仕事始め
今俺は、首都キラハから魔石の産地、テンペアー村に向かう列車に揺られている。
俺はライム・スフェン。二ヶ月ほど前まで魔法が使えなかったが、かくかくしかじかで使えるようになり、今は俺たちの住む国ブライア最高レベルの魔法学校に通ったり、魔界対策本部の一員として活動をはじめたりしている。
「それで概要だけど……」
隣に座る少年が話しかけてくる。彼はトルビー・メレン。
俺が初等部1年の頃から仲良くしている魔族の男の子だ。本人は種族を隠していて、俺もつい最近知った……というか気付いた。
テンペアー村に何かしらよからぬ事が起きている可能性があり、向かっている最中だ。
トルビーの話を聞きながら1時間半ほど列車に揺られた。降車してから少し"飛行"すると集落が見えてきた。
テンペアー村だ。大きな川沿いに栄えているようである。
テンペアー村付近の森の中で"飛行"を解除して降り立つ。
「それじゃあ、話した通りに」
「了解。シル」
今から俺がするのは潜入調査、すなわちスパイらしい。相棒はシルバー・メレンだ。シルと呼んでいる。
……という設定だ。先程トルビーに思い込み魔法をかけてもらい、今はトルビーの名前をシルバーだと信じて疑っていない。
彼が指をパチンと鳴らすと12歳ほどの白髪少年の見た目から18歳ほどの青年に姿が変わった。整った顔立ちに髪が長いのも相まって美女に見えなくもない。
「どう?ちょっといいお姉さんっぽくない?」
思ったことをそのまま言われた。
口調はシルだけど。
「中身がシルじゃなきゃ好きになってたかもね」
「あら。いいのよ惚れたって」
髪をかきあげながら声色を変えて言うシル。不覚にも、ちょっとドキッとしてしまった。
お得意の"擬態"でからかってきやがって……
「そんな見た目して、色仕掛けでもすんのか?」
「服装のせいでしょ。そう見えるのは」
シルがもう一度指を鳴らすと服が変わった。グレーのパーカー、いつもの格好だ。
「あ、確かにさっきまでワンピースだったじゃん。ってかこんなことしてる場合じゃないんでしょ?」
「だね。ライムも緊張解けたみたいだし、行こうか」
またシルが指を鳴らすといつもの姿に戻った。俺の緊張をほぐすためにボケてくれていたようだ。
シルから説明を受けている間に、固くなってたようである。
「あ、忘れてた」
シルはそう言うと、俺が首から下げているペンダントを握った。
シルが手を開くと、黒く、光を失っていた魔石は、透き通り、赤く輝いていた。
そしてシルは得意げにウインクした。
「……そういえば、さっきの"擬態"、どういう原理で服まで変わるの?」
歩き出したシルを追いかけながら聞く。
「これ解決したら教える」
「気になるなぁ……さっさと解決するか」
俺が言うとシルはニヒッと笑った。
△▼△
「ほら、着いたよ、ライム」
森から少し歩くとテンペアー村に着いた。人通りも多く、活気のある村だ。
魔石の採掘で栄えただけあって、村の人達のほとんどが魔石のアクセサリーを身につけている。村の中心には大人の身長を超えるほどの魔石が置かれていた。
「どう?」
「やっぱり全部赤色だよ」
俺たちが急いでここに来た理由。それが"赤色に見える魔石"だ。
俺のペンダントも、魔力を注いだので同じく赤く輝いている。
「僕にはいろんな色に見える。やっぱり確定だね」
この村は何者かに占拠されている。
予想が確信に変わった時、太陽が地平線に沈んだ。
△▼△
宿屋の扉を開けると、カランコロンとドアベルが鳴った。
「いらっしゃイ、ご宿泊かナ?」
訛りなのか、どことなく違和感のある口調でおばさんが出迎えてくれる。
「はい、2名で。あとこれ……」
シルが答え、中魔校の生徒手帳を見せる。俺も続いて出した。
「あぁ、中央ノ。うチは無料でいいよ。2階の角部屋ヲどうゾ」
キーを受け取り部屋に向かった。小綺麗な内装で角部屋ならでは窓が多く風通しが良い。
寝支度を済ませ、ベットに腰掛けるとトルビーが口を開いた。
「僕の予想だと今夜、ここに襲撃がある。ラズさんに教わった結界を張ったから危険は無いし、中の音も外に漏れない」
ラズさんとはラズリス姉さんの事だ。実の姉ではないが、俺が小さい頃から良くしてもらっている姉のような存在だ。結界魔法が得意な魔対メンバーのひとりである。
「この村の住人は、ほぼ全員洗脳されている。高度な魔法を大規模に使ってね。多分相手は手練れだ」
シルは苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
この村は活気のある村だが、どこか不気味だ。目に生気のない者が多いように感じた。先程のおばさんも例に漏れず、どことなく不気味だった。
と、トルビーがため息を一つついてから続けた。
「スフェン先生も、魔石の魔力共鳴が見えるんでしょ?」
「うん、父さんも見えるって」
村に向かっている時にトルビーが時に教えてくれたのだが……
魔石とは、なんらかが原因で魔界のクリスタルが人間界に来たもののことだ。
そして魔石は突然色が変わったように見えることがある。
ある特定の魔力に共鳴しているとされていてるが、その「特定の魔力」が何なのかは未だ明かされていない。
研究が進んでいないのは、魔力共鳴を色の変化として見ることができる人がごく少ないからだそうだ。
俺は貴重な人材って訳だな。
そしてこれは親から遺伝するらしい。
もしやと思い、父さんも"念話"したところ、魔力共鳴による魔石の色の変化を見たことがあると言っていた。
「明日は聞き込みしよう。どんなやつがここを支配してるのか、少し調べるべきだ」
シルはそう言ってベッドに横たわると部屋の明かりを消した。
「(父さん……あの茶髪はライム・スフェンで間違いなさそうだねぇ。クリスタルを通して話が聞けるなんてみじーんも思ってないご様子。……アホでマヌケなかわい〜い少年少女たちっ。明日ボクちんのカワイイわんちゃんにしちゃおうね……)」
なーんか気持ち悪い喋り方のひとりごとが聞こえた気がするが悪夢だ悪夢。気にしないで寝よう。明日は、初仕事なんだから……
△▼△
「……ム、ライム」
シルが呼ぶ声で目を覚ます。
「……んん、おはよ」
シルが早起きなのは珍しい。しかも既に着替えている。
「ペンダント、無力化しといた」
シルが髪を結いながら言う。
俺もベッドから降りて支度をはじめる。
ペンダントを無力化。すなわち魔力を吸い取ったのだ。
魔石から一定量以上の魔力を抜くと特性を失う。
シルによると、この魔石を通して、この村を支配する魔族から盗聴などをされる可能性があるから無力化をしたそうだ。
「再三言うけど、"吸魔"の性質も無いからね」
トルビーが言う。
魔力量が常に体内の容量満タンの俺にとって、無理やり魔力を増やされるのが致命傷になりうる。
それを防ぐために魔力を吸う性質の魔石を身につけていたのだが……
「今の俺、弱点丸出しってことね」
「言い方……まぁそういうことだけど」
シルは俺が準備完了したのを確認して椅子から立ち上がり、ナイフを渡してきた。
「結界から出れば、きっとヤツが現れる。覚悟はいい?」
頷くと、シルはドアを開けた。
俺は生唾を飲み込んだ後、シルに続いて結界の外へ出た。




