸せになって欲しいと、笑顔でいて欲しいと……そして、そんな2人と一緒に居たいと、ずっと願い続けていた。


だから、受け入れられなかったのだ。


任務中に起きた、春花の死が。


幼い頃の暖かな気持ちを、全て憎しみに変えてしまうほど……白雪は、姉を幸せにしてくれなかった千秋が許せなくなってしまったのだ。


* * *


「白雪様」


リビングに入ってきたメイドの声で、白雪は我に返った。


「菊の花束、ご準備ができました」


振り向くと、ウェーブがかかった茶髪のメイドが、立派な菊の花束を持って立っていた。


「ああ。……ありがとう」


白雪は笑顔を貼り付け、彼女から菊の花束を受け取り、リビングから出て行った。


* * *


 聖夜は翔太と共に、住宅街を並んで歩いていた。


「そういえば、翔太って白雪さんと付き合い長いんだな」


 聖夜がそう言うと、翔太は頷く。


「ああ。俺も白雪さんも、特部に入ったのは小学生の頃だからな」


 翔太の言葉に、聖夜は目を丸くする。


 先日、燕の病室へついて行った帰りにも、翔太が特部に入った経緯は聞いたものの、改めて小学生の頃から戦っていたと聞くと、その強さに尊敬せざるを得なかった。


「すごいな……戦ったりしたのか?」


「当然だ。……もちろん、年上に比べれば任務に出る頻度は少なかったが、その頃から戦い続けてきた」


 翔太は静かに答え、歩みを進める。それに並びながら、聖夜は翔太に尋ねた。


「白雪さん、その頃から今みたいな感じだった?」


「……そう、だな。俺は白雪さんより1年遅く入ったが、出会った頃には今のような……1人で強敵を相手にできるくらい強くて、弱音も吐かない白雪さんだった」


「そっか……」


 やはり、白雪は昔から他人に頼ってこなかったようだ。これは手強そうだと思って、聖夜が苦笑いすると、翔太は不意に立ち止まった。


「着いたぞ。ここだ」


 翔太が指さす方向には、特部の建物にも負けないぐらい大きな豪邸が待ち構えていた。


「こ、ここって……」


 驚きのあまり後ずさる聖夜に、翔太は短く答える。


「白雪さんの家だ」


 翔太は落ち着いた様子で玄関に向かって広い庭を歩いていく。聖夜も、それに慌ててついて行った。


 玄関のドアの前にやって来ると、翔太は慣れた様子でインターホンのチャイムを鳴らした。


「風見翔太です。白雪さんに用があって来たのですが……」


『翔太様ですね。少々お待ち下さい……』


 しばらくすると玄関から、短い黒髪のメイドが顔を出した。


「こんにちは、翔太様と……」


 メイドは、聖夜を見るなり物珍しそうな顔をする。


 その様子を見て、聖夜は慌てて頭を下げて名乗った。


「宵月聖夜です!い、いつも白雪さんにお世話になってます」


「あら、では特部の方ですね」


 メイドはそう言うと、聖夜に向かって柔らかく微笑む。


「あの、白雪さんは……」


 翔太が尋ねると、メイドは申し訳なさそうに首を横に振った。


「申し訳ありません。白雪様は現在外出しておりまして……まだお戻りになられないんです」


「そうですか……どこに出かけたか分かりますか」


「お姉様のお墓参りではないでしょうか」


「お墓参り……?」


「ええ。もうすぐ命日ですから」


 メイドの言葉を聞き、翔太は少し間を置いて、頷いた。


「……では、今日は帰ります。お手数お掛けしてすみませんでした。聖夜、今日は戻ろう」


 翔太は有無を言わせぬ口調で聖夜に告げる。その様子を見て、聖夜は少し戸惑いつつも頷いた。


「あ、ああ……」


 2人はメイドに会釈して、北原邸を後にした。


* * *


「……お墓参りなら、仕方ないか」


 聖夜がそう言うと、翔太は頷いた。


「ああ。無理矢理聞くのも、おかしな話だからな」


 翔太の言葉を聞きながら、聖夜は少し苦笑いして頭を搔く。


「そうだよな……ごめん。今日俺突っ走りすぎたな」


 その様子を見て、翔太は静かに首を振り、少し遠くを見ながら言葉を紡いでいく。


「今日は空回りしたかもしれないが、聖夜と柊が来てから、特部は良い方向に変わり始めたと思う」


「そ、そうかな?」


「ああ。仲間同士の距離が縮まりはじめた。……少しお節介な所もあるが、2人のお陰かもしれない。きっと、今回のこともプラスになるさ」


 翔太の言葉を聞いて、聖夜は照れながら笑った。


「……うん。ありがとう、翔太!」


 その時、聖夜と翔太のスマホが鳴った。確認すると、花琳からのメッセージだった。


『柊ちゃんの提案で、公園でお花見してるよ。2人も良ければ来てね!』


 その後の写真には4人と真崎が仲良く団子を食べながら桜を見ている写真が送られてきた。


「お花見か……早く行こう!」


 聖夜はそう言うと、公園へ向かって駆け出した。


 翔太は、バタバタと走っていく聖夜の後ろ姿を、しばらく目で追いかけ、やがて小さく笑った。


(……俺も変わったな)


 翔太は微笑んで、聖夜の後をゆっくりと歩いた。


* * *


 一方、天ヶ原町郊外にある霊園で、白雪はある墓の前に佇んでいた。


「姉さん、久しぶり」


 白雪はそう言って菊の花を飾る。空を見上げると、夕焼け色が辺りに広がり始めていた。近くの桜の木は満開で、花びらが散り始めている。


「……もうすぐ桜も終わりだね」


 白雪は墓にむけて話しかけ続けた。


「……姉さん、僕、姉さんが目指した、みんなが笑顔でいられる世界にするために、命を懸けて戦うから。見守っていてね」


 白雪は静かに微笑みながら、物言わぬ石に向かって口を開く。


 ……その時、背後からジャリジャリと地面を歩く音が聞こえて、白雪は振り返った。


 すると、そこには、千秋が花束を片手に立っていたのだ。


「……来ていたのか」


 千秋は白雪から目を逸らし、静かに呟く。


「総隊長……おつかれさまです」


 それに対して、白雪はいつものように柔和な笑みを浮かべた。


「姉さんに会いに来てくれたんですね」


 白雪が笑顔を貼り付けて言うと、千秋は黙って頷いた。


「……きっと姉さんも喜んでますよ」


 その時、白雪のスマホが鳴った。白雪は花琳からのメッセージを確認する。


「仲間に呼ばれているので、失礼します」


 そう言って立ち去ろうとする白雪に、千秋は声をかけた。


「……白雪、君は春花にはなれないんだぞ」


 すると白雪は笑顔は崩さずに、しかし冷たく言った。


「分かってますよ。そんなこと」


 白雪は千秋の脇を黙って通り過ぎ、霊園を立ち去った。


「……春花、君も恨んでいるのか」


 千秋は1人、墓に向かって尋ねる。勿論、返答はない。


「……今の僕を君が見たら、きっと呆れてしまうな」


 千秋は、1人呟く。


 彼の肩に、桜の花びらがひとひら舞い落ちる。それに気づかないまま、千秋は墓に向かって歩み寄り、その墓石に触れた。


* * *


西公園の桜の木の下に座りながら、花琳は傍らで美味しそうに団子を頬張る海奈と柊を見ていた。


(海奈、前より明るく笑うようになったな……)


妹の幸せそうな顔を見て、花琳もまた微笑む。


(勇気を出して家を出て、中央支部に来てよかった)


柊には言わなかったものの、花琳が家を出て特部に来た大きな理由は海奈だった。


海奈に対する母親の虐待は長い間続いており、自分達を守ってくれる父親も心を病んで家を出てしまったために、花琳は、ただボロボロの状態で泣いている海奈を慰めることしかできなかったのだ。


「海奈は海奈でいいのよ。私は、海奈が弟になってもいいって思ってるわ」


口では何度もそう言った。しかし、それだけで何が変わるだろうか。父が家を出てしまった小学5年生の冬以降、ずっと、そう思い悩んでいた。


だから、特部に助けを求めに来たのだ。海奈を守るために。


(私は海奈のお姉ちゃんだから、私が海奈を守らなきゃって思ってた。お父さんの、代わりに……)


花琳はそこまで考えて、胸が鉛のように重くなるのを感じて、首を振った。


父の代わりになる。そう考える度に、胸が重くなるのだ。何故そうなるのか、花琳自身もよく分からないでいる。


(こんなこと、考えても仕方ないわ。海奈はもう元気だし、全部済んだ話よ)


花琳はそう思い直し、頭上に咲き誇る桜を見上げた。


薄紅色の花が、夕焼け空の下で風に揺れている。幻想的で美しい景色が、花琳の心を落ち着けていった。


「あっ、白雪さんだ!花琳さん、あれ!」


柊の元気な声に促されて公園の入り口を見ると、白雪がクリーム色のマフラーを揺らしながら歩いて来るところだった。


もうすっかり見慣れた想い人の姿を見て、花琳の頬が思わず緩む。


その嬉しそうな顔をニヤけ顔で見ながら、柊は花琳の前に身を乗り出した。


「花琳さん、お話するチャンスですよ!」


「チャ、チャンスって……な、何を話せばいいのか……」


花琳は海奈に助けを求めて視線を送ると、海奈は明るく笑いながら親指を立てた。


「だいじょーぶだよ。折角のお花見なんだし、ゆっくり世間話でも楽しんできたらいいんじゃないか?」


「せ、世間話……。……世間話?世間話って何……?」


「え?うーん、そうだな……。最近見たテレビの話とか?」


「白雪君って、テレビ見るのかしら……うーん……」


花琳が唸っていると、柊が元気に手を挙げながら口を開いた。


「好きな人の話とか!どうですか!?」


「す、すす、好きな人の話……!?直球すぎるんじゃ……」


「大丈夫ですよ!女の子の世間話は恋バナですから!」


柊はそう言って、海奈と同じように親指を立てた。


その自信満々な様子を見て、花琳の感覚が麻痺していく。


「そ、そう……かも?」


「そうですよ!そうです!」


「そっか……。うん、そうよね!」


花琳は両手でガッツポーズを作り、立ち上がった。


「私、世間話してくるわ!」


「花琳さん、頑張って下さい!」


「姉さん、頑張れ!」


海奈と柊にしっかりと頷き、花琳は白雪の元へ駆け寄っていった。


一連の様子を見ていた深也は、苦笑いしながら呟く。


「女子の世間話って……白雪さん、女子じゃないのでは……」


* * *


「白雪君!」


花琳が駆け寄ってくるのを見て、白雪は立ち止まり笑顔を見せる。


「花琳、お花見のお誘いありがとう」


「う、うん!あ、あのね……もし良かったら、なんだけど……」


花琳は頬を赤くして、しばらく視線をさまよわせた後、白雪のことを真っ直ぐに見つめた。


「一緒に世間話しませんか……!」


花琳に勢いよく尋ねられ、白雪は首をこてんと傾げる。


「世間話?」


「うん!……あ、世間話っていうか、お花見しながらお喋りっていうか……」


「ああ……そのつもりだよ」


白雪は柔らかく微笑みながら頷く。


「みんなでお花見するんだよね?」


「み、みんなで……、うん!そう!みんな、で……」


花琳の声が、徐々にしぼんでいく。


(やっぱり、白雪君は私のこと、何とも思ってないのかしら……)


俯き体を縮こめて、明らかに元気を無くした花琳を見て、白雪はもう一度首を傾げた。


「花琳、どうかしたの?」


「あっ、えっと……何でも……」


「何でもない」。そう言おうとして花琳は口を噤んだ。


(このままじゃ、昔と同じだわ。お母さんに歯向かうのを諦めて、海奈に何もしてあげられなかった頃と同じ……)


花琳は、両手を胸の前でギュッと握りしめて、白雪を上目遣いで見つめた。


(白雪君が何とも思ってなくても……私は白雪君と話したい。自分の気持ちに嘘は吐きたくない……!)


「あのね、私……白雪君と2人で話したいの!今まで、あんまりお喋りできてなかったから……」


花琳にそう言われ、白雪は目を丸くする。


「……そう、なんだ」


一瞬、白雪に表れた動揺の色。しかし、次の瞬間には、白雪は普段通り平静を装っていた。


「うん。折角だし、2人で話そうか」


白雪は、花琳に向かって柔らかく微笑んだ。


その言葉を聞き、今度は花琳が目を丸くした。


「え、あ……いいの?」


「うん。いいよ。それじゃあさ、そこのベンチにでも座らない?」


「う、うん!」


花琳は白雪に促され、公園のベンチに腰掛けた。


白雪はその隣に座り、ぼんやりと桜の大木を見つめる。


「……久しぶりだな。ここに誰かと座るの」


「そ……そうなんだ」


(昔、誰かと来てたのかな……。私が知らない人、かな?)


花琳は緊張する気持ちを何とか落ち着けながら、白雪の方を見つめた。


「誰と、来てたの?」


花琳に尋ねられ、白雪は切なそうに微笑みながら目を閉じた。


「昔、姉さんと来てたんだ」


「お姉さんと……」


恋人ではなかったことに安心すると同時に、白雪の悲しそうな顔が気になった花琳は、姉のことを聞こうとして……口を閉ざした。


(何かあったんだと思うけど……聞かれたくない話かもしれないし、無理に聞き出さない方がいいかも)


何も聞かずに黙り込む花琳に対し、白雪は静かに口を開いた。


「何があったか、聞かないんだね」


「えっ、あ……聞かれたくないかなって思って。だって、白雪君……すごく悲しそうな顔をしてたから」


白雪は、そう言う花琳の方を見て、柔らかく微笑んだ。


「花琳は……人の痛みが分かる人、だね」


「え?」


「本当に悲しい時……人は、自分の気持ちを打ち明けるのすら辛いから。花琳は、それを分かってるから、僕に姉さんのことを聞かなかったんじゃないかなって」


花琳は、白雪の言葉を飲み込みながら、桜の木の下にいる海奈に視線を移す。


「……そうね。海奈を見てれば分かると思うけど、私の家、少し特殊だったから。私も、辛い気持ちになることがあって……でも、そういう時って、自分の気持ちを言葉にするのが難しいわよね」


花琳はそこまで言って、白雪の方を真剣に見つめた。


「でもね、もし私の大切な人が、悲しい気持ちになってたら……辛い気持ちを、教えて欲しいなって思うわ。できることなら、支えたいって思うから」


花琳の言葉を聞き、白雪は僅かに目を見開く。


「花琳……」


白雪のハッとした表情を見て、花琳は慌てて右手をブンブンと振った。


「あ、でも無理にとは言わないから!言いたくないことを聞き出すなんて、趣味が悪いもの……!」


花琳の必死な様子を見て、白雪はクスリと笑う。


「ふふっ、大丈夫。分かってるよ」


白雪は、まだ慌てている花琳に明るく笑いかけた。


「花琳は、優しいよ。僕なんかのことを、こんなに気遣ってくれて」


そう言う白雪のことを、花琳はもう一度しっかりと見つめた。


「僕なんかって言わないで。白雪君はすごい人よ?」


「そうかな?」


「うん!絶対そう!だって、いつもリーダーとして頑張ってて、強くて、いつも笑顔で……優しくて。そんな白雪君が、私は…………」


そこまで言って、花琳は慌てて両手で口を押さえた。


(これ以上言ったら、告白になっちゃうんじゃ……!?)


急に喋らなくなった花琳のことを、白雪は不思議そうに見つめる。


「花琳?」


「あ、な、何でもない……!」


花琳は勢いよく首を横に振り、素早く白雪から顔を逸らした。


白雪はその様子を見て、目を伏せる。


(大切な人、か)


先程の花琳の言葉を心の中で反芻し、白雪は再度切なそうに微笑む。


(僕もそう思ってる、なんて……今の僕には……憎しみを抑えるのに必死な、どす黒い僕には、言う資格すらない)


白雪はそう自分に釘を刺して、風に揺れる桜の花を見上げた。


(僕も、姉さんみたいに……誰にでも優しくて、明るくて、前向きな人だったら良かったのに)


白雪が桜の木に手を伸ばすと、淡い色の花びらが1枚、彼の指先に触れた。


(姉さんみたいに、なれたら……)


溜まった涙で少しぼやけた視界に映った桜の大木が、白雪には、いつも自分を抱きしめてくれた姉の姿に重なって見えた。

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