EX7(end).ぼんやりとした結末
「で、どうすれば良い? 物理的な攻撃は効くのかい?」
エリオット様はそう言いながら、短銃のトリガーを引いた。火打石から生じた火花が火薬に引火し、込められた弾丸が撃ち出される。
弾丸は聖女様に命中するも、ひるむ気配は無い。
「……ま、こんな事だろうと思ったよ」
「実体のない幽霊相手に物理攻撃は効かん」
「ありがちだけどね。ぽこぽこ様、どうすれば良い?」
「まぁ、慌てるな……儂が始末する」
ぽこぽこ様はそう言うと、またしてもその場でバク天をした。すると、彼女は少女の姿から奇妙なものに変化していた。
「ぽこぽこ様……?」
地面に落ちているのは、一発の弾丸である。その弾丸から、ぽこぽこ様の声がした。
「エリオット殿、貴殿は見た所鉄砲の扱いが上手そうじゃ」
「ああ。その辺の兵士よりは扱いに心得がある」
エリオット様の得意とする武器は鉄砲である。彼が同年代の男よりも遥かに小柄なのにも関わらず、多くの手柄を挙げてこれたのも、腕力に関係なく当たった相手に致命傷を与えられる鉄砲の扱いに長けているところが大きい。
「儂をその銃で、あの怨霊に撃ち込むのじゃ!」
「は? え? 貴女を?」
流石に面食らったのか、エリオット様は聞き返した。
「儂は神様じゃぞ? 今の弱体化した怨霊くらいなら封じれるわい。だが、その為には奴の懐に潜り込む必要がある。その銃で儂を直接奴に撃ち込むのが一番手っ取り早い!」
「無茶苦茶だ……」
そうしている間にも、聖女様は呪詛の言葉を呟きながらこちらに近づいてくる。
「エリオット様、まずいわよ。さっさと逃げるか、戦うか覚悟を決めるべきね」
私は、聖女様を睨みつけながら、威嚇する様に、スティレットを突き付ける。だが、聖女様、否、聖女の姿をした怨念の塊は手をだらりと前に下げて迫ってくる。さながら、ホラー小説に出てくるゾンビの様だ。
「ちっ、仕方ないか」
エリオット様は短銃に慣れた手つきで火薬を込めた。そして、ぽこぽこ様が変化した弾丸を銃身内に詰め込む。
「ぽこぽこ様、目を回さないでくださいね」
「うむ! 歯を食いしばるぞ」
「ターゲット、インサイト! 撃ちぃー方ぁ始め!」
エリオット様は、美しさすら感じるフォームで銃を構えて、息を吐きながら、そのトリガーを引いた。
雷鳴を思わせる発砲音と共に、音速で弾丸、もといぽこぽこ様が撃ちだされる。『ぽこぽこ様弾』は、一寸の狂いもなく、聖女様の額に命中する。
「ぐ、ぐがぁぁぁぁぁぁぁ!?」
聖女メリー・スピットファイアは地獄の底から響く様な絶叫をすると、そのまま、がっくりと膝を落とした。
「……命中した様ね。流石だわ」
「伊達に騎士団長やってないからな。それより、聖女様だが……」
聖女様の怨念のこもった身体は、光に包まれると、そのまま崩壊を始めた。そのまま、灰さえ残さず消えてしまう。……一応、再封印出来たって事で良いのかしら? その驚愕的な光景を見つめつつ、私達は解決の糸口になった一匹の狸の姿を探す。
「ぽこぽこ様は?」
「気配がないわね」
私達は慎重に塔の幽閉の間を丁寧に探し回るが、それらしき人も狸も、この塔の中にはいない様でついぞ、その姿を見せなかった。
***
その後の事はとんとん拍子に片付いた。
まず、病床にいた弟、アールが無事に息を吹き返した。今日明日の命と診断していた医者も驚愕する程の回復を見せ、一週間ほどたった現在は、すっかり、元気になっている。
今日も最近できた婚約者と共に、リハビリに励んでいた。
塔の入り口にあった『あ』『うん』の表情をしていた女神像は、新しいものに新調されて、塔の入り口を守っている。
いや、もしかしたらこれは、外からくる悪い物をはねのける為のものではなく、中のものを外に出さない為のものではないだろうか。そう思い、女神像は、それぞれ、塔の入り口を睨むような形で置かせた。思えば、元々、こんな配置だった気もする。
ちなみに、石造の修理費は自腹を覚悟していたところ、兄上に泣きついたら、なんとか公費で出してくれた。持つべきは有能な兄である。スケベだけど。
さて、こんな風に後処理も終わったところで、私とエリオット様はぽこぽこ様と初めて会った神殿にきていた。
あの後、ぽこぽこ様には会っていない。元々、神さまという実体のない者故、役割を終えて、どこかに行ってしまったのか、それとも、聖女の怨霊と相打ちになってしまったのか。
もしかしたら、そもそも、私達が二人で見た白昼夢かもしれない。そんな風にすら考えてしまう。
だが、私達二人は確かに彼女の力を借りて、聖女を鎮めたのだ。お礼参りくらいはした方が良い。もしかしたら、また、彼女に会えるかもしれない。そんな風に思って、思い出の神社まで再び来たのだが、やっぱりというか何というか、再びぽこぽこ様が現れる事は無かった。
「不思議な事もあるもんだな」
参拝を終え、石段を下りながら脇にいたエリオット様が呟く。
「アンジェ様も私達が狸を連れてきた記憶なんて無いとか言い出すし……どうなってるの?」
アンジェ様のぽこぽこ様を撫でた記憶は、なぜかぽっかりとそこだけ抜け落ちてしまっている。これが超自然的なものなのか、何なのかもまったく分からない。
「……ま、世の中時々、こういうオチの無い不思議な話があるものだ」
「そういうものかしら」
「アール様は回復しているし、それで良いじゃないか」
「なーんか、釈然としないわねぇ」
「狸は人を化かすというし、俺達も化かされたのかもしれん」
「そういう事にしておこうかしら」
ふと、足音がして、そちらの方を振り向いた。すると、視線の先には、草むらの奥に一匹の狸がこちらをじっと見ている事に気付いた。
狸はしばらくこちらを見ていたが、やがてどこかに行ってしまった。草むらの奥だし、ついて行く訳にもいかない。
「……? リリー、どうしたんだい?」
「いや、なんか狸がいたから」
「この辺に狸は珍しいな」
「ぽこぽこ様かしら?」
「だとしたら、一言お礼をしたかったんだが。彼女がいなければ、今回の騒動は解決出来なかっただろうし」
さらに、思い出した様にエリオット様は言葉を続ける。
「あと、銃で撃ちだした事も」
「別にそれはいいんじゃない? 自分で撃てって言ってたし」
とはいえ、向こうがどこかに行ってしまった以上、これ以上コンタクトはとれまい。
「……帰ろうか」
「ええ。たまには、こういうぼんやりとした結末も良いでしょ」
「……ここからは石段が急だ。リリー、俺の手を取って」
「ありがとう」
微笑みつつ、昔の様に私はエリオット様の手を取った。
EXシナリオ、これにて完結!
いやね、もう少し引き延ばしても良かったんですが、グダグダになりそうな予感がしたのでスパッと完結させました。なんかたまに怖い話でも、こういう細部まで語られないフワッとしたendの話あるし、良いよね。
ブクマ、評価がまだの方はしてくれると嬉しいです。ご愛読、ありがとうございました!




