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カンジョウ

 保健室の扉を、ガラガラと引く。

「持ってきましたけど……」


 俺は手に、体育教官室から持ち出してきた、筆箱より一回り大きい箱を持っている。テケン先生に頼まれて取ってきたのだ。


「おはよ」

 と、少し鼻の詰まったようなトルビーの声がした。

「おはよー!よかった、起きて!」

 トルビーはマグカップを両手で持ちながらテケン先生の向かいに座っている。ニコリと笑っているトルビーだが、目の周りは真っ赤だ。さっき、あんなに泣きじゃくってたもんな。


 と、テケン先生は手招きして、座るように促された。


 俺がトルビーの隣に座ると、手を差し出してきた。

「それ、貸してくれるか?」

 俺が箱を手渡すと、先生はそれを開けた。


「……包丁?」

「あぁ」

 箱の中にはペティナイフが入っていた。柄は赤く、凝った意匠が施されている。


 先生は箱を横に置くと説明を始めた。

「アイツは……あの子は、この学校の生徒の幽霊だ。吹奏楽部の副部長だったそうだ。今も、うちの吹部は割と強いが、彼女の代は特にやる気があってな、この学校の最高成績、全国二位の成績を収めた」

「優勝できなくて自殺したとか〜?」

 トルビーがサラッと聞いたのを、先生が、あんまりそういうことを軽く言うんじゃない、と嗜めていた。


 はぁい、とトルビーが返すと、先生は続けた。

「あの子は、地区予選にすら出られなかったそうだ」

「それが、あの子の未練か」

 トルビーの言葉に、先生は頷いた。


「通り魔による殺害。犯人は三日後に捕まった。同機は「誰でもいいから殺してみたかった」だそうだ」

「はぁ〜、サイテー」

 トルビーは恨めしそうな顔をした。


 と、先生が呆れたような顔をした。

「トルビーにはもう話しただろ?なんだその、初耳です、みたいな反応」

 そう言われたトルビーはイタズラに笑ったあと、真面目な顔をして続けた。

「ライムとの仲直り、『ハナコさん』に頼ったのはね、あの子……マリンを誘き寄せるためだったんだよ」


 最近、吹奏楽部の部室……要するに音楽室で怪奇現象が相次いでいるそうだ。

 とは言っても楽器が勝手に音を出す程度のもの。


 しかしこれは重大な事件が起こる前触れなんだそう。


「俺らキツネ種の特殊魔法は"除霊"。名の通り「祓う」魔法だ」

 と、トルビーがバンっと机を叩いた。

「じゃあテケン先生がやれよっ!俺、ユーレイとか怖いよ!……ってライムが言ってますけど?」

「言ってないが?!」

 俺がツッコんだところで先生はため息をついた。


「できるならな。あの子のためにもそうしたい。けどな……」

「「けど?」」


「……避けられてる。俺らキツネ種は霊達に近づいてもらえないんだよ」

 悲しげに言う先生に、トルビーは笑った。

「ま、祓われたくないんだろうね」

「視えるのに関われないのって結構くるんだぞ?みんなあからさまに嫌な顔して逃げてくし……!」


「でも、それと『ハナコさん』なんの関係があるんですか?」

「そういう話してると、寄ってくるんだよ。霊って」

 テケン先生はニヤリと笑った。


「あと、先生……」

 俺の問いかけに先生は首を傾げた。

「祓っちゃうんですか?マリンさんのこと」

 先生は首を横に振った。


「俺が関われるのは魔族の幽霊だけだ。そしてマリンは今、その魔族の霊に憑かれてる」

「祓うのはそっちなんだって」

 トルビーがそう付け加えた。


 と、先生は箱からナイフを取り出して立ち上がると、手洗い場の前に立った。



 すると、包丁の刃を手のひらに当て、それをスッと引き抜いた。

「……!?」

 驚いていると、先生は手のひらから溢れ出ている血をナイフの刃に垂らし始めた。


 ナイフの刃は初めは血を弾いていたが 、だんだん血を吸って、刃を鈍い赤色に染めた。

 先生は傷ついた左の手のひらをぐっと握り込むとナイフを差し出してきた。

「んじゃ、よろしくな」

「え……?」

 困惑していると、トルビーが椅子から立ち上がり、先生の左手を取った。

 そしてその拳を開くと、手のひらの裂傷を舐めた。


 それから軽く口元を拭った。

「これで、僕の魔法も通るかな」

「どうだろうな。それにしても相変わらずすごい魔法の腕だ」

 そう言った先生が見つめている手のひらからは、切り傷があと一つ残らずに消えていた。


 得意げに笑っていたトルビーだったが、パッと真顔に切り替えた。

「説明もなくそんなことしたら、そりゃ困るよ。テケン」

「説明ならしたろ」

 ポカンとした顔の先生。

「不十分っ!」

 トルビーにそう言われ、先生は、悪りぃ、と言って頭を下げた。


 そして手に持ったナイフを見ながら言った。

「このナイフでアイツを刺してくれ。普通の武器や魔法では透けてしまって攻撃が通らない。俺の血は霊に干渉できるからナイフにかけた」

「うん、これでも説明足りないだろうけど、まあ一旦飲み込んで」

 トルビーに言われ、俺は曖昧に頷いた。


「まぁ正直僕もよくわかんないけど」

 トルビーはそう言ってにいっと笑った。




「行ってきます」

「頼んだよ」

 テケン先生に見送られ、保健室を後にした。



 音楽室へ向かいながらトルビーと少し話した。

「トルビーって、テケン先生とだいぶ仲良いよね」

「ん?あぁ、魔界では同僚だったからね」



 なんだか会話が続かないなぁ、と思っていると、トルビーが何か言った気がして聞き返した。

「ん?」


「……ごめん、さっき、迷惑かけた」

 下を向いて、小さい声で言ったトルビーに、俺は笑いかけた。

「なんのこと?迷惑なんて思ってないよ!」


「(……泣かす気か)」

「ん?」

「なんでもないよ」

 そう言って笑ったトルビーは、少し歩くスピードを上げた。




「……ついたね」

 特別棟、3階、廊下の突き当たりの音楽室。扉越しにも吹奏楽部が練習している音が聞こえる。


 トルビーはノブを回して、扉を開いた。

 扉の先には上履きを入れるロッカーと、もう1枚の扉がある。防音も兼ねて二重扉なのだ。


「行くか」

「……あのさ」

 俺が言うと、トルビーは首を傾げた。


「俺のがよっぽど怖くない?」

「あ〜……確かに?」


 俺は今、手に血塗られたナイフを持っている。このまま音楽室に入れば、間違いなく吹奏楽部の人たちを脅かしてしまうだろう。


 と、トルビーは、確かに?とか言ったくせにノブに手をかけて回そうとした。

「ちょっと……!」

「大丈夫だよ。来て見りゃわかる」

 どこか不敵な笑みを浮かべながら、トルビーは二枚目の扉を開けると、合奏の音が大きくなった。


 堂々と入っていくトルビー。

 俺はナイフを背中の後ろに持って隠しながら、トルビーに続いた。



「……あれ?」

 扉の先に広がっていたのは、誰もいない音楽室だった。

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