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第1話 魔導書

 ライム・スフェン。

 

 彼はこの物語の主人公のひとりで11歳にしては背の小さい少年だ。



 肩につきそうな程の長さの栗色の髪は、毎朝梳かしているものの、あっちこっちとはねている。

 髪の長さも相まってちょくちょく女の子に間違えられるこの少年は、ステンドグラスから差し込むあたたかな日光に包まれ、目を閉じていた。


 

 11歳の誕生日。


 この日には教会で女神様に祈りを捧げることが、この町マギアータでの慣例となっている。


 しかしながら、このライムの誕生日は昨日。


 誕生日当日である昨日は、高熱にうかされ、歩くこともままならなかったため渋々延期したのだ。


 今日も今日とて微熱があり、姿勢をピンと伸ばして座っているものの、どこかフラフラとしている。



 彼の頭の中には、女神様を敬う言葉ではなく、どちらかと言えば女神様への文句が浮かんでいたのだが、それは女神様以外の誰も知りえないことであった。



 そんな中ライムは、熱のせいなのか、はたまた違う理由なのか、急に体勢を崩したかと思うとそのまま意識を失ってしまった──

 



「……ム、ライム!」

 聞き慣れた声で僕は目を覚ます。目の前にはいつもの僕の部屋の天井があった。


 さっきまで教会にいた気がするけど……



「お、よかった。起きたのね。早く支度しないと、学校遅れるよー」

 母さんがそう言った。


 学校か……


  ……ん?!

 やばい、僕の無遅刻無欠席がっ!


 さっきまでの疑問とブランケットを放り出してベットから飛び起きる。


「いま何時!」

 慌てる僕を見て母さんは爆笑しだした。


「冗談だよ、冗談!ほんっとに混乱してるんだね、今日は日曜だよ」

 笑いすぎて涙目の母さんが言う。

「へ?」


 安心したのか急に視界がぐらっとして、一気に足の力が抜ける。

 僕はその場に座り込んでしまった。


「まだ回復しきってないんだね、大丈夫?」


 母さんは水を差し出すとこう続けた。 

「覚えてる?あんた、11歳になったのよ」

 

 その一言で、歪んでいた景色がパッと元に戻った。なってしまったのだ、11歳に。


「本は!?魔導書っ!」

「部屋に置いてあるよ」


 水をこぼす勢いでコップをテーブルに置いて部屋に戻る。



 部屋に入ると、確かに机の上に一冊、小説くらいのサイズの、黒い表紙に白い魔法陣のような模様のある本があった。


 昨日はこれを両手で抱えて女神様にお祈りした。 

 ということはなんか小さくなってる?


 ……まぁいいか。

 

 僕はごくんと唾をのんで覚悟を決める。

 そしてゆっくりと本を開くと、こう書いてあった。


「かきかえ」


 え?えぇぇぇぇぇぇぇ!?


 たったの一言?説明もなし?白紙よりずっと意味わかんないんですけど?


 ……いや待て、まだ1ページしか見てない。僕はパラパラとページをめくっていく。


……


 ついに最後のページになってしまった。


「きっとここにびっしり書いてある!」


 意を決してぺらっとめくると、残念ながらその最後のページも真っ白であった。


 ……ああ、何も書いてなかった。

 なんとなく、予想は着いてたけど。



 僕らは11歳の誕生日を迎えると、必ず女神様から魔導書を与えられる。

 魔法科の筆記で0点のあいつだってちゃーんともらってたんだ。


 魔導書はみんな貰えるものなのだ。


 この魔導書の1ページ目には、はじめに1つだけ与えられる特殊魔法について書いてある。

 これは個性魔法と呼ばれ、一般魔法の上位互換だったり、今まで観測されたことの無い魔法だったりする。

 そしてこのページ、魔法の術式の他にも発動条件やイメージが事細かに書いてある。


 ……はずなのだが、僕のはたったの一言。



 しかもこれは術式では無い。

 

 術式は"魔法言語"と呼ばれる特殊な言語で構成される。

例えば"(フォーガ)を出す魔法"とかだ。


 でも僕の魔導書に書いてあるのは「かきかえ」。

 術式でもないようだ。


 こんなケースがあるなんて、先生からでさえ聞いたことがない。


 まぁ、僕ほど魔力がないケースも聞いたことがないが。

 

 僕は魔法科の実技授業で小石くらいの火の玉を出して倒れたことがある。俗に言う魔力枯渇というやつだったらしい。


 魔力量は年齢とともに増える。

 また、修行でも増やせるのだが……

 

 担任の先生がいろいろ試させてくれたがどれもハズレ。僕の魔力が増えることは1度たりともなかった。先生によると僕は産まれたての赤子よりも魔力が少ないらしい。


 そんな僕が魔法を使うことは出来ない。女神様も困っただろうな……


 あ、もしかして、真面目にお祈りしてないのがバレたか?



 そんなことを考えていると母さんが部屋に入ってきた。

 

「あんた、黒い表紙だったよね?」

「そうだけど……」

「ちゃんと、調べてみたほうがいいかもね」

 母さんはあごを撫でながら言う。

 

 やっぱり黒い表紙って特別なのか……


「兄ちゃんも黒い表紙だったよね?」

「……そうだね」

 いつも明るい母さんらしくないトーンで返事が返ってきた。



 少しの沈黙の後、母さんが言う。

「中央図書館に行ってきな」


「……え?」

「きっと、いいことあるよ」


 僕が「いいことってなに?」と聞くと、食い気味に「いいことだよいいこと!」と返され、家の外に押し出されてしまった。


「頑張ってきてね!」

 満面の笑みでそう言った母さんは僕がいつも使っているベルトバックを僕に押し付けると玄関をバタンと閉めてしまった。


 ……え?なんで?


 玄関のドアを開けようとノブをひねるが、ガチャガチャと音がするだけで回る気配は全くない。

 鍵まで閉められたか……


 と、いつもこのバックに鍵を入れていることに気付き、中を見る。


 しかし入っていたのは、中央都市の地図と銀貨数枚、僕の魔導書だけであった。


 中身まで入れかえられているなんて、これは母さんに図られたな。



 仕方ないか。


 僕は駅をめざして歩き始めた。


 何人か、友達とすれ違って誕生日を祝われたが、みんな優しいから魔導書のことは聞いてこなかった。

 

 僕が魔法を使えないのはみんな知ってる事だから……



 そんなこんなでマギアータの駅まで着いた。


 えっと、キラハ行きはこっちか。

 列車に乗るのは初めてではないが中央に行くのははじめてだ。


 厳密には物心着く前に行っているっぽいが。



 列車にガタンゴトンと揺られているうちにいつの間にか目を閉じていた。

 



「……ふぁあ」

 ふと目を覚ますと、中央都市キラハに着いていた。


 ここは僕たちの住む国、ブライヤの首都だ。眠い目を擦りながら駅から一歩出ると、さっきまでの眠気は吹っ飛んでいった。


 街に溢れる活気、初めて見る店の看板。それに変わった見た目の人たち。


 すでに楽しい……!もう来てよかった!



 母さんが用意周到に入れていた地図のことなんて僕の頭から無くなっていた。


 あれはこれは、と好奇心に任せて街を歩き始めてしまった。



「お腹すいたなぁ……もう3年かぁ……」

 兄、リエル・スフェンは今、自分が世界地図のどこにいるのか分からなかった。

 

 ただ1つ、分かっていることといえば、世界の命運が自分にかかっていることだけであった。



 ぐ〜


 自分のお腹の音で、はっと我に返る。

 弟、ライム・スフェンもまた、今、自分がキラハ地図のどこにいるのか分からなかった。


 ただ1つ、分かっていることといえば、銀貨がもう1枚もないのにお腹がすいてしまったことだけであった。



 まずい……まだ中央図書館にも行けてないのに。しかも実は道に迷っているし散々である。


 ……あ!そういえば!


 僕はようやく母さんがカバンに入れていた地図のことを思い出し、取り出してみる。

 が、適当に歩き回ったせいで現在地が全く分からない。

 これじゃあ地図は意味が無いなぁ……


 ……仕方ない。


 僕は直感に任せることにした。


 なんたってお金が無いんじゃ……さっさと図書館に行って帰らないと野宿することになってしまう。


 感覚でいくつか角を曲がると目の前に大きな暗い茶色のドアが特徴的な建物が現れた。


 ドアの上にはブライア中央図書館と書かれた看板がついている。


 いつもならこういうとき、町外れに行っちゃったりするのに、今日は感が冴えてる!


 それにしても大きな建物だ。

 僕は全体重をかけて大きくて重い扉を押した。


「わぁ〜!」


 端が見えないほどの広い空間に並ぶ大量の本に圧倒された。うちの町の図書館や学校の図書室とは比べ物にならない蔵書量だ。


 それに、やけに落ち着くような……


 とりあえず、黒い魔導書について調べてみようかな。


「こんにちは。何かお探しかな?」


 僕が奥へ行こうとするとカウンターにいた丸メガネをかけた司書のお姉さんが話しかけてきた。

 やけに優しい声だ。まるで小さい子に話しかけているようである。


「こんにちは。魔導書に関する本ってありますか?」

「……!!(この年で魔導書?まだ低学年じゃ……?)」


 なんかびっくりしてる?それに小さい声で何か言っているようだ。

 

「ちょっとごめんね……?」

 お姉さんはそう言うと、左手で本を浮かせ、右手で俺の肩に触れた。


 次の瞬間、俺はクラっとして座り込む。

 

「おぇっ」

 口をおさえた指を、生暖かいものが伝った。


 甘い?……気持ちわるいッ……


 お姉さんが焦る声がかすかに聞こえるなか、僕の意識は遠のいていった──

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