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11 大好きな人と大切な人

ノエルと出会ってから数日後、聖夜は訓練施設で翔太と共にVRの高次元生物と戦っていた。


「『竜巻』!!」


翔太が右腕を振り下ろすと、激しい竜巻が巻き起こった。


施設内いっぱいに吹き荒れる竜巻は、高次元生物を巻き込む。しかし、厄介なことに、今回相対している敵の体は鋼鉄でできていた。そのため、どれほど強い竜巻でも、相手を吹き飛ばすことはおろか、ダメージを与えることすらできない。


そうしているうちに、高次元生物は、ゆっくりと2人に向かって接近してくる。


「チッ……どうすれば……」


翔太が、アビリティを発動させながら苦しそうな声を出す。


アビリティは、体内に巡っているエネルギーを放出したものだ。そのエネルギーは、血液が運ぶ酸素にも近い。そのため、アビリティを使用すればするほど、身体に負担がかかるのだ。


激しい竜巻を発動させている翔太の負担も、相当なものだった。


そんな翔太の傍らで、聖夜は真っ直ぐに敵を見据えていた。


『加速』で竜巻を突破して、物理的にダメージを与えるしかない……今までの彼なら、そう考えていただろう。


しかし、今の聖夜は違った。


「翔太、もう少し竜巻を保ってくれないか。……一瞬でも、長く」


「聖夜……?」


「大丈夫。俺に任せて」


聖夜の落ち着いた声を聞き、翔太は迷わず頷きを返す。

翔太の、長年の戦いで得ていた勘が、聖夜を信じるべきだと告げていた。


聖夜はそれを確認し、荒れる竜巻に手を伸ばす。


指先が、一瞬、風の塊に触れた。


「『加速』……!」


聖夜が言い放った、次の瞬間。


竜巻が、青い光を帯びて勢いを増した。


それと同時に、高次元生物の身体が宙に放り出されたのだ。


翔太が竜巻の発動を止める。それを分かっていたかのように、聖夜は高次元生物に向かって走り出していた。


「翔太!上昇気流!!」


「分かってる!『突風』!!」


翔太の強風に乗りながら、聖夜は大きくとび跳ねた。


落下を始める高次元生物の上に躍り出た聖夜は、自らの足に『加速』をかける。


「堕ちろ!!」


加速で勢いを増したかかと落としが、高次元生物を床に叩きつけた。


激しい音と共に、高次元生物の身体が砕ける。


翔太の風で柔らかに着地した聖夜は、敵に打ち勝ったことに安堵の溜息をついた。


「高次元生物の反応の消滅を確認しました。訓練を終了します」


音声と共に、訓練システムが終了し、高次元生物が消える。


「聖夜!」


駆け寄ってくる翔太に、聖夜は明るく笑った。


「訓練、いい感じだったな!」


「あ、ああ……お前、いつのまにそんな戦い方を覚えたんだ?」


「え?あー、この前、ノエルって男の子に会ってさ、一緒に戦ったんだけど……その時に、彼が教えてくれたんだ」


「ノエル……?どんなヤツなんだ?」


翔太に尋ねられ、聖夜は顎に手を当てて彼のことを思い返す。


美しい金髪と、端正な顔立ちに光る野葡萄色の瞳はまるで人形のよう。外国人だろうか。少なくとも日本人では無さそうだが。


それから、何か果たすべき使命があるとも言っていた。


彼の使命とは何なのか、聖夜には見当もつかない。


考えれば考えるほど彼は謎に包まれている。


しかし、聖夜のことを助けてくれたというのは、紛れもない事実だ。


「綺麗で強い人だったな。戦いでは『闇』の力を使ってて……、俺もよく知らないんだけど、悪い人じゃないと思う」


「悪人じゃないって、なんで言い切れるんだ?」


「え?」


翔太の思いの外に厳しい声を聞き、聖夜は目を丸くする。


「だって……俺のことも、周りの人のことも助けてくれたし、何より、高次元生物と戦ってたんだぞ。俺達と敵は同じじゃないのかな?」


「演技かもしれないだろ」


「な、何でそんなに疑うんだ?」


聖夜が戸惑いがちに尋ねると、翔太は睫毛の長い目を伏せた。


「……お前は、そいつのことを信じたいのかもしれないが、俺はそう思い切れない」


翔太はそこまで言うと、聖夜のことを真っ直ぐ見る。


「冷静に考えてみろ。高次元生物を相手にできるほど強い一般人なんている訳がない。それに、そいつには戦いの心得もあるんだろ?現在、世界のどこを探しても、特殊戦闘部隊と、警察アビリティ課や、アビリティ課に準ずる警察組織以外に、アビリティによる戦闘を訓練する組織はないはずだ。そのノエルってやつ……明らかに怪しい」


翔太はそう言うと、聖夜を真剣な眼差しで射抜く。


「俺は、お前や他の仲間が、悪意のある誰かによって傷付けられるなんてごめんだ。だから……そいつに利用されないように、気をつけろよ」


翔太はそう言い切ると、スタスタと訓練施設の出口に向かって歩いて行ってしまった。


その背中を見ながら、聖夜はその場に立ち尽くす。


(……たしかに、ノエルのことは、俺もよく分からない。でも……俺のことを助けてくれた彼のことを、信じたいんだよな。でも……翔太の言ってることも、正しい)


聖夜は少し俯いて、小さく口を開いた。


「やっぱり、俺って甘いのかな……」


自分の考えの甘さ、未熟さ、それに対する情けなさが胸に込み上げてくる。


(そういえば、初任務の時も、裏山での戦いの時も……翔太に叱られてたな。俺が未熟だったから……)


自責の念に駆られる聖夜を現実に引き戻したのは、翔太の声だった。


「聖夜」


「あっ、ど、どうかした……?」


「これから燕のところに行くんだが、お前も来ないか?」


慌てて顔を上げた聖夜に対して、翔太は少し穏やかな声色で尋ねてきたのだ。


「え、いいの……?」


先程のことで、翔太の気分を害してしまったのではないかと思っていたため、翔太について行くのを遠慮した方がいいような気がした聖夜は、恐る恐る彼に尋ねた。


すると翔太は、切れ長な目を細めて聖夜に微笑んだのだ。


「いいに決まってるだろ。燕も喜ぶし、それに……」


翔太は、聖夜から少し目を逸らしながら、


「少し、気分転換した方がいいと思う。……お前のためにも」


と、小さく呟いた。


訓練施設に反響した、その思いやりに、聖夜は思わず笑みをこぼした。


「……ありがとな。じゃあ、俺も行く!」


「あ、ああ。じゃあ、着替えたら玄関に集合な。モタモタするなよ」


「分かったよ。急いで準備してくるから!」


聖夜は翔太に走り寄り、彼に並んで訓練施設を出た。


(……そういえば、翔太って、叱った後も必ず俺のこと助けてくれたよな)


聖夜は、翔太の不器用なりな優しさを再確認し、頬を緩ませながら、翔太の隣を歩いた。


* * *


聖夜は、道中で買った花を持った翔太と共に燕の病室を訪れた。


翔太が声を掛けてドアを開けると、そこには、いつものようにベッドの上で窓の外を眺めている燕がいた。


「燕、元気にしてたか?」


「あ、お兄さんと……聖夜さん」


燕は聖夜の顔を見るなり、少し目を細めて微笑む。


「こんにちは、2人とも」


「燕ちゃん、こんにちは!」


翔太は、明るく笑いながら挨拶をする聖夜と、燕を交互に見て、困り眉で笑った。


燕の中で、明らかに聖夜は特別だ。本人に自覚があるか分からないが、妹の淡い気持ちが、ほんの少し寂しかった。


そんな気持ちを誤魔化すように、翔太は花瓶の元へと歩いて行く。


「花、変えてくる。聖夜、燕のこと、頼んでいいか?」


「うん、分かった!」


聖夜は元気に頷いて、燕の傍に座って話し始めた。


「あのさ、燕ちゃんに見て欲しいものがあるんだけど」


「見て欲しいもの……?」


「うん。これ!」


聖夜はポケットからカードを何枚か取り出し、燕に手渡した。


そのカードには、ピンク色のウサギや、緑色のポメラニアンの可愛いイラストが描かれている。


ただ、ウサギの顔はキョロっとした目が少しばかり可笑しかった。


「ふふっ、面白い顔」


燕はクスリと笑って、カードのウサギの頭を撫でた。


「この子、なんて名前なんですか?」


「ぴょん助君って言うんだ。天ヶ原町の遊園地のマスコットキャラクターでさ、そのカードも、遊園地が配ってるんだよ」


「そうなんですか。遊園地……」


燕は、遊園地と呟いたっきり口を閉ざしてしまう。


「燕ちゃん、どうかした?」


不思議に思った聖夜が尋ねると、燕は寂しそうな笑顔で彼を見た。


「遊園地って、どんな所なのかなって。行ったことないし……覚えて、ないし」


燕はそう言うと、もう一度ぴょん助君の頭を撫でた。


「……私には、縁がない場所なんだろうな」


そう切なそうに呟く燕の頭を、聖夜はポンポンと撫でる。


「聖夜さん?」


「元気になったらさ、きっと、翔太が連れて行ってくれるよ。俺が頼んでおくから!」


「お兄さんが?」


「うん。俺が連れて行ってやれればいいかもしれないけど、それだと翔太が心配するから」


「心配……何でですか?」


「可愛い妹がさ、家族以外の男子と出掛けてたら、ちょっとヤキモキしちゃわない?少なくとも、俺はそうだよ」


聖夜の言葉に、燕は目を丸くする。


「可愛い、妹……、お兄さんは、そう思ってくれてるんでしょうか」


「当然!翔太、いつも厳しい顔してるのに、燕ちゃんの話をする時は優しい顔してるんだ。燕ちゃんが大好きだから」


「そうなんですか……」


燕は胸に手を当て、黙り込む。


(今まで、お兄さんには好かれてないって思ってた。だって、お兄さんは私の生活を保証してもらうために命を危険に晒さないといけなくて……)


そこまで考えて、ふと気づく。


「お兄さんは、私のために戦ってくれるぐらい、私のことを大事にしてくれてる……そうなんですか?」


燕に尋ねられ、聖夜は明るい顔で頷いた。


「そっか、そうなんですね……」


燕の頬が染まる。胸が暖かくて、微笑まずにはいられなかった。


その穏やかな微笑みを、ちょうど花を入れ替えた翔太は目撃し、言葉を失う。


燕が記憶を失ってから見せた表情の中で、一番幸せそうな笑顔だったからだ。


「あ……お兄さん」


翔太に気が付いた燕は、彼に向かって明るく笑った。


「ありがとうございます」


「な、何のことだ……?」


自分は特に礼を言われることはしていない。そう思って戸惑う翔太に対して、燕は穏やかに微笑む。


それを見ていた聖夜もまた、自然と笑顔になっていた。


「……2人で、何の話してたんだ」


「ん?翔太が燕ちゃんのことが大好きだって話してた!」


聖夜の言葉を聞き、翔太の顔が真っ赤になる。


「なっ……!?」


「お兄さん、いつもありがとうございます」


「うっ、燕……」


照れ臭さと、妹に優しい言葉を掛けられて嬉しい気持ちが混ざり合い、翔太の口元が緩む。


聖夜と話す燕は楽しそうだ。でも、聖夜と同じくらい、自分も燕にとって大事な人になれたのかもしれない。そう思い、翔太は笑みを零した。


「……ああ。燕は、大事な妹だからな」


開いた窓から、春風が吹き抜ける。柔らかい風が、燕の長い髪を優しく揺らすのを、翔太は幸せそうに眺めていた。

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