第19話 心傷
少しの沈黙のあと、ラズリスが口を開いた。
「……あります」
また、会えてしまった。確信に変わった途端、恐怖心に駆られた。
それが顔に出ていたのか、「大丈夫ですか……?」と聞かれた。
「大丈夫なわけないですよね。まずは謝らせてください」
初等部4学年にしてしっかりした子だ。
ごめんなさいと、深々と頭を下げた後、ラズリスはなぜボクに魔法を撃ったのかを話し始めた。
あの時ラズリスは6歳。ラズリスが魔族に襲われたところを助けた兄が行方不明になったそうだ。
中央には魔界対策本部という機密機関があり、魔族関連の事件を秘密裏に処理する。
ラズリスは母親とともに被害の報告に呼び出されたらしい。
なぜ魔界対策本部があるのか。
それは魔族、いや魔界族を守るためだ。
魔族からの被害を大々的に報じれば獣人族を始めとした友好的な魔族にも風評被害が起こる可能性がある。
ちなみに指定された都市に魔族が入るには「魔界族登録」をしなければならないのだが、それを担当するのも魔界対策本部なのでその存在を知っていた。
「魔界族登録」によって自分の安全性を証明できる。この制度の対象である中央はとても治安がいい。指定都市以外も悪い訳では無いが、極たまにラズリスのような事件が起こる。
ラズリスは魔界対策本部へ向かう途中、その襲ってきた魔族に姿が似ているボクを見かけてしまい、反射的に魔法を放ってしまったそうだ。
「……まだ、お兄ちゃんは見つかってないんです。あの時は、本当にごめんなさい」
「いいんです、もう。お兄さん、見つかるといいですね」
この子にもこの子の事情があった。そう分かっただけでなんだか諦めがついた気がした。
そのあと、少し話をして面談室を後にした。
別れ際にラズリスはまっすぐとこちらを見つめて口を開いた。
「イニーさん。私、イニーさんを治す方法、探します」
ボクを攻撃したのは、とても優しい子だった。ラズリスに向いていたはずの怒りの矛先が、ラズリスと、お兄さんを傷つけた魔族に向いたような気がした。
「そんなことがあったんですね。って、兄?!」
「はい、兄って言ってたです」
お兄さんがいたなんて初耳だ。
「あ、ボクが話したこと、彼女には内緒で頼むですよ」
そう言ってウインクするイニーさん。
「はい……」
「……あの!俺も、イニーさんを治す方法、探します!これから、旅?に出るんです。だから、その途中で……」
「魔力探知、貸してほしいだけですね?」
「え、いや……」
「お見通しです〜。それに、魔界中のお医者さんを訪ねたけどだめだったですよ?人間界に解決法があるとは思えんです。ボクはノエルの相棒ですし、その条件じゃ飲めんです」
勘違いされてしまった。
というかこれ、イニーさん傷ついたんじゃ……
「……案外、そうでも無いっすよ」
木にもたれかかり、なんだかキザな登場をしたのはトルビーだ。
「ってトルさん、帰ってなかったです?」
トルビーはニヒッと不敵に笑うと言った。
「帰るわけないっす。どんな話するか、気になったんでね」
イニーさんは愛想笑いを浮かべている。急なキャラ変に戸惑っているのだろうか。
いや、まて……イニーさん、トルビーのことトルさんって呼んだ?
あだ名呼びする仲なのか?
「……それで、案外そうでもないというと?」
「そうそう、僕の知り合いならなんとかしてくれるかもって話っす」
「……いやぁ、流石のトルさんでもボクがノーマークの優秀なお医者さんは知らないんじゃないです?」
トルビーはふっふっふ、とあごに手を添えながら笑う。
「その知り合い、魔界にもいなけりゃ、医者でもないんす。これはノーマークでしょ」
そう言って鼻を高くした。
イニーさんは一瞬目を輝かせたが、やっぱりトルビーに疑いの目を向けた。
「でも、やっぱりそんな優秀な人、いるんです?」
「それがいるんだなぁ。彼女に代わって約束します。それで……交換条件といきましょう」
トルビーはイニーさんをその彼女の元に連れて行くかわりに魔力探知を俺に貸すという条件を提示した。
「そんなに言うなら……って。なぁんだ、あなたもです?」
「「ん?」」
あなたもってなんだ……?
「……わかったです。手、出すです」
イニーさんは急に俺の方を向いて言った。
俺がびっくりしつつ手のひらを差し出すと、イニーさんの白くて丸い手が重なった。
「ライム、君と正式に契約を結ぶ。"フィロス"」
イニーさんはそう言うとマシュマロのような手を引っ込めた。
「……鍵?」
「そうです!」
俺の手には小さな銀色の鍵があった。
「それを握ってボクの名前を呼べば、ボクと繋がるです」
「繋がる?」
「……まぁやってみるです。あ、目はつぶった方がいいですよ」
そう言われたので俺は鍵を握って言った。
「イニー!……さん」
ゆっくりと目を開けると……魔力が見えるようになっていた。
「どうです?魔力、見えるです?」
「……はい!」
イニーさんによると俺と結んだ契約は……
”友達契約”
この契約における主従関係の主は魔獣側だ。
人間側、つまり俺の魔力を使うことで魔獣、イニーさんの能力を借りることが出来る。さらに、イニーさんが許可を出せば念話や召喚も可能だ。
「これから、よろしく頼むです!」
「はい!」
「で……あなたもって何すか?」
トルビーが聞く。
「すぐ分かるです。そろそろご主人のもとに帰るです。またなです〜」
「はぐらかされた……」
宿への帰り道、俺はトルビーに聞いてみた。
「イニーさんと知り合いだったの?」
「うん。10年以上前かな。僕がライムと仲良くしだしたのは初等部1年の頃からだろ?その前にちょっとね」
「へぇ〜、キャラ違ったね」
からかうように言ってみる。
「っ……!」
トルビーは顔を赤らめた。
「なんか、かっこつけてるって言うか……」
「あーあー!聞こえないっ!先帰るっ!」
そう言ってトルビーは走っていってしまった。
まぁ、追いかけなくても……
って、宿どっちだ?!
「待ってトルビー!」
……あ、見失った。
あいつ、本気で逃げてるだろ!
……そんなに嫌だったんだ、なんか申し訳ないような気がしてきた。
いやいや!方向音痴の俺を置いてく方がひどい!
さて、どうしたものか。
さすが中央キラハ。完全に日は落ちているがお店もあって明るい。
とりあえず歩いてみるか……
目の前に広がる森。
……もしかして戻ってきた?10分くらい歩いて進捗ゼロ。こうなったら……!
俺は小さなカギを握って言う。
「"イニーさん、もしも〜し"」
数秒後……
「……なんです?なんか質問です?」
イニーさんが応答してくれた。
「イニーさーん!質問といえば質問なんですが……」
……
「おかえり〜」
宿のドアを開けるといい匂いとともにトルビーの声がした。
「ただいま〜、って、本気で置いてくなよ!」
「まぁまぁ、美味しいの作っといたから」
あっ!この香ばしい匂い、チキンステーキじゃん!
「それで?どうやって帰ってきたの?」
トルビーにそう聞かれた。
「そうだよ、トルビーに聞くわけにいかないと思ってイニーさんに聞いたんだよ!あんな本気で逃げなくたって……」
「(僕に聞く選択肢あったのか……あぶね……)」
「なんか言った?」
「あ、いや?イニーさんとなんか話した?」
ステーキにソースを回しかけ、ジュージューと美味しそうな音を立てながらトルビーが言う。
「あ、そういえば……」
食卓に並ぶステーキに手を合わせながら話し始めた。
「……道に迷った?!そんなことで呼んだです?」
イニーさんは呆れたように言った。
「すいません……トルビーと軽くケンカして……」
「ふーん?……あ、ライム」
改まってどうしたのだろうか。
「さっきは疑ってごめんです。トルさんから聞いたです。ちゃんと心配してくれてたですね」
「え、はい……」
誤解とけてよかった……
って、トルビーはなんで本心だってわかったんだろ。
「さ、帰るですよ〜。今どこです?」
「たぶん南の森の入口……」
「なにか目印はあるです?」
そう言われ、辺りを見回す。
「……目の前には森があって、左に「ほうきや スコーパ」って看板が……」
「それはキラハの東端にある店です!どんだけ方向音痴なんです?!」
耳がキーンとするくらい大音量でツッコまれてしまった。
「……って感じだったよ」
「ほんとに方向音痴なんだな……ま、良かったよ」
帰って来られて、ほんと良かった……
「あ、僕、ちょっと出かけるから」
トルビーが肩掛けバックにものを詰めながら言う。
「夕飯は?」
そう聞くと出先で食べると返された。
というかもう8時過ぎだけど……
「先寝ててもいいよ、多分遅くなる」
「どこ行くの?」
「ひみつ〜」
ニヤッと笑ってそう言ったトルビーは、部屋を出ていってしまった。