4.浮気調査
その日の未明。私達は、城を抜け出してマートレット家の屋敷の庭に潜伏している。服装は闇夜に紛れる、軍用の黒と灰色の迷彩服。顔には黒い目出し帽もして、完璧なカモフラージュを行っている。まぁ、お陰で、官憲に見られたら一発で捕まるだろうが、この際、些末な問題である。
屋敷を見張って早2時間、エリオット様の動きは未だない。
「今日は動かないのかしら……」
流石に少し集中力も途切れてきた。噂通りなら、彼が動くのはこの位の時間のはずだが……。
「む?」
その時、屋敷の扉が開いた。出てきたのは、一見町民にも見える、ラフな格好をしたエリオット様本人だった。彼は、厩舎まで行くと、馬にまたがって鞭を入れると、そのまま夜の街に向かって駆け出して行った。
「……あぁ」
私は嘆息した。噂は本当だったんだ。彼は夜中に屋敷を抜け出して、どこかに向かってしまった。きっとこれから、逢瀬を楽しむに違いない。
ずっとずっと、私は好きだったのに……!
悲しみは一瞬で、嫉妬と憎しみに変換された。
裏切り者!
裏切り者!
裏切り者!
許さない、許さない、許さない。私の思いを踏みにじった事、後悔させてやる! もうその瞳に私しか映らない様にしてやる! もうその口から私への愛の言葉しか吐けない様にしてやる! 栄養は私が咀嚼したものを口移しからでしか取っちゃダメ!!
私は、離れた場所に繋いでいた愛馬に飛び乗る。
「あ、ちょっと! 妹様!」
アンジェ様の静止を無視して、私は全速力で愛馬を疾走させた。
必ず、証拠を押さえてやる。言い逃れできない証拠を。そして、言い訳できないタイミングで現場に突撃して、修羅場にしてやる!
そんな事を思いながら、私はエリオット様を着かず離れずの距離で追跡した。
馬を走らせる事、数十分。エリオット様が馬を降りたのは、街の郊外だった。住居や店は少なく、ここが街とその外の領域との境界なのだなと思った。
彼はしばらく歩いた所にある、一軒の民家の中に入っていった。見るからに、ボロい家である。ここに浮気相手がいるのだろうか? こんなボロ屋に住んでいる辺り、平民の中でも下層域に属する人なのだろうか?
私は周囲を気にしつつ、壁に耳を当てて、中で行われている会話を聞こうとする。もしも、嬌声とかが聞こえたら、躊躇いなく扉を蹴破って、言い逃れできない状態にしてやろう。
護身用の刺突短剣を手にそんな事を思いつつ、私は部屋で行われている会話を盗聴する。
「……では、ソーサラー隊は新聞社を」
「……コクーン隊のレン伯爵は我々の誘いを断りました。現在、刺客を送る準備をしています」
「…………?」
妙だ。
聞えてくるのは全て男性の、それも、それなりに歳のいった感じの声だ。女性の声は聞こえて来ない。……時折、エリオット様の声は聞こえてくるけど。困惑しつつ、私は盗聴を続ける。
「国王を討つ。王位につくべき正当な人間は、私なのだから」
「はい。それに賛同したからこそ、我々はここにいるのです」
「あの愚かな国王は、国境紛争で勝った事に満足して、ここで拳を下ろすつもりらしい。馬鹿な事だ、このまま隣国の本国に侵攻して、一気に滅ぼしてしまえば良いのだ!」
「上が臆病者だと、下が苦労します。この国をより強くする為にも、このクーデターは成功させねばなりません」
「!!」
恐ろしい会話が聞こえて、思わず、私は息を飲んだ。クーデター?! 武力で、父上を倒すというのか? 驚愕していると、エリオット様の声がする。
「……大変勇ましくて結構な事だが、要はあんたらは権力と隣国の資源が欲しいだけだろう? 俺は反対だな、敵本国侵攻なんて。連中はかなり粘り強い。泥沼化するのが目に見えている。今は対外拡張より国内や属国の安定化に力を注ぐべき時だぜ」
「マートレット団長。あまり、味方の士気を下げる様な事は言わないでくれたまえ」
「……俺があんたらに協力するのは、ただ、親の仇である、国王陛下を討ちたいだけだ。あんたらみたいに、私利私欲は無いんでね」
親の仇……? 妙な事を言う。彼の父上は、私の父を庇って……。
あまりの衝撃に、思わず声が出そうになったがギリギリでおしとどめた。
(ここは一度退いた方が良いか……)
私は物音を立てない様、慎重にその場を離れた。
(…………どうしよう)
婚約者の浮気疑惑を調べていただけなのに、とんでもない情報に当たってしまった。クーデター計画。しかも、それに最愛の婚約者まで関わっているなんて……。