8.疑惑
「婚前交渉はあまり褒められたものではないんだがな……」
「あれだけ求めてきてよく言う。それに、私とこんな事するのも一度目や二度目では無いでしょ? 今更良い子ちゃんぶらないでよ」
「それはそうだが」
私は、ベッドで隣に眠るエリオット様に抱き着く。彼は一見華奢な体型だが、軍人だけあって、見た目に反してかなり筋肉質だ。いわゆる、脱ぐと凄いというやつである。
「お仕事、お疲れ様」
「何だい、改まって」
「いやぁ、私の旦那様は腹芸も出来るんだなって感心してた所よ」
ニヤニヤしつつ、私は言葉を続ける。
「兄上から聞いたわ。潜入捜査なんてスパイ小説みたいでカッコいいじゃない」
「……フランク様、極秘任務について漏らしたのか」
「兄上のせいではないわ。元々、貴方が夜な夜などこかに出かけているって聞いて、昨晩、出かけていった貴方を追って、私が後をつけていって、反乱軍の皆さんと会っていたのを見たのがきっかけだし」
「?! ……つけられていたのか」
「そう言えば……昨晩、父親の仇が国王陛下で、どうのこうのとか言っていたわよね? ……あれってどういう意味?」
「……」
私としては純粋に気になった事を聞いただけなのだが、エリオット様はというと、焦った様な顔をしつつ、俯いている。なんなら冷汗もかいていた。
「…………聞いたら不味いことだった? それなら、忘れるけど」
「いや、良い。……そうか、よりにもよって、そこを聞かれていたのか」
エリオット様はしばらく黙っていたが、意を決した様に口を開く。
「これは、出来れば機密にしておきたかった話だ。だが、偶然とはいえ、君にそこまで知られてしまった以上、もうこちらも覚悟を決めて、情報開示をしようと思う」
何やら妙な方向に話が進み始めた。……一応、聞いておくべきか。
そんな風に、適当に聞き流すつもりでいた彼の話は、聞き流すには、とても衝撃的なものだった。
「どこから話すべきかな……。元々、マートレット家は王家から派生した家だ」
「聞いているわ。分かれたのは、かなり前だって聞いたけど、あなたには少しだけど、私と同じ王家の血が流れているって」
「そう。なろうと思えば…………国王にもなれない事は無い。もちろん、俺にそんな気は無いが。話は遡って父上達の若い頃。我が父は陛下の側近の一人だった。勇猛果敢な男でな。出た戦にはほとんど勝っている」
「私も逸話は聞いている。一騎打ちで敵将を倒したとか、隣国の大軍が我が国の領土を侵して来た時は、数百人の兵と共に奇襲を仕掛けてそれを敗走させたとか。どれも勇敢さが、話だけで伝わってくる」
「そこでまず、疑問が生じた。そんな男が果たしてあっさりと死ぬだろうかって。それに、陛下を守ったというが、基本的に大将クラスがいるのは戦場でも後方。そこまで敵が迫る事は稀だ」
エリオット様は目を閉じて、少し躊躇しつつ、話を続けた。
「……陛下は戦場でのドサクサに紛れて、父を殺したのではないか? そんな疑惑が俺の中で生じた」
「えっ……一体何の為に……」
「父の功績は素晴らしかった。素晴らし過ぎた。それこそ、王家の名声を侵食する程に。しかも都合の悪い事に、父にも王家の血はわずかながら流れている。陛下は疑心暗鬼になったのではないか? 簒奪を狙っているのではないか、と。だから殺した。都合の良い、死んだ英雄になってもらう為に」
「そんな……」
確かに父上は猜疑心が強い所がある。やるか、やらないかでいったら、やりそうなのが困る。
いわゆる狡兎死して走狗煮らる、というやつ。