EX2 謎の病
「……どう? お医者様は何と?」
「……生きてはいる。が、あまり長くはないかもしれん。国葬の準備をしておこう」
医務室から戻ってきた兄、フランク・スピットファイアは、心配する私に無慈悲に告げた。私は兄上の人の心の無さに、少しむっとしつつも、この兄が合理主義者よりな人物なのを思い出して堪えた。元々、この人にはこういう所がある。
「どういう病気なのです? アール様は。医者は何と?」
私の脇にいたエリオット様はそう兄に尋ねた。美しい顔は、悲観的なものになっている。
「わからん。未だに原因不明だ。まったく未知の病で、手の施しようがないらしい」
「そんな……」
「他人にうつる類の病気では無さそうなのが、不幸中の幸いではあるが……」
そう言って、フランク兄上は溜息を一つついた。
今、私達は同母弟のアール・スピットファイアの部屋の前にいる。弟は14歳。一週間程前から、突然体調を崩し、現在部屋で療養中である。腕の良い医者が手を尽くしているが、日に日に衰弱していっているという。
まったく未知の病気で、原因は一切不明。万が一未知の伝染病だった場合に備え、面会は家族でさえも、というより王族だからこそ禁止されている。なので、こうして医者経由で状況を聞くしか出来ないのが辛い。
「後は、神頼みするしか無いな……」
「そんな……」
兄は口ではそんな事を言いつつも、声色的に心配しているの自体は伝わってくる。
「俺もそこまで信心深い人間では無いし、神々にすがるには手が汚れすぎている自覚もあるが……神殿で祈りでも捧げてみるか。何もやらないよりは良いだろう」
そう言って、兄は立ち去ってしまった。本当に、祈りでも捧げに行くのだろうか。あの慇懃無礼で助兵衛な兄がそんな事をするのは本当に珍しい。
「……」
「……」
そして、医務室の前に残される私達2人。さて、どうしたものか……。
「ひとまず、俺達も神頼みでもしに行くかい?」
「うん」
この国は多神教の宗教を信仰していて、神殿自体は祠レベルの物を含めれば色々な場所にある。一神教系の宗教を信仰している事の多い周辺国とは、その辺の価値観の違いもお互い相容れない要素の一つになっているんだけど。
参拝中に兄と遭遇するのは流石に気まずいので、王族が普段贔屓にしている所とは違う、小さめの所に行く事にした。
***
「騎士団でも最近は剣や槍や魔法に加え、銃や砲も扱い方は必修になっている程に科学も発展しているのに、最後の最後には神頼みかぁ……」
「結局、いくら粋がってみた所で、病気や自然に人間は絶対に勝てないって事よ」
二人で馬を並ばせながら、馬上でそんな話をする私達。選んだ神殿は、王城から少し離れた山の中腹にある所である。腐っても王族と、人気の騎士団長である。変に有名な、人の多い所に行くと悪目立ちしそうなのも、そこを選んだ理由である。
それに、そこは私たち二人が子供の頃によく遊んだ山でもあるのだ。文字通り庭みたいな所だし、幼馴染同士、たまにはノスタルジーに浸るのも悪くあるまい。
装いも軽装で、お忍び用の一般人が着るような服に加え、護身用に私は腰に刺突短剣を、エリオット様は腰にフリントロック式の短銃を下げている。一見旅人にしか見えないだろう。
「さて、石段まで着いたわね」
「本殿前に行くのに、ここからがきついんだよな」
「子供の頃はよく駆け上がっていたじゃない。まさか、ここを登り切れない程、身体はなまっていないでしょ」
「おいおい、これでも騎士団長だぜ? なめるなよ」
私達は馬を繋ぐと、階段を登る。階段には苔がむしていて滑りそうになるので、慎重にだ。実際、子供の頃はしょっちゅうコケては泣いてエリオットさまに介抱されたっけ……。
そんな思い出に浸りつつ、二人でとりとめもない会話をしつつ上がっていくと、神殿本殿の前に出た。そこは、子供の頃と変わらない姿で、神殿が立っていた。
「流石におよそ10年ぶりだと、懐かしいわね」
「見ろよ、この木。覚えているか? 俺達が子供の頃は苗木だったぜ。随分大きくなったな」
「お守り売ってるわ。回復祈願に買っていってあげましょ」
懐かしさもあって年甲斐もなくはしゃぐ私達。そういえば、一応デートになるのか。エリオット様はあのクーデター未遂以降も忙しくて、こうして一緒にどこかに行くのも久しぶりだ。
木造の神殿内にある女神の像も当時そのままだ。どちらかというとマイナーな神格にあたる。名前は確か……『ポコポコ様』とかいったかな……? 何でも大昔に東の国からこの地に連れてこられた一匹の狸を神格化したもので、女神像も心なしか可愛らしい雰囲気がある。頭に狸耳と葉っぱが乗ってるし。私も狸っぽい雰囲気があるし、不思議と好感が湧く像だ。
そんなポコポコ様の像に祈りを捧げ、さて少し一休みしようと境内にあったベンチに二人で腰掛ける。
「アール様、これで治るかな……?」
「さあね。私達に出来る事はこれ位だし……。後は医者と、アール自身の力を信じるしか
ないわね……」
「どういう症状なんだっけ? 回復薬じゃ……治りそうにない系かい?」
「全身の皮膚がひび割れて血が滲んで……。後は高熱と幻覚ね。なんか、女の人がニタニタしながらこっちを見てるってうなされているそうよ」
「……可哀想に」
「……人の事を散々ロリっ子だの貧乳だの煽ってくるし、どちらかというと、クソガキに分類出来る生意気な子だったけど……。流石にこんな状態になったら姉として心配よ。最近許婚も出来て、良い恰好しようとしたのか、少しは落ち着いてきたって矢先にこれなんて……」
私は溜息を一つついた。嫌な弟だったけど、流石に死んでほしいとまでは思っていない。
「その子、北東の塔の悪霊に魅入られたかもしれんのぅ」
「わっ?!」
突然、背後から話しかけられた私は、思わず声を出した。
見ると、私より少し幼い位の少女が後ろに立っていた。髪は私と同様くすんだ茶。それをショートヘアにして、獣人なのか頭には狸の耳がついていた。
反射的に、腰の刺突短剣を抜こうとした位には驚かされた。それはエリオット様も同様だった様で、私と同じく警戒しながら腰の短銃に手を伸ばしかけている。
私はともかく、歴戦の戦士であるエリオット様にも気付かれないくらいに気配を消せるとは……。なかなかの剛の者とみえる。
「驚かせてごめんなのじゃ。ちょっと気になる話をしていたからの」
「……貴女は一体?」
彼女は、したり顔をしながら口を開いた。
「私はこの神殿で祀られる女神、『ポコポコ様』その人じゃ! 話は聞かせて貰った。その子、そのままじゃあ死ぬぞ!」
「……」
「……」
私達はというと、唐突なカミングアウトを受けて、ただ顔を見合わせるしか無かった。




