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9.黒百合の花束

「…………俺の中の疑惑が、確信に変わったのは、レーモ公の主催した夜会に参加した時だ」


「レーモ公……。クーデター派の首領ね」


「……そこまで聞いていたのか。ともかく、その日、公に声をかけられてね。曰く、この国の国王は軟弱だ。こんな奴が王座にいるより、自分の方がよほど王に相応しい。自分はクーデターを起こし、国王を討つ。協力してくれまいか……まぁこんな感じだ」


「大それた事考えるわね。父上もそこまで酷い政治を行っている感じは無いけど……」


「身の程知らずな男だと感じたよ。だが、彼はそれ以上に良い情報を持っていた。陛下から目をかけられている俺を勧誘するだけあって、事前準備はしっかりしていたんだ。公は、どこからか入手したのか、陛下が父を殺したという数々の証拠を持っていた。それも、捏造されたものだとは考えられない、質の良いものを」


「……それで、クーデターに参加する事で、敵討ちをしないかって、誘われたわけ?」


「ま。そんな所だ。公としても、王国最強の我がオルカ隊を手駒にしたかったのだろう。とはいえ、俺も陛下には多大な恩がある、現状、クーデター派の仲間になったふりをしながら、スパイとして、フランク殿下に情報を流してはいるが……」


 私はそれを聞くと不安を覚えた。


「まさか、本当に敵討ちの為に父上を裏切るとか、言わないわよね? 今のまま、スパイを続けるわよね?」


「…………」


 不気味な沈黙が続く。エリオット様の顔は悲痛だった。


「陛下には多大な恩がある。落ちぶれていた俺を探し出し、ここまで取り立ててくれた。そうでなかったら、俺はあのまま野たれ死ぬか、ならず者に堕ちていたかもしれない」


「だったら……」


「だが。その原因となった父の死を作り出したのも陛下なんだ……。家を母と追い出された後、慣れない環境で、母は鬱になってあっさり亡くなってしまった。それに対する無念さだってある」


「……」


「俺を救い出したのだって、もしかしたら、将来、自分の元に復讐にくると考えて、逆に目の届く所において監視する為かもしれない……」


「……」


「だが、本当にクーデターに参加するとしたら、君との関係もおしまいだ。そんなのは嫌だ。俺はリリーを愛している。君と敵対しなければならないのは、大変心苦しい」


「……」


「……なぁ、リリー。俺はどうすれば良いんだろうな。陛下への忠を尽くせば、親の仇をとれなくなり、親への孝を優先すれば、陛下への忠誠と君への愛情を裏切る事になる……進退窮まった」


 赤色の瞳は、疲れ切ったものになっている。私は、そっと彼を抱き寄せた。


「辛い立場なのね。貴方も」


「……」


「それはそれとして、いつまでも煮え切らずなのも、男らしくないとは思うけど」


「…………どうせ俺は本質的にはヘタレな人間って事だよ」


「……純粋な損得で考えた場合、クーデター派に手を貸すのは得策じゃないわ。すでに計画はバレていて泳がされている段階だもの。失敗するに決まってる。それに仇討ちなんて今時流行らないわよ。有名な、自分の所の領主が他の領主からいじめられて、それが原因でなんやかんやあって、自分の所の領主が死んじゃったから、配下達がそのいじめた領主を討って仇を取った話なんてのも、今の若い人なんて殆ど知らないっていうし……それでも」


「それでも?」


「それでもやりたいっていうなら、私は止めないわ。復讐したいって気持ち自体は、ここで押さえつけても、またいつか噴き出す可能性はあるし……。ここから二重スパイになって、偽の情報を兄上に送り続ければ、万に一つ、クーデターが成功する可能性もある。……勿論この選択肢を選んだら、私は貴方を許さないけど」


 私は、ベッドから起き上がると、色とりどりの百合が生けられた花瓶から、数本、黒い百合を取って、簡易的な花束にした。


「貴方に、これを送るわ」


「黒百合? プレゼントかい? あまり黒百合の花束って聞かないが」


「そう。黒百合の花言葉は復讐、呪い、憎悪。とてもプレゼントに使って良い花じゃないわ」


 私は軽く笑いながら、そっと、それをエリオット様の面前に近づける。


「貴方があくまで、自身の憎悪を優先するというなら、この花束を取って。いつまでもうじうじしてたってどちらにしろ、後悔するわよ。……忠と孝、そして愛のどちらを取るか、今、覚悟を決めましょうや」


「……」


 私の声色が真剣なものだったからか、エリオット様の顔も緊張している。


「でも、この花束を取ったなら、もう私達の関係もここまでよ。私も王族だから、貴方と道を共にする事は出来ないわ……。どうする? この花束を受け取るか、それとも、このまま花瓶に返すか。……私とはもう終わりにする?」


「……俺は」


 苦悩しつつ、エリオット様は目を閉じて、何かを考えている様だった。


 やがて、ゆっくりと目を開くと、彼は私の手から花束を取った。


「エリオット様……」


 私や王家への忠や愛着より、憎しみの方が勝ってしまったか。




 さようなら。エリオット様。



 私は、さりげない動きで、机の上に置いていた相手を仮死状態にする薬を手にとった。


 口では、万に一つくらいは成功するかもと言ったが、あの()の事、彼が裏切った場合も想定しているだろう。反乱を起こした所で速攻で鎮圧されるのは目に見えている。


 …………惨めな最期を迎えるくらいなら、いっそ、私の傍でずっとガラスの棺にでも入れて愛してあげよう。そこに彼の意志はないけれど、死体を著しく辱められる様なやり方で殺されるよりずっとマシだ。

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