第2話 魔導士
月日は流れ2年後。
僕、ライムはマギアータ学校第二分校に中等部1年生として通っている。
魔導書を授かったあの日、中央図書館に辿り着いたものの不慮の事故で気を失った。
あの時はたまたま仕事で中央都市キラハに来ていた父さんに回収され家に帰った。
それからというもの、魔法が使えるようになることもなく、この学校の普通科に通っている。
なんでこんなことを思い出しているかって?
僕が今、中央図書館にいるからである。
2週間に1度、新しい推理小説を求めてここまで来るのだ。
……こうなったのはあの日からだっけなぁ。
「あの……」
不意に後ろから声をかけられた。
僕は振り返る。
「もしかして……」
そう言って左手で本を浮かせるお姉さん。
なんだかデジャブな気が……
予想した通り、お姉さんは僕の肩に触れた。
次の瞬間、僕はクラっと……
しなかった。
「なになに〜、休日に学生が図書館。勤勉だねぇ」
背後から聞きなれた声がして振り向くと、そこにはいかにも魔法使いといった黒い三角の帽子をかぶり、透き通ったようなキレイな水色の長い髪を指でクルクルしている女性が立っていた。
「ラズリス姉さん!?」
「ラズリス魔導士!?」
声を揃えた僕たちに、姉さんは口元に人差し指を立てて言う。
「シー!……ったく、ここ図書館だから。ハモっちゃって仲良しさんだねぇ。あ、司書さん、この子、私の連れってことで、中に入れてもいいかな」
司書さんは目を丸くしたまんま、首を縦に振っている。
「君、なんであの方と知り合いなの!?」
司書さんがそう耳打ちしてきたので、ただご近所さんだっただけです、と答えておいた。
確かにこんな魔力のないチビが魔導士なんてすごい人と知り合いなんてびっくりだよな。
先程の返答、嘘は吐いていない。
ラズリス姉さんは僕の3つ上の先輩だ。
リエル兄ちゃんからよく話を聞いていたし、家が隣なのもあって、小さい頃はまるで実の姉のようによく遊んでもらっていた。
姉さんは水魔法の使い手で、初回の実技授業で中庭を水で満たしたらしい。
どんな質量だよ、怖すぎる……
そんな姉さんは学校からの推薦で、兄ちゃんと同じく中央に国内留学していた。
そう言えば姉さん、3年前からぱったり家に来なくなったっけ?
たまたま会えるなんて運がいい。久しぶりに会えて何気に嬉しかったりする。
成り行きで、姉さんと一緒に図書館を見て回ることになった。
歩きながら近況報告をしていると、姉さんは、それにしても、大きくなったなぁ!と言って僕の頭に手を置いた。
姉さんの方が身長が高いのに。
「バカにしてますよねぇ?」
頬を膨らませて言った僕に姉さんは笑うと続けた。
「してないって。ってか、なんであんたがここにいるのさ」
「……ただの趣味です」
なんだか拗ねているような返しになってしまった。
それもあってか、姉さんはふ〜ん、とつまらなそうに言っていた。
それから、本はあまり読まないという姉さんにおすすめの推理小説を紹介したりした。
「そういえばさ……」
ふと、姉さんが少し気まずそうに話題を変えた。
「魔導書、何もらったの?」
気まずそうだったのは、僕が魔法を使えなかったことを知っているから気を使ってくれたのだろう。
姉さんには、魔法科の初回の実技授業中、燃えカスみたいな火の球を出して気を失ったと話したことがあるからなぁ。
「やっぱり僕、才能ナシみたいです」
僕はおどけて返す。
……顔は引きつっていなかっただろうか。
バッグから魔導書を取り出し、姉さんに渡す。
1ページめくると姉さんの手が止まった。
「かきかえって、それしか書いてなくて……」
そう言いながら姉さんの顔を見ると驚いた顔をしていた。そりゃこんな一言しか書いていない魔導書、初めて見るよね。
そんな姉さんの口から出たのは僕の予想と正反対の言葉だった。
「あんた、すごいの貰ったね」
顔をひきつらせながらそういった姉さんは奥へと早足に歩き出した。
僕も慌てて着いていく。
まあまあ歩いてやっとついた壁際の棚から黒くて分厚い本を一冊取り出した。
「ここ、見てごらん。この本は最古の魔術書って言われてるんだけどね……」
姉さんの指差した先は1ページ目のど真ん中。
そこには……
「かきかえ?」
「そう。この本によれば、全ての魔法はかきかえによって発現しているらしいの」
かきかえと書かれた下には2行ほどの文が書かれていた。内容はほとんど姉さんが言ったことと同じだ。
そしてこの「かきかえ」も僕の魔導書と同じように"魔法言語"ではなく普通の言葉で書かれている。
「たとえばこんなふうに……」
姉さんの手元に何かが集まるのを感じた……のとほぼ同時に何かがぽっと消えた。
「あれ?」
姉さんはぽかんとしている。
「あれ……?じゃないですよ、あれ?じゃ!」
そう声がした方を見るとあの司書さんが左手に本を浮かべて立っていた。
「さっきの言葉をそっくりそのままお返しします!ここは図書館です!しかも国で1番大きな!重要な書物もたっくさんあります!魔法、ましてや火属性魔法なんて燃やし尽くす気ですか!?大体……」
「あー、ごめんってイオラ」
バレたかとでも言いたそうな顔をして謝る姉さん。
「ご自身で魔力制御結界張ってらっしゃいますよね!?なんで内部の人間がっ……」
「ちょ、悪かったから!」
軽い騒ぎになっていて何人か人が集まってきた。
あの〜、僕この2人に挟まれて、気まずいんですが……!
そんなことを考えているといつの間にか姉さんに手首を掴まれていた。
姉さんは反対の手でさっきの魔術書を持っている。
「イオラ!これ持ってくからね!」
あ、逃げた。
何やら後ろから、それは貸し出し禁止です〜なんて聞こえたが、よかったのだろうか。
気付くとすでに出入り口の前まで戻ってきていた。
姉さんは僕の手を離し、ドアを開ける。
「おっと……」
姉さんに続いて外に出た途端、いつも通りクラっときた。
よろけた僕を見て姉さんは、本当に魔力がないね、ライムは。と興味深そうに言った。
ふらっとするのは魔力がないせいなのか?
「それじゃ、実験と……」
ぐ〜
姉さんの言葉にかぶせるように、僕の腹時計が三時のおやつを報じた。
「……とりあえず、なんか食べよっか」
僕は顔を赤くしながら頷いた。