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12 影の魔人

 柊はベッドの上で自室の天井を見上げていた。


(暇だな~)


 聖夜と翔太は任務で他県へ、白雪と深也はパトロールで外出中だった。海奈と花琳の行方は分からないが、2人は姉妹だという理由から、なんとなく一緒に居るような気がして、柊は探しに行く気が起きなかった。


(姉妹の時間、邪魔しちゃ悪いしな~)


 そう思った矢先。


「柊ちゃん、居る?」


 花琳の声だった。柊がドアを開けると、そこには穏やかな笑顔を浮かべた花琳と海奈が立っていた。


「お茶会、やらない?」


 花琳の提案に、柊は目を輝かせて頷く。


「やります!」


 柊は花琳と海奈と共に、談話室に向かった。


* * *


「はい、どうぞ」


 花琳は柊に紅茶を淹れて手渡す。


「ありがとうございます!」


「いえいえ」


 そう言って微笑むと、花琳は席に着いた。花琳は自分の紅茶をこくりと飲んで、優しい声色で柊に尋ねる。


「柊ちゃん、もう特部には慣れた?」


「はい!少しずつですけど……」


 柊は頷く。柊が聖夜と2人で特部に入ってからもうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。日々の任務や琴森の授業など、始めは慣れなかったことにも、最近は慣れつつある。


「そう、良かったわ。何かあったら、いつでも言ってね。私でも、海奈でも、相談に乗るから」


 花琳は蕾が綻ぶような笑顔を浮かべ、柊に優しく付け加えた。傍らの海奈も笑いながら頷く。


「柊よりも長く特部にいるし、力になれることも多いと思うよ」


「うん、ありがとう。……そういえば、2人はいつから特部に?」


「私が中学2年生、海奈が1年生の時に特部に入隊したの」


 花琳は紅茶を一口飲んで、穏やかに目を閉じながら過去のことを思い返す。


「私ね、小さい頃特部に助けて貰ったことがあったの。それ以来、ずっと特部に憧れてて……だからここに来れたこと、本当に嬉しかった」


 花琳はそこまで言うと、少し頬を染めながら、ぽつりと呟いた。


「それに、会いたい人にも会えたしね」


「会いたい人……?」


 柊が海奈の方を見ると、海奈はそれに気がついて、こそりと耳打ちする。


(白雪さんのことだよ)


(白雪さん……?)


(あたしは覚えてないけど、昔2人は会ってたみたいで……姉さん、ずっと会いたがってたから)


 柊は頭の中で整理する。


(白雪さんと花琳さんは昔会ってて、花琳さんはずっと白雪さんに会いたかった……ってことは!)


 自分が大好きな恋バナの気配を察知して、柊は目を輝かせた。


「花琳さん、もしかして白雪さんのこと……!」


 柊は花琳に向かって勢い良く身を乗り出す。花琳は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、海奈にじとっとした視線を向ける。


「……もう、海奈?」


「ごめん……つい」


 海奈は誤魔化すように笑った。


「告白したりしないんですか!」


「告白って……」


 ぐいぐいと迫る柊に、花琳はたじろぐ。


「……負担になりたくないし、白雪君きっと昔のことなんて覚えてないもの……言えないわよ」


「でも!好きって言われて嬉しくない人は居ないですよ!」


 柊の勢いは止まらない。


「白雪さんきっと喜びますって!」


 その時、ドアが開く音がした。


「僕がどうかしたのかい?」


 3人が視線を移すと、不思議そうに首を傾げる白雪と、白雪の影に隠れた深也が入り口に立っていた。


「し、ししし、白雪君!?」


 白雪の姿を認めた瞬間、花琳は、顔を真っ赤にしながらガタリと立ち上がった。


 その勢いで、彼女のティーカップが倒れそうになってしまう。それに気づいた海奈が、慌ててカップを支えた。しかし、自分の気持ちがバレてしまったか気が気じゃない花琳は倒れかけたカップに気づかず、早口で白雪を問い詰めた。


「い、いい、いつからそこに!?」


「僕がきっと喜ぶって言ってた辺りかな」


「そっかぁ……」


 白雪に自分の想いが知られていないことを知って、花琳は胸をなで下ろした。すると、再びドアが開いて、今度は琴森が入ってきた。


「白雪君と花琳さん、居る?」


「はい。どうかしたんですか?」


「2人とも、聖夜君と翔太君の援護に向かってくれる?思ったより苦戦してるみたいで……」


「分かりました。……花琳、行けるかい?」


「う、うん!大丈夫よ!」


 花琳は勢いよく頷く。白雪はそれを見て微笑み、談話室を出て行った。それに続き、花琳と琴森も速足で談話室を後にする。


「……あんなに分かりやすいのに、何でくっつかないんだあの2人」


 深也がぼそりと呟く。


「ねえ、白雪さんも花琳さんが好きなのかな?」


 柊が問うと、深也はびくりと体をすくめて、早口でまくし立てる。


「え、いや……ぼ、僕には分からないです……な、何か羨ましくて……つい偉そうなこと言いましたごめんなさい……!」


 それだけ言うと、深也は談話室を出てしまった。


「……海奈はどう思う?」


 柊はめげずに海奈に尋ねた。


「……どうなんだろ」


 海奈は苦笑いして呟いた。


「人を好きになるって、どういう感じなのかな……」


「海奈……?」


「……ごめん、なんでもない」


 海奈は紅茶を啜った。


「冷めちゃうよ。柊も飲みなよ」


「あ、うん……」


 柊はティーカップを持った。


(海奈、もしかしてこういう話苦手だったのかな……)


 少しはしゃぎ過ぎたことを内心反省しながら、柊は紅茶をこくりと飲んだ。


 その時だった。


『天ヶ原駅前にて高次元生物が発生!隊員は直ちに向かって下さい!』


柊と海奈は、ハッとした表情で立ち上がった。


「行こう、柊!」


「うん……!」


2人は頷き合い、ワープルームへと急いだ。


* * *


 真崎のアナウンスに従って、柊、海奈、深也の3人は天ヶ原駅前に駆けつけた。駅前の様子は明らかにおかしく、黒い霧が漂い、昼にも関わらず薄暗い。


「なんだこれ……」


『高次元生物の影響だと思われます』


 深也の呟きに、真崎が答えた。それに対して、今度は海奈が問いかける。


「その高次元生物はどこに?」


『高次元生物は影のような形態をしているとのことです。恐らく、その薄暗い中に紛れているのかと』


「なら、まずは本体をおびき出さないとね」


 柊の言葉に、真崎は頷いて続けた。


『はい。……通報によると、何人か影に飲み込まれた人が居たとのことです。注意して下さい!』


「りょーかい……」


 気怠げに返事をした深也は、腰のポーチから拳銃を取り出した。


「……高次元生物、どこに居るんだろうね」


 深也の言葉に対して、海奈は辺りを見渡しながら曖昧に返す。


「さあ……辺りが暗くてよく分からないな……」


 その様子を見た深也もまた、周辺を注意深く見渡す。すると、ロータリーにある、照明が切られた街灯が目に入った。それを見て、深也はふと思いつく。


「そもそも影なら、辺りを明るくすれば出てくるのでは……?」


「それだ!」


 突然の海奈の大声に、深也はびくりと体をすくめた。


「深也、ナイスアイディアだよ」


 そう言って明るく笑う海奈に、深也は目を伏せ頬を赤らめる。


「や、役に立ててなにより……」


 柊は、その深也の様子を見て目を輝かせた。


(……もしかして、もしかする?)


 その柊をよそに、海奈は真崎に通信する。


「真崎さん、周辺を明るくすることってできますか?」


『はい!……連絡して、街灯や駅の照明をつけてもらいますね』


「お願いします」


 真崎との通信が途切れて、すぐ。駅の照明や街灯が一斉に点灯した。先程に比べて、駅周辺がずっと明るくなる。


「ミィィィ!」


 その明るさに目を覆いながら、黒く、人型をした高次元生物が現れた。


「あれが本体か……」


 深也はすぐに高次元生物へ向けて発砲した。


「ミィ!」


 高次元生物が頭を抱えてしゃがみ込むと、前方に霧が現れた。弾丸は霧の中で失速し、そのまま地面に落ちる。


「……どうなってんだ、あの霧は」


 深也は舌打ちして、拳銃をポーチにしまい、代わりに、折り畳み式のナイフを取り出した。

ナイフを一振りして刃を出し、高次元生物を睨む。柊は深也のナイフを見て、物珍しそうに口を開いた。


「すごい……色々持ってるんだね」


「ああ……僕のアビリティは攻撃向きじゃないから」


 それだけ言うと、深也の姿が『消えた』。


「え!?し、深也君、どこ!?」


 驚く柊に、深也は声だけで答える。


「これが僕のアビリティ、『透明化』。自分とその周囲のものの姿を消すことができるんだ。……それはそうと、至近距離からの方が良いかもしれない」


 その声に海奈も頷く。


「そうだな。……あたしと柊で隙を作る」


 そう言うと海奈は高次元生物に向き直った。高次元生物は攻撃が通らないことが分かったのか、ニヤニヤとした顔で躍りながらこちらを見ていた。


「……今に見てろよ」


 高次元生物を睨んでから、海奈は柊に視線を送った。


「行こう、柊」


「うん!」


 2人は高次元生物に向かって駆け出した。


「食らえ!『渦潮』!」


 海奈が腕を振るうと、高次元生物の周囲に水の渦が生まれた。駅の2階にも到達しそうなほど、大きな渦潮。その激しい渦に、高次元生物は閉じ込められる。


「ミィィィ!?」


 高次元生物はそれに驚き、立ち尽くした。


「『遅延』!」


 柊の声に合わせて高次元生物が空色の光に包まれた。その声で、柊が『遅延』を掛けたことを確認した海奈は、渦潮を解除する。すると、そこには無防備な高次元生物が立ち尽くしていた。


「深也!」


 海奈の声と共に深也が高次元生物の背後に現れた。


「この距離なら……」


 深也は高次元生物の背中にナイフを突き立てた。しかし、手ごたえがない。まるで、真綿にナイフを突き立てたような、そんな感覚だった。


「何だ、こいつ……」


「ミィィィ!」


 戸惑いつつも、深也がナイフを抜くと、高次元生物は断末魔だけ残して砂のように消滅した。


「……やったのか?」


 深也が呟くように言うと、海奈は笑顔で答えた。


「うん。深也、柊、やったな!」


 海奈に快活な笑顔を向けられた深也は赤くなり、その場から立ち去ろうと走り出した。柊は、そんな彼を逃すまいと追いかける。


「深也君!」


 柊は深也に追いつくなり、ニヤニヤしながら声を掛けた。


「深也君も分かりやすいね」


 柊にそう言われて、深也は赤面しながら反論する。


「あ、あのね……きき、君はそういう話好きなのかもしれないけど、僕としてはそうもいかないんだよね!」


「ごめん……でも好きなんだよね?」


 目を輝かせながら引き下がる様子が無い柊に、深也は溜息をついて言った。


「……うん。でもこれ内緒ね」


「どうして?」


「向こうが僕みたいな根暗のこと好きなわけないし、それに……何か避けてるでしょ、恋愛の話」


 柊はそう言われて思い返す。確かに、先ほどのお茶会ではどこかぼんやりとしていた様子だった海奈。姉である花琳の好きな人の話をしている時も、曖昧な態度を取っていた。もしかしたら、恋愛の話をしたくない理由があるのかもしれない。そう思った柊は、深也に頷いた。


「分かった」


 柊が頷いたのを確認し、深也は安堵の溜息をつきながら、本部へ戻ろうと歩みを進めた。


 その時だった。


『3人とも!まだ相手は生きています!』


 真崎の声で2人が振り返ると、そこには無数の黒い手によって地面に吸い込まれていく海奈の姿があった。


「海奈!!」


 2人は慌てて駆け寄るが、海奈は地面に吸い込まれてしまった。


(今のがさっき言ってた影に飲み込まれたってことか……)


 柊が地面に触れると、ほかの場所とは異なり黒が濃く、中に入り込めるようになっていた。海奈を助けるためには、この中に入るしかない。覚悟を決めた柊は、深也を見て力強く声を掛けた。


「深也君、いこう!」


「で、でもこの中どうなってるか分からないし……僕も君も攻撃向きの能力じゃない……誰か待った方が……」


「もー!深也君の意気地無し!」


「ひっ……!?」


 柊に強い言葉をぶつけられ、深也は体をすくめる。そんな深也の様子などお構いなしに、柊はまくし立てた。


「海奈が危ない目に遭ってるかもしれないんだよ!?誰かを待つなんて言ってられない!助けに行こう!大事な人なんでしょ?」


「っ……ああ、もう。分かったよ……!こうなったら、行くしかない……」


 深也は半ば投げやりになりながらも、海奈を助けるために影の中へ飛び込んだ。


「……よし、行こう」


 影の中に消えていく深也の背中に、柊も続いた。


* * *


 深也と柊が飛び込んだ先は、どこまでも黒い世界だった。地面はぬかるんでおり、空と大地の境界線はなく、全てを真っ黒な墨で塗りつぶしたような空間が続いている。


「……重苦しい」


 深也が呟き、それに柊は頷いた。


「早く海奈を探して、ここから出よう……」


 2人が影の世界を歩き出した、その時。深也の背後から無数の手が伸びてきた。


「深也君!」


 柊は手を伸ばそうとしたが、それよりも先に無数の腕に動きを封じられた。


「そんな……!」


「柊ちゃん!」


 闇に吸い込まれていく中、深也はポーチからナイフを放り投げた。黒いぬかるみに突き刺さったナイフは、全てが黒いこの世界において唯一、銀色に輝いていた。


「……ここで待ち合わせよう」


 それだけ言うと、深也は暗闇に呑まれていった。


(……駄目、だ)


 柊の意識が黒く染まった。


* * *


 柊が目を覚ますと、そこは病室だった。大きなベッドの上で寝ている柊の腕には、点滴の針が刺さっている。すぐ横の棚には薬の入った紙袋が置いてあり、反対側の棚には黄色いガーベラが飾られた花瓶が置かれていた。


「何なの、これ……」


 柊が起き上がると、病室のドアが開く音と共に、聖夜が入って来た。


「聖夜……!?」


「気分はどうだ?柊……」


 聖夜は穏やかに声をかけてくる。しかし、その瞳はどこか虚ろだ。


「どうって……何がどうなってるか訳分からないよ。聖夜、ここは……?」


 柊が尋ねるも、聖夜は返事をせずに窓辺に歩いて行った。


「今日は天気が良いな。窓を開けようか」


(聞こえてないの……!?)


 念のため窓の外を見るが、一面黒くてよく分からなかった。柊が戸惑っていると、聖夜はベッドの脇にある椅子に腰を下ろした。その表情は普段通りの優しいものだ。それが尚のこと、柊の心をざわつかせる。


「ねえ聖夜、ふざけないで。ここが何なのか教えて」


 自分の不安を紛らわせようと、柊は強い口調で聖夜に問いかけた。どうかこれが、悪い夢でありますように。そう、願って。すると聖夜は、唐突に柊の手を握って呟いた。


「……柊、俺1人だよ」


「え……?」


「何で俺を1人にしたの……」


 そう言って涙をこぼす聖夜を見て、柊は何も言えなかった。


「聖夜……?」


「母さんは死んじゃったし、父さんは帰ってこない。俺には柊しか居ないのに……」


 そう言って泣き続ける聖夜を、ただ見つめることしかできなかった。


「……俺、やっぱ駄目だよ。だからさ、柊……」


 そう言うと聖夜はナイフを柊の首筋に当てていった。


「一緒に死のう」


「……!」


 柊は咄嗟に聖夜の腕を払いのけた。ナイフが床に落ち、カランと音を立てる。


「違う……聖夜じゃない!」


 柊がそう気がついたとたん、辺りが黒く染まり始めた。


「ヒトリニィ……シナイデェェ……」


 聖夜だったものも溶け、先程戦った高次元生物になった。柊は、泣きながら蹲る高次元生物を見据える。


「……しないよ」


 柊は、先ほど落ちたナイフを手に取って、聖夜だったそれに歩み寄っていく。


「私達、絶対に死なないって、夏実姉さんと約束したじゃん」


「ウグ……ヒック……」


「だから、私まだ死ねない」


 柊は高次元生物にナイフを突き立てた。すると、確かな手応えと共に、高次元生物の悲鳴が響いた。サラサラと砂のように消えてゆく高次元生物を見届けて、柊はその場に座り込む。


「1人にしないで……か」


 柊は少し溜息をつくと呟いた。


「……する訳ないでしょ、ばか」


* * *


 一方で、深也は気がつくと教室に1人立っていた。世間的には高校1年生である深也には小さすぎる机と椅子が、規則正しく並べられている。察するに、ここは小学校だろう。


 時計を見ると午後4時半であることが分かった。


 黒板には5月29日と書かれている。


(ああ。この日は……)


 深也が廊下に出ると、明るい茶髪の少年が蹴り飛ばされていた。小学生の頃の深也だった。


「お前が俺の給食費盗ったんだろ!知ってるんだぞ、お前のアビリティが姿を消すことだってこと!」


「だから……僕じゃないって……」


「うるさい!」


 更に蹴りを入れられ、小学生の深也は蹲った。


「頭が良くて運動ができるからって……偉そうなんだよ、お前!」


 それだけ言うと、相手の小学生は立ち去っていく。周りにいた他の児童も、ある者はクスクスと笑い、ある者は軽蔑の眼差しを向けながら、何もせずに深也を見下ろしているだけだった。そう。誰も助けてくれなかったのだ。


(……この日から、いじめられ始めたんだ)


 泣きながら蹲るあの日の自分を見下ろしながら、深也は唇を噛みしめた。


(結局、給食費は違う奴の鞄から見つかった。でも、誰からも謝られなかった上にいじめは酷くなる一方だった)


 深也はその頃のことを思い出しながら、幼い自分から目を逸らす。


(良くも悪くも目立ったからこうなったんだ。半分以上の同級生は面白がっていただけ。いじめに加担しなかった奴も、誰も助けてくれなかった)


 深也は辛い思い出を振り払うように首を振った。すると、今度は制服を着た学生とすれ違った。


(今度は中学校かよ……)


 学生達に深也は見えていないらしく、皆おしゃべりをしたり、友だちとふざけ合いながら廊下を歩いていた。その中に、当時の深也の姿は無い。


(確か、この頃はいつも……)


 深也は、過去の記憶を辿りながら図書室へ向かった。ガラガラと音を立てて扉を開けると、大きなテーブルの1番端に、中学生の深也は座っていた。


(いた……)


 学生服を着た深也は1人教科書を開いて自習をしていた。長い前髪で顔はよく見えない。


(絶対に目立たないようにって必死だったな)


 深也は自習を終えて図書館を出る自分を追った。そして、教室の前に差し掛かったときだった。


「A組の海透っているじゃん」


 女子生徒の声が聞こえた。


「あいつまじ暗くね?」


「分かる~。何考えてるか分かんないし、キモいよな」


 教室の中から、ケラケラと笑い声が漏れ聞こえてきた。


 彼女達の笑い声が、深也のトラウマを刺激する。胸が痛くなり、浅くなる呼吸を必死で整えようとしていると、中学生の深也が突然、振り返り、顔を歪めて笑った。


「ねぇ、笑えるね」


「……何が」


「目立っても、目立たなくても、このざまだからさ」


 そう言う中学生の深也は、泣きながら笑っていた。


「もうよく分からないだろ?死にたいだろ?でも死ねないんだ。何でだろうね?」


 感情と表情がチグハグなまま、中学生の深也は銃口を深也に向ける。


「待って……だめだ!」


「止めるなよ……!」


 中学生の深也は顔を苦しそうに歪めた。


「ずっとこうしたかったんだろ……!僕が殺してやるッ!!」


 そう叫んで泣いたまま、彼は深也に発砲した。


「……!」


 辛うじて心臓は躱したが、左肩が撃ち抜かれた。中央支部のマントの青に、暗い赤が重なる。


「なんだよ、この期に及んで、生きようとしてるの?」


「……そうだよ」


 深也は左肩を押さえたまま、中学生の自分へ歩み寄る。


「君が言うように、散々な学校生活だった。何をしても無意味だって、一度踏み外したら終わりなんだって思ったよ。僕に残された道は、もう、消えるしかないんだって……思ってた。でも、父さんや、特部の人達が……僕を、必要としてくれたんだ」


 中学生の深也は拳銃を固く握りしめている。しかし深也は近づくのを止めなかった。


「特部に入ったときは、正直、自暴自棄だった。でも、そこで出会った人は誰も僕を否定しなかった。生まれて初めて好きな人もできて……今、それなりに楽しいんだ」


 深也は中学生の自分を抱き締めて言った。


「もう少しだけ、僕に時間をくれないかな」


「うっ……うぅぅ……!」


 中学生の深也は声を上げて泣いた。すると、辺りが黒い霧に包まれ始める。やがて、中学生の深也は黒く染まり、先程戦った影に姿を変えた。


「ウゥゥ……イキタクナイィ……」


 深也はポーチから拳銃を取り出し、影に突きつけた。


「……ごめん。僕は生きる」


 乾いた音が辺りに鳴り響いた。


* * *


 黒い世界のナイフが刺さった場所で、柊は深也と再会した。始めは無事に会えて安心していたが、彼の左肩の出血を見て、柊は顔色を変える。


「深也君、その肩……」


「大丈夫……結構痛むけど……」


「すぐ治すよ。私に任せて」


 柊は、無理矢理笑顔を作る深也の左肩を両手で覆うと、小さく呟く。


「……『巻き戻し』」


 すると、柊の声と共に、深也の傷口が空色の光で包まれた。みるみるうちに深也の肩の痛みが引き、傷口が塞がっていく。柊のアビリティは『遅延』だったはずだが、こんなこともできるのかと、深也は内心驚きを隠せなかった。


「痛くない?」


 柊の問いかけに深也は頷く。


「ありがとう……君、こんなこともできるんだ……」


「疲れちゃうから、あんまりやらないようにしてるんだけどね」


「え、わ、わざわざ僕なんかのために使わせてごめん……!」


 慌てる深也に、柊は明るく笑った。


「酷い怪我だったし、仲間を助けるのは当然のこと!それに、深也君って自分が思ってるよりもすごいんだから、もっと自信持ちなよ」


「え……?」


「吸い込まれる直前にナイフを目印にしたり、さっきの戦いでも明るくすることに気がついたりさ、すごく機転が利いてたよね」


「そ、そうかな……」


「そうそう!」


 柊は頷いて、深也に笑顔を向ける。その裏表の感じられない笑顔を前にして、深也の心が安堵感で温かくなっていく。その優しさの熱を感じながら、深也は胸を押さえて小さく微笑んだ。


「ほら、海奈を探しに行こう」


 柊の声に、深也はナイフを引き抜き頷いた。


 黒い世界を、2人で並んでひたすら歩く。ふと、深也の頭に、柊も自分のように過去のトラウマを見たのかという疑問が浮かんだ。


「ねえ、柊ちゃん。僕さ、さっき違う場所に引きずり込まれた時に、昔の自分を見たんだ」


「昔の深也君……?」


 深也は頷いて続けた。


「うん。特部に入る前の僕。……すごくリアルで、辛かった」


「辛い思い出があったの……?」


 柊の問いかけに、深也は苦笑いする。先ほど、トラウマと向き合って、「生きる」と決めたとはいえ、まだ全て許して受け入れられるほど、いじめの記憶を乗り越えることはできていなかった。


「……色々あってさ。特部に入るまでは、生きているのが嫌だった……あ、別に今はそんなことないし、ど、同情して欲しいわけでも無くて……その……。き、君も見たのかな……そういう、変な夢みたいな……」


 少しまごつきながら尋ねる深也に、柊は頷き俯く。


「……見たよ。私のは過去の思い出じゃ無かったけど……すごく苦しい夢だった」


 俯いてしまう柊を見て、深也は慌てて付け加えた。


「お、思い出さなくてもいいよ……ただその……今回の相手はもしかしたら、精神攻撃が得意なのかもって思って……僕達が恐れてるものを引き出して、僕達を壊そうとしてるのかもしれない……」


「……そうかも」


 柊が頷いた、その時。


「どうして言うことが聞けないの!?」


 遠くから甲高い怒鳴り声が聞こえた。


「……あっちだ」


 深也が指さした先は、黒い世界から切り取られたかのように白く、明るかった。


「もしかしたら、海奈の……」


「う、うん……行ってみよう」


 2人は、ぬかるんだ地面を蹴りながら、明るい方へと急いだ。


 ドロドロとした大地は、いつしかサラサラとした砂に変わり、空も地面も雪のように白くなっていく。その真っ白な世界の真ん中に、海奈は立っていた。


「海奈!」


 2人が駆け寄るも、海奈に反応はない。両腕を抱きながら、ただ、怯えた視線を目の前の人物に向けている。


「み、海奈……?」


 海奈の視線の先には、1人の女性がいた。海奈と同じ紺色のロングヘアの女性は、彼女に向かって鬼の形相を向ける。


「どうして言うことを聞かないの!?」


 女性は海奈の頬を叩いた。バチンという大きな音が辺りに響く。


「……母さん」


 海奈は頬を押さえながら、怯えた顔で後ずさった。しかし、女性が1歩ずつ海奈に迫って、さらに怒鳴る。


「あなたは女の子なのよ?どうして黒いランドセルが欲しいなんて言うのよ!」


「……ごめんなさい」


「花琳お姉ちゃんは可愛いのに、どうしてあなたは可愛くなれないの!?」


「ごめんなさい。でも、俺……」


「俺なんて言葉使わないで!あなたは女の子なの!」


 海奈の母親は、甲高い声で海奈を責め立てた。


「あなたのために言ってるのよ!!」


 あなたのために言っている……その言葉を前にして、海奈はただ俯くことしかできなかった。もはや、反論する気力も、抵抗する勇気も、なかったのだ。


「……はい、母さん」


 海奈は力無く返事をする。しかし、彼女の母親は海奈に拳を振り上げた。


「あなたみたいな出来損ない……居なくなれば良いのに!!」


「や、やめろ!」


 深也は海奈を押しのける。彼女を庇う形で、深也は顔を強くぶたれた。


「うっ……」


「深也君!」


 その場に倒れ込む深也に、柊は慌てて駆け寄った。


「深……也……?」


 海奈はそう言うと初めて、瞳に深也を映した。


「……海奈、これは夢なんだ。海奈がそれに気づけば夢は終わる!」


 深也は必死に海奈に訴えた。しかし、海奈は怯えきった表情で首を横に振る。虚ろになった瞳から、涙がとめどなくこぼれ落ちていた。


「で、でも……母さんが……怒ってる……」


 海奈は声を震わせた。


「母さんが、お前は要らない子だって……出来損ないだって……」


「そうよ、あなたは要らない子」


 女性は包丁を握りしめ海奈に迫った。


「あなたなんか、大っ嫌いよ!!」


「……そんなこと、ない」


 深也はふらつきながら海奈の母親の前に立ちはだかった。


 包丁が、深也の腹部にグサリと突き刺さる。海奈の母親が包丁を抜くと、その場に赤い血溜まりができた。


「うぐ……!」


「深也……!」


 海奈は、倒れ込んだ深也を抱きかかえた。


「深也、なんで……」


 海奈の涙が、頬を伝って深也の顔に零れる。深也は、涙を流す海奈に対して、ただ静かに微笑んだ。


「海奈、僕……君が好きなんだ」


 深也は朦朧とした意識まま、ずっと抱えていた想いを海奈に伝えた。先程、柊が自分の胸を温めてくれたように、彼女の心に熱をうつすために、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「いつから、とか……覚えてない。でも、好きなところは、沢山言える……」


「深也……」


「いつも明るく振る舞ってるところとか、みんなを気遣う優しいところとか……ぼ、僕は、自分が嫌いで、ひ、人もあんまり好きじゃなかったけど……君に会えて、結構変われたんだ……」


 深也は震える手を持ち上げて、海奈の涙を拭った。


「だから……君に、泣いて欲しくない……」


「あ、あたし、そんなこと言われて良い人間じゃないんだ」


 海奈は泣きながら、自身の闇を打ち明けようと口を開いた。


「女の人としてじゃなく……男の人として生きたいんだ。ずっとそうだったんだ……!」


「海奈……」


「ずっと苦しかった……ランドセルは黒がよかったし、女の子の制服なんて着たくなかった。可愛くなんてなりたくなかった……でも、分かってくれたのは姉さんだけだった……」


「うるさい!!」


 泣きじゃくる海奈に、海奈の母親は拳を振り上げた。しかし、彼女が拳を振り下ろすより、早く。


「『止まれ』!」


 柊の声が響いて、彼女の動きが止まった。


「……大丈夫だよ、海奈」


 柊は海奈の背中を優しくさする。


「私も、深也君も……特部のみんなも、海奈のこと絶対に独りにはさせない。どんな海奈でも、海奈だもの」


「柊……」


「ウ……ウアアア!」


 海奈の母親が黒く染まり始め、影の怪物に戻った。


「キエロ……キエロ……キエロ!!」


 影は地面から包丁を生み出し、3人に鈍く光る刃を向ける。柊は2人を守るために影の前に立ちはだかり、体術の構えをとった。


「来るなら来なさい!」


 柊は影の手から包丁を取り上げるべく、腕を締めあげようとするが、影の身体は実体がないのか触れることすらできない。


「このっ……!」


 なら直接包丁を取り上げようと、影の包丁が固く握られた右手に手を伸ばそうとするが、包丁を振り回され躱すことでやっとだ。


「っ……!」


 振り回される包丁を躱そうとしたその時、柊はバランスを崩して転倒してしまった。この世界の地面は白い砂。アビリティ課入隊試験の会場である体育館とは異なり、不安定な地面だった。


 柊がしまったと思う間もなく、影が包丁を持って彼女に迫っていた。柊が思わず目をつぶった、その時。


「『激流』!」


 影が激しい水流に押し流された。


「ウウア!?」


 影は激流に押し返され、その場に倒れ込む。包丁が影の手を離れ、地面に落ちた。


「……ありがとう、柊、深也」


 海奈は包丁を手に取ると、ポニーテールにした長い髪を切り落とした。


「俺は……俺を認めてくれる人のために、生き抜いてみせるッ!!」


 海奈は、倒れている影に包丁を突き立てた。


「ウグアアア……!」


 確かな手応えと共に影が消滅していく。


 すると、白い世界に亀裂が入り、そのまま砕け散った。


* * *


 影の生み出した世界が崩壊し、3人はもと居た天ヶ原駅前に戻ることができた。


 海奈が空を見上げると、美しい夕焼けが広がっていた。どこまでも続く夕焼け空。彼女が今まで見た、どんな空よりも清々しく、綺麗だった。


「海奈!」


 遠くから、他の任務に出ていた隊員たちが走ってくる。その先頭を走っていた花琳は、海奈に駆け寄るなり抱き締めた。


「海奈……無事で良かった…………」


「姉さん……俺……」


「分かってる。……決めたのね、海奈」


「……うん」


 海奈は花琳の腕をほどいて、明るく笑った。


「俺、自分らしく生きる」


 花琳はそんな海奈を見て、心から嬉しそうな顔で微笑んだ。


「柊ー!みんなー!」


 聖夜が清野を連れて、3人の元へ走ってくる。


「大丈夫か!?」


 聖夜は柊に駆け寄ると慌てて尋ねた。


「私は平気……それより、深也君が」


 柊がそう言うより先に、清野は深也のもとへ駆け寄った。


「深也君が重傷だ……すぐに処置しよう」


 清野は深也の腹部を『回復』し始めた。聖夜はその様子を心配そうに見つめる。


「……清野さん、深也は?」


「問題ないが、回復反動が酷いからね……運んでくれないか」


「はい!」


 聖夜は元気に返事をして、深也を抱きかかえた。


「お、男にお姫様抱っこされるなんて……」


 深也は顔を覆いながら呟く。それを見た聖夜は、心底申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめん深也……これが1番担ぎやすいんだ」


「ガチで謝らないで聖夜君……」


 聖夜は深也を抱えたまま、柊に心配そうに尋ねた。


「柊は、大丈夫なんだな?」


 聖夜の問いに、柊は力無く笑う。


「……足に力が入らない」


「何……!?ちょ、ちょっと考えさせてくれ」


 聖夜は真顔で深也を見た。


「せ、聖夜君?」


「右手に深也、左手に柊で持てるかな……」


「ちょっと待って怖いからやめて……!」


「そうだ。やめておけ」


 翔太と白雪も、柊達の元へ駆け寄ってきていたようだった。翔太は柊を見るなり、しゃがみこんで彼女に背を向けた。


「俺が柊を運ぶ。乗れ」


「翔太君、ありがとう。でも……」


「どうせ無茶したんだろ。黙って頼れ」


「……うん」


 柊は少し申し訳なさそうに頷き、遠慮がちに翔太の背中に身を委ねた。その様子を見た聖夜は何とも言えない表情をする。


「お兄ちゃん、自分より背の高い人しか認めないからな……」


「うるさい。これから伸びるんだ」


 翔太は聖夜を睨む。2人のやり取りを聞いていた柊は、彼の背中で楽しそうに笑った。


「とにかく……みんな無事で良かったよ」


 白雪は全員に微笑んで言った。


「さぁ、帰ろう」


* * *


 深也が目を覚ますと、医務室の時計は午後11時だった。


 任務から戻ったのは夕方6時で、結局聖夜の腕の中で眠ってしまったため、実に5時間眠っていたことになる。


(うわ……こんなに寝てたんだ)


 ゆっくりと身体を起こし、深也はベッドの上で大きく伸びをした。


(……今日は色々あったな)


 目を閉じて今日のことを思い返し始めると、様々なことが頭を過ぎった。


(高次元生物と戦って、昔の自分に殺されかけて……それから……海奈に……)


 ずっと好きだった彼女に、告白したことを思い出して、深也の頬がカーッと火照る。恥ずかしさの余り、深也はベッドの上で膝を抱えて顔を埋めた。


「あー、何やってんの、僕……。はぁ…………目が覚めてしまった……」


 深也は溜息をついてベッドから降り、自室に戻ることにした。深也が医務室のドアを開けて廊下に出たその時。


「あ、深也」


 思いがけず、海奈にばったり出くわした。


「み、海奈……!?」


(い、今会いたくない人ナンバーワン……羞恥心で死ねる……)


「まだ体調よくないのか?顔色悪いけど……」


 心配そうに首を傾げる海奈に、深也は慌てて首を振った。


「ぜ、ぜぜぜ全然!」


「そっか、なら良かった……」


 海奈は胸をなで下ろした。


「……話があるんだ。ちょっと俺に付き合ってくれないか」


「あ、う、うん。大丈夫……」


 深也が頷いたのを見て、海奈は安心したように笑う。その笑顔にすらドキリとしながら、深也は彼女についていった。


 海奈の後に続いて歩き、深也が入ったのは談話室だった。他には誰もおらず、静まりかえった部屋で、海奈は深也に話しかける。


「深也が寝ちゃった後に、みんなに髪型のこと聞かれたんだ。それで……迷ったけど、俺のこと全部正直に話したよ」


「そ、そうなんだ……」


「うん。……みんな受け入れてくれたんだ。柊の言った通りだった。深也も、あの時、俺のこと肯定してくれてありがとな」


 海奈はすっきりした笑顔を見せた。よく見ると海奈の制服は男子用のものに変わっていた。


「よ、よかったね……」


 深也は無理矢理微笑んだ。


「それで……任務中の話だけど」


 海奈は真面目な顔で深也を見つめる。


「に、任務中の……」


(こ、これ絶対僕が告白したことだよね?ど……どどど、どうしよう……)


 深也は1人、目を回した。


(な、何か喋らなきゃ……)


「そ、そういえば、任務中昔の自分に会ったんだけど今よりずっと根暗でさ……ほ、ほんとに嫌になっちゃって……」


 焦る気持ちを必死に誤魔化そうとして話し続ける深也を、海奈は大きな声で遮った。


「聞いてくれ!……頼むよ」


「ご……ごめん」


 海奈の真剣な顔を見て、深也は慌てて口を噤む。


 海奈は、そんな彼の様子を見て、一呼吸置いて、自分の気持ちを言葉にしていく。


「……俺、ずっと恋愛を避けてたんだ。俺はこんなだから、誰かを好きになれるのか不安でさ。姉さんが白雪さんのことをずっと想っているのは応援したいけど、自分に置き換えるのはどうしてもできなかった」


 海奈は胸に手を当てて続けた。


「正直、今も恋愛とかよく分からないし、深也のことをそんな風に考えたことも無かった。だから、付き合ったりとかはできない。ごめん。……でも、深也が俺のことを好きで居てくれたのは嬉しかった。ありがとう」


 海奈は深也に真面目な顔のまま言った。


「……わがままなのは分かってる。これからも、仲間で居させてくれないか」


「……そんなこと言われたら、頷くしかないじゃないか」


 深也は海奈に精一杯笑いかけた。


「ほ、ほんとは言うつもり無かったんだ。海奈が恋愛事避けてるの、何となく分かってたし……も、もちろん付き合えたりしたら嬉しいけど、あの時は海奈に生きてて欲しくて必死だったんだ」


 深也は懸命に続けた。


「そ、それに僕の気持ちだけ優先して無理に付き合うのは嫌だから……謝らないで欲しいよ」


「深也……」


「こんな僕だけど……これからも対等な仲間で居るって約束する」


「……うん。ありがとう」


 そう言って申し訳なさそうに微笑む海奈を見て、深也の胸が苦しくなる。


(……こんな根暗な僕のためにこんなに考えてくれたんだ、十分だ。こんな僕のために……)


 深也はふと柊の言葉を思い出した。


(もっと、自信を持てだっけ……)


 深也は勇気を振り絞り、テーブルの下で拳を握りしめながら、海奈を真っ直ぐと見つめた。


「……み、海奈はまだ誰かを好きになれるか分からないって言ってたけど……僕きっとずっと海奈のこと好きだと思うんだ。だ、だから……」


 深也は一呼吸置いて続けた。


「だから、そのことだけは覚えてて欲しいなって…………僕が、君のこと好きだってこと、だけは……さ。ぼ、僕も、意識して貰えるように……頑張る、から……」


 照れくさくて、言葉尻がしぼむ。顔が火照っていく。深也は少し体を縮こめながら、上目遣いで海奈の様子を伺った。


 海奈はというと、ぽかんとした顔で深也を見つめている。


 そんな海奈の様子を見て、深也は慌てて付け加えた。


「あ、も、もちろん海奈が誰を好きなるかは海奈の自由だし、に、任務にも支障はきたさないから……!」


 顔を真っ赤にしながら、体を強ばらせて必死に言葉を紡ぐ深也を見て、海奈は優しく笑った。


「ありがとな。俺も自分のことが分かるように頑張るよ」


 そう言って海奈は微笑むと、椅子から立ち上がる。その表情は、嬉しそうに綻んでいた。


「……さて、部屋に戻ろうかな」


 海奈はそう言うと、スタスタと談話室の外へ歩いて行った。


 その後ろ姿を目で追いながら、深也は1人蹲る。


(調子乗った……対等な仲間で居るって約束してすぐなのに、何言ってんだ僕……)


 頬が熱い。胸の鼓動も駆け足になっており、バクバクと音を立てている。


 しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。


(……でも、少し前進した気がする)


 深也は立ち上がり、少し微笑んで談話室を後にした。

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