10 謎の少年
部屋に戻った聖夜は、ベッドの上で横になっていた。
(父さんが、事件に巻き込まれたかもしれないなんて……)
1人悶々としながら、聖夜は天井を見つめる。長年行方不明だった父が危険な目に合っているかもしれないということ、時の能力者は貴重だということ、自分の無力さ……色々なことが頭を巡った。
(もっと強くなりたい……そのためにはどうしたら……)
聖夜は何度も寝返りを打ちながら考えた。
(……分からない)
もう諦めて寝てしまおうかと思ったとき、スマホにメッセージが届いた。
『司です。突然で申し訳ないんだけど、明日会える?』
「司だ!どうしたんだろ……明日は何も無いし大丈夫か」
大丈夫だと返信すると、司からすぐ返信が来た。
『ありがとう!じゃあ10時に駅前で!』
* * *
翌朝、聖夜は駅前で司と待ち合わせた。
「あ、司!」
「おはよう、聖夜」
司は笑顔で手を振りながら、こちらに駆け寄ってくる。アビリティ課の制服ではなく、春らしい桃色のニットを着ている様子を見た聖夜は、プライベートの用事なのだろうかとぼんやり考えた。
「おはよう。どうしたんだよ、急に」
聖夜の問いに司は照れながら答える。
「今日買い出し当番なんだけど、お店の場所が分からなくて……手伝ってくれないかな」
「なるほどな。いいよ、行こう」
聖夜と司は商店街に向かった。
商店街に着くと、どの店も賑わっているのが見て取れた。司は様々な種類の店を見て、目を輝かせる。
「うわぁ……色んなお店がある……」
「司はここ来るの初めて?」
「うん。入隊してから訓練やら勉強やらで忙しくて……」
司はそう言うと、メモを確認した。
「豚肉と人参、玉ねぎ、じゃがいも……今日は肉じゃがかな」
聖夜もメモを覗き見る。
「どれどれ……って、すごい量買うんだな。大荷物になりそうだけど、帰り大丈夫か?」
「あはは……これも訓練の一環かな……」
「あー……俺も手伝うよ」
2人は苦笑いしながら、手始めに八百屋へ向かった。
* * *
2人はなんとか買い物を終え、警察署に戻る途中の公園で一休みすることにした。2人が座ったベンチは公園の端にあり、大きな桜の木の下で花見を楽しむ人々が一望できた。
「は~、重かった……」
司は溜息をつきながら、食材の入った袋をベンチに置く。その袋の中には大量の肉に加えて、店主が気を利かせて入れてくれた保冷剤も入っていた。
「これって、アビ課全員の分なのか?」
聖夜が聞くと、司は首を横に振った。
「まさか!付属学校に通う隊員の分だけだよ。それでも結構居るんだけどね」
「何人くらい居るんだ?」
「ざっと30人かな。全学年合わせてだけど」
「特部よりずっと多いな……」
聖夜が呟くと、司は興味津々といった様子で尋ねる。
「特部って全員スカウトされて入隊するんだよね。人数も少ないの?」
「ああ。うちは今7人。他の支部より多いらしいんだけどな」
「それだけ……!?」
司は目を丸くした。
「でも、アビ課より忙しくないと思うよ。俺達が相手にするのは高次元生物だけだし」
「そっか。……でも高次元生物ってすごく強いんだよね」
苦笑いする司の言葉を聞き、聖夜の脳裏に裏山での出来事が蘇る。
あの時、もし総隊長が来なかったら……自分は今頃、大怪我をしていたかもしれない。いや、それだけではない。町の人の安全も、脅かされていた可能性がある。
もっと強くならなくては。周りの人を守るためにも。
聖夜は、自分の手のひらを見つめ、ギュッと強く握る。
「……ああ。俺、もっと頑張らないと」
そう言うと、聖夜は立ち上がった。
「そろそろ行こう」
司が頷き立ち上がったその時。
「きゃっ!」
大木の下で花見をしていた女性が悲鳴を上げた。彼女のすぐ傍で、急に男性が倒れたようだった。
「嘘、どうしたの?しっかりしてよ!」
女性は男性に必死に呼びかけるが応答が無い。
「何だ……?」
聖夜が辺りを見渡すと、同じ現象が他の木の下でも起こっていた。その場にいた半分以上の人々が気を失い倒れている。
「僕、警察に連絡する!」
司はそう言うとスマホを取り出した。司が通報する横で、聖夜は辺りを見渡したが、特に変わった様子も無かった。
(高次元生物の仕業なのか……それとも、誰かのアビリティか……?)
聖夜は頭を悩ませた。
──その時。
聖夜のすぐ横で、司が倒れた。
「司……!?」
慌てて司の様子を確認したが、眠っているだけのようだった。
(……何だこれ)
聖夜は司の首筋が異様に赤くなって居るのに気がついた。
(……虫刺され?……まさか!)
聖夜は手前の木で倒れている男性を確認した。すると司と同様に首が赤く腫れ上がっていた。
(原因はこれか……)
「あの!」
男性のすぐ横に居た女性が必死の形相で聖夜に迫ってくる。
「夫は大丈夫なんですか!?」
「大丈夫で……」
「大丈夫です。俺が何とかします」聖夜はそう言おうとして口をつぐんだ。目にも見えない、何体居るかも分からない高次元生物を1人で倒すことなどできないのではないか。そんな考えが頭をよぎったからだ。
(俺だけじゃ力不足だ……)
そう思い、聖夜が俯いたその時、誰かが黙り込んだ聖夜の肩を叩いたのだ。
「あの、顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」
聖夜が顔を上げると、美しい金髪の少年が、微笑みながら聖夜を覗き込んでいた。
少年の言葉に、聖夜は戸惑いながら頷く。
「君は……?」
聖夜が問うと、少年は人差し指を聖夜の口に当てて穏やかに言った。
「話は後。まずはこの状況を何とかしよう」
少年が祈るように手を握ると黒い雪が降り始めた。それに伴って、辺りが冬のような寒さになる。
「この寒さには耐えられないだろう」
少年は微笑んだまま言った。すると空気が揺れ、巨大なスズメバチのような生物が突如として姿を現したのだ。
「高次元生物……!あれが親玉か!」
「そのようだね」
少年は地面に手を触れた。すると地面から黒い狼が何頭も生み出された。
「君、アビリティは?」
「『加速』だけど……」
「丁度良い……僕のサポートに回ってよ」
「サポート……?」
首を傾げる聖夜に、少年はにこりと笑った。
「そう。僕の狼達に『加速』をかけてくれる?」
少年の提案に、聖夜は戸惑いの表情を浮かべる。
「俺、そういうのやったこと無いんだ。いつも自分の速度を上げて戦ってて……できるかどうか」
不安そうな聖夜に少年は優しく言った。
「できるさ」
少年の落ち着いた様子を見て、聖夜は不安な気持ちを押し殺して頷いた。
「やってみる……」
聖夜は狼たちに近寄り、少年がしたように地面に手を触れた。
「……『加速』!」
すると狼達が聖夜を振り返った。
(かかった……のか?)
少年は聖夜の肩に手を置いて笑いかけた。
「後は任せて」
そう言うと、少年は狼達に告げた。
「……骨一本残すな。食らいつくせ」
その横顔は先程とうってかわって冷酷だった。少年の声に呼応して、狼達が高次元生物にものすごい早さで飛びかかる。周囲の人々が呆然とする中、狼達は抵抗する高次元生物に食らいつき続けた。
……しばらくして狼達が少年のもとに戻ってきた。その後には、本当に何も残らなかった。
「おつかれさま」
少年がそう言うと、狼達は溶けて無くなった。それと同時に黒い雪も止み、倒れていた人々が目を覚ましていく。
「あなた!」
女性が目を覚ました夫に抱きついた。
「本当にありがとうございます……」
礼を言われた少年は、女性に対して微笑むと、聖夜に向けても目を細めた。
「すぐに片付けられた。君のおかげだ」
「そ、そんなこと……」
聖夜は慌てて首を横に振る。そんな聖夜に、少年は微笑んだまま言った。
「君は強い力を持っている。それこそ、今のように仲間を助ける力をね。もっと自分の能力を上手く使うといい。そうしたら、まだまだ強くなれるよ」
そう言う少年に、聖夜はハッとして聞いた。
「君、名前は?君も高次元生物と戦ってるの?」
少年は頷きもせず、首を横に振ることもなく、ただ穏やかな微笑みを浮かべたまま、聖夜の質問に答える。
「僕はノエル。君と同じように、僕にも果たさなきゃいけない使命があるとだけ言っておくよ。君の名前は?」
「俺、宵月聖夜!」
「宵月聖夜……か。覚えておくよ」
ノエルは微笑んで、ゆっくりと公園の出口へ歩き出した。
「またね、聖夜」
公園を立ち去るノエルの背中を、聖夜はぼんやりと眺めていた。
「彼、何者なんだろう……って、あれ?」
キラリと光るものを見つけ、聖夜は足下を見た。その光ったものを手に取って確認すると、向日葵の形をした金色の髪飾りだった。
(向日葵の髪飾り……ノエルが落としたのかな?)
聖夜は髪飾りを拾って、とりあえずポケットに入れた。
「あれ?僕は一体……」
聖夜のすぐ傍で、司が身体を起こす。司が目を覚ましたのに気が付いて、聖夜は慌てて彼の身体を支えた。
「司!大丈夫か?」
「うん……。あ、あれ……!」
司が指さす方向を見ると、遠くから警官が駆けてきていた。警察官は、普段と変わらない平和な公園の様子を見て、首をかしげる。
「あれ?通報があって来たのだが……」
「あ、僕です!」
司が警官の元へ向かった。それに聖夜も続く。
「どうかしたのか?」
「俺が説明します」
聖夜は警官に事情を説明した。
「つまり……虫型の高次元生物が現れ人々を眠らせ、それに君とノエルという少年が対峙したと」
「はい」
「それで、そのノエル君はどこに?」
「さぁ……もう公園を出てしまって」
「そうか……とにかく、お手柄だったな」
警官に笑顔で言われて、聖夜は苦笑いした。
(殆どノエルのお陰なんだけどな。でも……)
聖夜は自分の掌を見つめた。
(掴んだ気がする。俺の力の使い方)
「あ!聖夜ー!」
遠くから、青いマントを翻して柊と海奈が駆けてくるのが見えた。
「一時的に高次元生物の反応があったって聞いて確認しに来たんだけど……」
不安そうな顔をする柊に対して、聖夜は穏やかに答える。
「大丈夫。もう倒したよ」
聖夜の落ち着いた様子を見て、柊は少し首を傾げた。
「何かすっきりした顔だね?」
「え、そうかな……?」
「うん。なんていうか……吹っ切れた顔してる」
柊はそう言うと、傍らの司の存在に気がついて笑いかけた。
「久しぶりだね、司君」
「柊!」
「元気にしてた?」
「もちろん!」
会話が弾む2人を傍目に、聖夜は海奈に声をかけた。
「海奈も、わざわざ来てくれてありがとな」
しかし、海奈は聖夜の言葉に反応せず、ただぼんやりと2人を見ている。どこか上の空な様子の海奈を、聖夜は心配そうにのぞき込んだ。
「海奈、どうかしたのか……?」
聖夜が尋ねると、海奈はハッとして、聖夜に向かって首を振った。
「あ、ごめん……大丈夫だよ。このくらい当然だからさ!」
海奈は自己紹介の時と同じように、快活な笑顔で答える。その様子が、どこか聖夜の胸に引っかかったが、直後の海奈の発言で全て吹き飛んでしまうことになる。
「ところで、この袋の中の保冷剤、溶け始めてるけど大丈夫か?」
海奈の問いに、聖夜と司は顔を見合わせた。
「あー!!」
「早く帰ろう!」
2人は慌てて付属学校へと向かった。
「じゃあ、私達も戻ろうか」
「うん」
海奈は柊の声に頷き、笑顔を作った。
「あたし達も、帰ろう」