心傷
少しの沈黙のあと、ラズリスが口を開いた。
「……あります」
また、会えてしまった。
それが確信に変わった途端、恐怖心に駆られた。
顔に出ていたのか、一瞬ラズリスは心配そうな顔をしたが、すぐに真剣な表情を作った。
「大丈夫なわけないですよね。まずは謝らせてください」
初等部4学年にして、しっかりした子だ。
ごめんなさいと、深々と頭を下げた後、ラズリスはなぜボクに魔法を撃ったのかを話し始めた。
あの時ラズリスは6歳。ラズリスが魔族に襲われたところを助けた兄が行方不明になったそうだ。
中央都市キラハには警備隊本部がある。
ラズリスは母親とともに被害の報告に呼び出されたらしい。
ラズリスは本部へ向かう途中、その襲ってきた魔族に姿が似ているボクを見かけてしまい、反射的に魔法を放ってしまったそうだ。
「……まだ、お兄ちゃんは見つかってないんです。あの時は、本当にごめんなさい」
「いいんです、もう。お兄さん、見つかるといいですね」
この子にもこの子の事情があった。そう分かっただけでなんだか諦めがついた気がした。
そのあと、少し話をして面談室を後にした。
別れ際にラズリスはまっすぐとこちらを見つめて口を開いた。
「イニーさん。私、イニーさんを治す方法、探します」
ボクを攻撃したのは、とても優しい子だった。ラズリスに向いていたはずの怒りの矛先が、ラズリスと、お兄さんを傷つけた魔族に向いたような気がした。
○●○
「そんなことがあったんですね。って、兄?!」
「はい、兄って言ってたです」
ラズリス姉さんにお兄さんがいたなんて初耳だ。
「あ、ボクが話したこと、彼女には内緒で頼むですよ」
そう言ってウインクするイニーさん。
「はい……」
「……あの!俺も、イニーさんを治す方法、探します!これから、旅に出るんです。だから、その途中で……」
「魔力探知、貸してほしいだけですね?」
「え、いや……」
「お見通しです〜。それに、魔界中のお医者さんを訪ねたけどだめだったですよ?こっちに解決法があるとは思えんです。ボクはノエルの相棒ですし、その条件じゃ飲めんです」
勘違いされてしまった。
というかこれ、イニーさん傷ついたんじゃ……
「……案外、そうでも無いっすよ」
木にもたれかかり、なんだかキザな登場をしたのはトルビーだ。
「ってトルっち、帰ってなかったです?」
トルビーはニヒッと不敵に笑った。
「帰るわけないっす。どんな話するか、気になったんでね」
イニーさんは愛想笑いを浮かべている。急なキャラ変に戸惑っているのだろうか。
いや、待て……イニーさん、トルビーのことトルっちって呼んだ?
あだ名呼びする仲なのか?
「……それで、案外そうでもないというと?」
「そうそう、僕の知り合いならなんとかしてくれるかもって話っす」
イニーさんは訝しげな顔をしている。
「……いやぁ、流石のトルっちでもボクがノーマークの優秀なお医者さんは知らないんじゃないです?」
トルビーはふっふっふ、とあごに手を添えながら笑う。
「その知り合い、魔界にもいなけりゃ、医者でもないんす。これはノーマークでしょ」
そう言って鼻を高くした。
イニーさんは一瞬目を輝かせたが、やっぱりトルビーに疑いの目を向けた。
「でも、やっぱりそんな優秀な人、いるんです?」
「それがいるんだなぁ。彼女に代わって約束します。それで……交換条件といきましょう」
トルビーはイニーさんをその彼女の元に連れて行くかわりに魔力探知を俺に貸すという条件を提示した。
「そんなに言うなら……って。なぁんだ、あなたもです?」
「「ん?」」
あなたもってなんだ……?
「……わかったです。手、出すです」
イニーさんは急に俺の方を向いて言った。
俺がびっくりしつつ手のひらを差し出すと、イニーさんの白くて丸い手が重なった。
「ライム、君と正式に契約を結ぶ。"フィロス"」
イニーさんはそう言うとマシュマロのような手を引っ込めた。
「……鍵?」
「そうです!」
俺の手には小さな銀色の鍵があった。
「それを握ってボクの名前を呼べば、ボクと繋がるです」
「繋がる?」
「……まぁやってみるです。あ、目はつぶった方がいいですよ」
そう言われたので俺は鍵を握って言った。
「イニー!……さん」
ゆっくりと目を開けると……魔力が見えるようになっていた。
「どうです?魔力、見えるです?」
「……はい!」
イニーさんによると俺と結んだ契約は……
”友達契約”
この契約における主従関係の主は魔獣側だ。
人間側、つまり俺の魔力を使うことで魔獣、イニーさんの能力を借りることが出来る。さらに、イニーさんが許可を出せば念話や召喚も可能だ。
説明が終わると、イニーさんが無邪気に笑った。
「これから、よろしく頼むです!」
「はい!」
と、イニーさんは少し気まずそうに口を開いた。
「ライム。その……キミどっちです?俺って言ってるから男の子だと思ってるですけど、随分可愛い顔だなぁって……」
「待って?!」
トルビーがそう言ったが……遅かった。
「可愛いって言ったなぁ?!」
俺はダッと、地面を蹴った。
「わぁ〜?!ごめんです〜!」
それから10分ほどイニーさんと追いかけっこをした。
後でトルビーに聞いたのだが、「可愛い」
と聞いた瞬間に目の色が変わり、その後の声は今まで聞いた中で1番ドスが効いていたそうだ。
……単刀直入に言うと、「可愛い」と言われるのが地雷なのだ。
「落ち着いた?ライム」
「う、うん……すいません、イニーさん……」
俺が頭を下げるとこちらこそごめんです、と謝られた。
と、トルビーが話題を変えた。
「……あなたもってなんのこと?」
「すぐ分かるです。そろそろご主人のもとに帰るです。またなです〜」
トルビーの追及からか、はたまた俺からか、イニーさんは逃げるように帰っていった。
「はぐらかされた……」
宿への帰り道、トルビーは苦笑いで口を開いた。
「さっき怖かったよ?ライム」
「……ごめん。だって、可愛いって言われるの苦手なんだもん」
と、トルビーがなんだかニヤッと笑ったように見えた。
「そういうとこが「可愛い」んだよ〜」
わざとらしく言ったトルビーをつい軽く睨んでしまう。
「怖い〜、逃げろ〜!」
そう言って走っていくトルビー。
追いかけようとしたが、トルビーのはネタだとわかっているのでそんなに頭に来ないし、さっきの追いかけっこで疲れたのでやめた。
まぁ、追いかけなくても平気だ。
……って、宿どっちだ?!
「待って!」
ちょうど3つ先の角を左に入ったトルビー。
必死で追いかけたが、見失ってしまった。
あいつ、本気で逃げてるだろ!
「どうしよ……」
さすが中央キラハ。完全に日は落ちているがお店もあって明るい。
とりあえず歩いてみるか……
△▼△
目の前に広がる森。
……もしかして戻ってきた?10分くらい歩いて進捗ゼロ。
こうなったら……!
俺は小さなカギを握って魔力を込めた。
「"イニーさん、もしも〜し"」
数秒後……
「……なんです?なんか質問です?」
イニーさんが応答してくれた。
「イニーさーん!質問といえば質問なんですが……」
△▼△
「おかえり〜」
宿のドアを開けるといい匂いとともにトルビーの声がした。
「ただいま〜、って、本気で逃げるなよ!」
「まぁまぁ、美味しいの作っといたから」
あっ!この香ばしい匂い、チキンステーキじゃん!
「それで?どうやって帰ってきたの?」
トルビーにそう聞かれた。
「ん?トルビーに聞こうと思ったけど、なんか癪だからイニーさんに聞いたんだよ。あんな本気で逃げなくたって……」
「(僕に聞く選択肢あったのか……あぶね……)」
「なんか言った?」
「あ、いや?イニーさんとなんか話した?」
ステーキにソースを回しかけ、ジュージューと美味しそうな音を立てながらトルビーが言う。
「あ、そういえば……」
俺はトルビーがテーブルに置いたステーキに手を合わせながら話しを始めた。
▲▽▲
「……道に迷った?!そんなことで呼んだです?」
イニーさんは呆れたように言った。
「すいません……トルビーに逃げられて……」
「ふーん?……あ、ライム」
改まってどうしたのだろうか。
「さっきは疑ってごめんです。トルっちから聞いたです。ちゃんと心配してくれてたですね」
「え、はい……」
誤解とけてよかった……
って、トルビーはなんで本心だってわかったんだろ。
そんなことを考えていると、イニーさんが口を開いた。
「さ、帰るですよ〜。今どこです?」
「たぶん南の森の入口……」
「なにか目印はあるです?」
そう言われ、辺りを見回す。
「……目の前には森があって、左に「ほうきや スコーパ」って看板が」
「それはキラハの東端にある店です!どんだけ方向音痴なんです?!」
耳がキーンとするくらい大音量でツッコまれてしまった。
△▼△
「……って感じだったよ」
「ほんとに方向音痴なんだな……ま、良かったよ」
帰って来られて、ほんと良かった……
「あ、僕ちょっと出かけるから」
トルビーが肩掛けバックにものを詰めながら言う。夕飯はと聞くと、出先で食べると返された。
というかもう8時過ぎだけど……
「先寝ててもいいよ、多分遅くなる」
「どこ行くの?」
「魔界にね」
ニヤッと笑ってそう言ったトルビーは、部屋を出ていってしまった。




