本心
僕たちは特に喋らず、学校を目指して歩いていた。
ラズリス姉さん、あんなに思い詰めていたのだ。いつものように雑談する気も起きないよな。
頭の中で姉さんの話を整理していたらツリーハウスが見えてきた。
そういえば兄ちゃんは魔界に行ったんだよな、たぶん。それならツリーハウスの中の本が役に立つかも。
「姉さん、ちょっと寄っていいですか?」
僕はツリーハウスを指さして言う。
「ん?いいけど……ってか、こんなとこにこんなのあったんだ。何回も来てるのに知らなかった……」
吊り梯子を登ると丸い窓がついたドアがあった。
僕はノブをひねる。
……あれ、鍵がかかってる?
「それ、魔法でロックがかかってるね」
後から登ってきた姉さんが言う。
「ちょっと見せて?」
姉さんがノブに手をかけると、ノブをひねろうとした。しかしガチャガチャと音を立てるばかりで回る気配は無い。
姉さんは首を横に振ると言った。
「これ、登録された人の魔力で開くタイプの魔法だね。あんた、ここ来たことあるの?」
「はい、兄ちゃんと何度も」
「物は試し。やってみ?」
僕は言われるままにノブに手を触れて、指先に魔力を集中させながら回す。すると、
カチャり、と音を立ててドアが開いた。
そこには見慣れた光景があった。
たくさんの本と謎の置物。そしてやけに落ち着くこの空気。
「え、すごい……」
姉さんが入って早々声を上げた。
本や置物を手に取っては目を輝かせている。
「この本、あの最古の魔導書の原本!?こっちは魔法史の教科書に載ってた魔道具?……これ本物……?」
あ、これすごいやつだったんだ。
1回兄ちゃんがふざけて壊しかけたんだよな。危なかった……
「と、とりあえずまた来よう。スフェン先生、呼んでるんでしょ」
そう言って姉さんは梯子をすごい勢いで降りてほうきにまたがった。
「いくよ!」
「は、はい!」
たぶん、見たいものが多すぎて時間が無いと判断したんだろう。
返事をしている間に姉さんはもう小さく見えている。
「待って、姉さん!」
僕はツリーハウスから飛び降りて走り出す。
「あ……」
魔法を使えることを思い出した。どうも忘れてしまう。
「えっと……"飛行"」
僕も飛行を使って姉さんを追いかけた。
「はぁ……はぁ……」
やっと学校に着いた。遠かったというより、姉さんが速すぎてついて行くのに疲れた。
と、また聞きなれた声がした。
「おーい!ライム、ラズリスー!」
そう、父さんが校舎の2階から叫んでいた。
もちろん授業中なので教室の窓際の生徒たちの視線が僕たちに集まる。
……ん、授業中?
そういえば今日月曜日じゃんか!
「ラズちゃん!おかえりー!」
「隣の小さい子だれ〜?」
教室からそんな声が聞こえる。姉さんは笑顔で手を振っていた。
思い出したけど、姉さん、ここの学校の生徒だった。そういえば中庭を水浸しにしたんだよなぁ。恐ろしや。
キーン コーン カーン コーン
タイミングよく授業終了のチャイムがなった。
と、同時に僕の担任のルコール先生が現れた。
「うわっ!」
姉さんはびっくりして後退りしている。
「元気にしてました?ラズリス」
抑揚の少ない声で白いネクタイを締め直しながらルコール先生が言う。
「……は、はい……!」
「風魔法はできるようになりました?」
「い、いえ、それはまだ……」
姉さんが圧に負けそうになっている。
ちょっと怖いよな、ルコール先生……
「そうですか。まあ、私よりもあなたの方が水魔法に関しては数段上ですから、私が咎める権利はないですが……」
ルコール先生は姉さんのほうきをさっと取ると僕が術式を書き込んだあたりを観察し出した。
「これは付与士がやったものでは無いですね?あなたが?」
あ、これ姉さんが怒られる流れだ。
「ぼ、僕です!」
「ほう、ライムがやったんですか。よくできてますね」
あれ、褒められた?
僕は軽く礼をした。
「しかしラズリス。この付与が安全である保証はないのにも関わらず使用するとは命知らずですね。あなたは国にとっても重要な人物なのですよ?」
姉さんはバツが悪そうにしている。
なんか、申し訳ないことしたな。
そんなことを話していると父さんが来た。
「ルコール先生、もう授業の時間ですよ」
父さんのその言葉を聞くと、ルコール先生はパッと姿を消した。
あの人がさっきっから多用しているのは風属性魔法"颯"。
空間転移に見えるほどのスピードで移動する魔法で、使い手は限られている高難度魔法だ。
先生は風魔法の使い手で、僕が生まれる少し前までは名を馳せた魔法使いだったらしい。
何があったのか、今はこのマギアータで教師をしている。
「ラズリスは僕と話そう。ライムはルコール先生のところへ行きなさい」
僕たちは昇降口で別れた。
キーン コーン カーン コーン
○●○
私、ラズリスはライムと別れてから、スフェン先生とどう話していいかわからなかった。
ライムにはああ言ってもらったけれど先生、いやスフェンさんはリエルのお父さんなんだ。
私のこと、恨んでいるに違いない。
しばしの沈黙の後、スフェンさんは優しい声で私の名前を呼ぶとこう続けた。
「そんな暗い顔をしないで。リエルの事、まだ気にしてるのかい?」
図星だ。心を読まれたのかもしれない。
「……心理魔法ですか?」
そう聞くと、スフェンさんは優しく微笑んだ。
「そんなの使わなくてもわかるよ。君のことは小さい時から見ているからね」
スフェン先生には私が7歳、1年生の頃から担任してもらっていた。
リエルとは中央に留学中に同郷ということで仲良くなった。
そのお父さんがスフェン先生だったと知った時はかなり驚いたっけ。
「……さすがですね」
「ふふ、でしょ」
先生は得意げに笑っている。と思ったら真剣な顔でこういった。
「僕もネリアも、君のことを恨んではいないんだ」
私の、2番目に欲しい言葉だった。
「あの時……君が報告に来た時、手紙を見せてくれただろう?僕たちはね、リエルの言葉を信じてる。希望的観測ではないよ。本当にあの子ならやり遂げる」
笑顔だが、スフェンさんの目は真剣さを物語っていた。
「もしも君が結界のほつれを見つけなくてもリエルは自分で見つけて、あっちに行っていたと思う。そう言う話をよくしていたからね」
「リエル……君は、いつからその話を?」
「……ふっ、いつも通り呼び捨てでいいよ。絵本を読んであげたときかな。小さい時から、僕が世界を救う!って意気込んでたんだよ」
絵本?そんな小さい頃の絵空事を信じているんだ。
……羨ましいな。
と、スフェンさんはにっとイタズラな笑みを浮かべた。
「なんてね。本当に、真剣に言い出したのは個性魔法を授かった時だよ。僕の魔法なら、だれも傷つけずに平和にできるかもしれないと言っていたよ」
手紙に書いてあった、「思いついた」って、嘘だったんだ。
「君はリエルの作戦に利用されたわけだ。だからそんなに気に病まないでくれ。リエルに、作戦のことはだれにも言わないでと言われていたんだ」
「……ぅう」
あぁ、堪えていたのに、涙が止まらない。
私、リエルの何もわかってなかったんだ。
あの手紙から、何も汲み取ってあげられなかった。
……また私のせいで大切な人が居なくなったんだと思ったら自分を責めずにはいられなかった。
私のしていたことこそ、リエルの考えを否定していたんだな。
「ごめんなさい。私、何もわかってなかったです」
スフェン先生は笑顔でハンカチを私に差し出すと続けた。
「わかってくれたならいいんだよ。……そこでお願いがあるんだ。リエルの作戦は教えてあげられないけれど、あっちであの子と合流してほしいんだ」
まだ、私を信用してくれるんだなぁ……
嬉しさも相まって涙が止まらない。
「……ライムも連れて行ってやってくれ」
ライムも……あの子がいれば、百人力かもな。
信じてみよう。リエルを、ライムを。
「……はいっ!」
私は涙を拭いて、笑顔で返事をした。




