2.私は猟奇的なのです
「浮気してるんじゃないかって?」
「ええ。よくある恋愛小説みたいに、突然婚約破棄を言い渡されたらどうしよう。そんな風に考えたら、夜しか眠れなくて……」
「夜しか眠れないのは、十分健康に分類できると思うが……」
少し呆れながら、私の最愛の人、エリオット・マートレットは言った。
鼠色の髪を、軍人らしく短く揃え、赤色の瞳は旭光の様で相変わらず、美しい。私と同程度に小柄な体型もあって鼠の様な印象も受けるけど。鼠のつけ耳とか頭に被せたら似合いそうだ。
私達は、今、王城の中庭でお茶をしていた。パレードから1カ月と2日ぶりの再会……戦場に行っていた期間を含めると2か月と11日ぶりの再会である。騎士も団長クラスになると、色々とやる事がある。あのパレードの後、何だかんだで再会するのに1ヵ月以上も間が開いてしまった。
「それはちょっとしたジョークよ。……でも、心配しているのは本当。中々時間が取れないから、私と会うのが嫌になったのかなって」
「おいおい、流石にそこまで信用無いと傷つくぜ」
不本意そうに、エリオット様は言う。
「君は俺に、本当に他に女が出来たと思っているのかい?」
「だって、あのパレードでも女の人にきゃーきゃー言われてて満更でも無さそうだったし……何より、父上兄上があんなのだから、男の人ってすぐに他の女の子のお尻を追っかける習性があるのかなって……」
「そりゃあ偏見だね。……いや、まぁ、あの陛下達はな」
少し困った様に、エリオット様は呟く。
我が兄にして嫡男である、フランク・スピットファイア、そして我が父にして国王陛下であらせられるジャン・スピットファイアは共に好色家であり、それぞれ多くの女性と浮き名を流している。父上は母上を含め正室の他に3人側室を囲っているし、兄上に至ってはアンジェ様を含め5人位と関係を持っていると聞く。
とはいえ、子作りも王族の仕事の一つであるし、2人とも、手を出した女性は、責任をもって全員面倒を見ている。
なんなら、彼女達も皆幸せそうという理想的な(?)ハーレムを作っているので、それを私が批判するのは余計なお世話なのだが、嫉妬心と独占欲の塊である私からすると、やはりエリオット様が他の女の子と影で寝ているのは嫌だった。狸は生涯つがいで行動する生き物なのである。
「存在しないものを証明するのは悪魔の証明といって、とても難しい。それは分かるね?」
「うん」
「信じてくれ……としか言えないな。」
「…………」
「そう不服そうな顔をするなよ」
エリオット様はそう言うと、席を立って私の頬に軽くキスを落とした。突然の事に、思わず、動揺する。
「どうもリリーは心配性だ」
「貴方のせいでもあるのよ? 子供の頃、しばらく行方不明になっていた時、どれだけ心配したか……」
「あれを俺のせいというのは、酷じゃないかい?」
そう言って、エリオット様は自分の席に戻り、紅茶を飲んだ。
エリオット様は、少し、訳アリの方だ。元々、とある大貴族の令息だった彼。彼のお父上は、私の父の無二の親友であった。だが、父が王位を継承する前の若い頃、戦に2人で従軍した時に、敵の攻撃から父を庇って、彼のお父上は戦死してしまったという。
この国は軍事大国だ。今でこそ多少平和にはなったが、父達の若い頃には積極的な対外拡張政策をとって、多くの国を併合、属国化していたのである。
間の悪い事に、彼の実家はその後、悪い親戚に乗っ取られ、彼も落ちぶれて何処かに失踪してしまった。
それからしばらく経ち、我が叔父との血みどろの家督争いを制して、王位を継承した父が王家の力を使って、落ちぶれていた彼を探し出し、父親の功に報いて娘婿にする事にした。その娘と言うのが、私だ。元々、彼とは幼馴染同士で気心もしれていたのだ。
彼は一時、乞食の様な状態にまで身をやつしていたが、父に救いだされてからは軍人を志してメキメキと頭角を現し、現在は騎士団長、それも王国最強をうたわれる第6騎士団第66大隊『オルカ隊』のトップの地位にまで上り詰めた。
という訳で、王家、特に国王陛下に対して忠誠を誓っていて、仕事熱心で中々2人の時間が取れない、というのは半ば仕方ないと諦めている。が、父の事をリスペクトするあまり、彼の駄目な所、女たらしで好色な面まで影響を受けないか、本気で心配しているのである。
「ま、ともかく流石に久々に会った幼馴染で現婚約者がいるのに、浮気なんてしない。信じてくれよ」
「……」
「ヤンデレ気質め……まぁ、王族として、猜疑心が強いのは悪い事じゃあ無いが」
「……嘘ついたら」
「嘘ついたら?」
「手と足を切断して、私の部屋に監禁する。忘れないでね?」
「わお、猟奇的。愛されているのは嬉しいがね」
流石に少し引いているが、これくらい言っておかないと心配でしかたない。もう、これに関しては性分だ。軍事大国の姫君を嫁にするとなった時点で諦めて欲しい。我が王家の家訓は「弱肉強食&力こそ全て」という大変脳筋なものである。
「世の中には飲んだ人間を仮死状態にする薬もあるとか。それを飲ませて、ガラスの棺にでも入れて一生愛で続けるのも良いわね」
「だから怖いよ……まぁ、それ程に愛されているのは男冥利につきるが」