EX1 妙な噂
思った以上にウケが良かった事に調子に乗った作者が書いたおまけシナリオ、始まります。
「……と、いう訳で私とエリオット様の絆は深まったのだった!」
「あーはいはい。ご馳走様ご馳走様」
「楽しそうで何より」
「過去最高に調子に乗っているわね、この子。何度この話してるのよ」
場所は王城。中庭。ここには今、4人の若い女性が集まっている。
1人は私、スピットファイア王国第4王女、リリー・スピットファイア。そして残りの3人は私の姉達である。
長女メアリー姉様。次女ヘザー姉様。三女シーラ姉様。全員、私とは異母姉妹。だが、母上達も仲良く(?)ハーレムを作っているという事もあり、子世代である私達の仲も良好である。
……父上といい、兄上といい、あの女性に対して発動する妙なカリスマ性は何なんだろう。2人の周りに侍っている女性達を見るに、ハーレムというよりカルト的なノリに近い感じもするし……。
そんな天然女たらしの父と鵺の事は置いておいて、今姉妹で集まっているのは、お茶会を兼ねた情報交換・共有の為である。下にはもっと沢山妹弟がいるけど、ひとまずこの会議(?)に参加するのは、それぞれの母から生まれた長女のみだ。
名称は『ファーストステージ・ミーティング』。長女達だからファーストステージ。普通に長女会議とかで良いと思うがメアリー姉さまがそっちの方がかっこいい! ってこの名前にした。横文字に憧れるお年頃なのだろう。
政治・経済・軍事・国際情勢等のお堅いものから、城下町で起こった事件、更には『最近メイド長が太り気味で、メイド服が最近着辛いらしい』といった下らないニュースまで、網羅的に、とりとめもなく自身の持つ情報を交換していく会議である。……一応、真面目な話もするのよ? 某国と某国の間で起こっている戦争の事とか、話題の新兵器の事とか。
最近の貴族王族は情報を握っていないと死ぬ、という持論を持つメアリー姉様の主導で始まったこの茶会は一カ月に一度くらいのペースで開かれている。
そんな中でも今回の主役は私であった。話題はクーデター未遂の話で持ちきりであり、必然、それの解決の立役者になった我が婚約者、エリオット・マートレットの話が中心だ。
エリオット様の葛藤や、その後の論功行賞後のキスの話題は大変ウケが良かった。なので空気を読まず一方的に惚気まくったせいか、流石に姉達も、辟易してきてしまっている。ちなみに、エリオット様の出自の秘密については、何故か皆以前から知っていたらしい。……やはり、彼、父上から監視対象として娘婿にされたんじゃ……。
「リリーだけが惚気てるのも、そろそろ飽きてきたわ。メアリー姉様やヘザー姉様も何か、婚約者殿と無いの?」
そう口を開いたのは3女のシーラ姉様だ。美しいエメラルドグリーンの髪と、同様の緑色の瞳を持つこの姉は、そう問うた。
「そういうシーラはどうなのよ。騎士団参謀殿との仲は。興味ある」
そう返したのはヘザー姉様だ。この人は、フランク兄上とよく似た赤色の髪をロングにした、黒い瞳を持った女性だ。
彼女は、フランク兄上とは双子である。いわゆる二卵性双生児というやつで、兄同様、声がトラツグミの様に少し甲高い。
そんな高めの声に、シーラ姉様は露骨にがっかりした様な顔になった。
「戦果無し。私がボディタッチした回数32回。それで告白回数が11回、夜這い回数5回。……全て空振り。そろそろ心が折れそうよ」
このエメラルドグリーンの髪の姉は、第5騎士団第21大隊『コクーン隊』の参謀を務める男に惚れており日常的にアタックを仕掛けている。だが、先方は下級貴族の出身。王女に手を出すのは不味いと思っているのか、毎回袖にされているが、諦めない辺りこの人も大概(良くも悪くも)タフな女性である。
「もう諦めろって事よ」
若干、呆れる様な声色で、今度はメアリー姉様が言った。彼女は赤髪と緑髪の妹弟と対照的な黒髪をポニーテールにしたスッキリとした外見の女性である。長女だけあって、非常に頼りがいのある人だ。変人寄りだけどね。
そんな人から苦言ともとれる言葉を受けて、シーラ姉様は口を尖らせている。
「ちょっと身分が釣り合わないだけだし……こっから奇跡の大逆転するし……」
「そこまで拒絶されてるなら、もう脈無しだと思うけどね……。父上は何て言ってるのよ」
「見込みある若者だし、下級貴族とはいえ、かの家の人間は誠実だし、良いんじゃない? って。後はあの人が覚悟を決めてくれれば良いだけなのに……」
「ま、王族の一員になるのは、それはそれで並大抵ではない覚悟がいる事だし……。いっそ、良さげな男を私が探してあげても良いけど……」
ヘザー姉様からそう言われているが、ここで諦めないのが彼女が彼女であるゆえんである。
「そういうヘザー姉様の旦那様は、面白い事無いの? なんかこう、化け物退治したとかさ」
「文官相手に何を期待してるのよ……」
ヘザー姉様の許婚は、文官として王家に仕えているとある侯爵家の男性だ。派手さは無いが、丁寧な仕事ぶりが評判の男で、忠誠心もある。……最近は増大し続ける軍事費と、属国の維持費に父上と共に頭を悩ませているが。
「そう言えば、化け物と言えば、こんな話を聞いた事があるわ」
そう、メアリー姉様が口を開いた。
「最近、城で夜な夜な幽霊が出るとか……メイド長やコックが遭遇したそうよ」
低い声を出して、恐ろし気な声色で語るメアリー姉様。だが、姉二人はあまり興味無さげに紅茶を一服。
「幽霊? この城も古いからね。アクセサリーみたいなもんでしょ」
「そりゃあ、うちは色々とやらかしもあるし、恨みを持つ人間なんていくらでもいるわ。そりゃ、居城に10人や20人、幽霊くらい出る」
肝がすわっているというか、何というか……。まぁ、これくらいの豪胆さが無ければ軍事大国の姫君なんて出来ないのだ。
「その話、詳しく聞かせて頂戴!」
私はというと、この手のオカルト話は大好物なので、姉様の話に食いついた。メアリー姉様はニヤリと笑うと、話を続ける。
「幽霊が出るのは、北東の塔。ここで最近、すすり泣く女の声が毎晩の様に聞こえて来るらしいわ」
「北東の塔……いかにも出そうな所ね」
北東の塔は、いわゆる開かずの間に近い場所である。つまり、何らかの問題のある王族を閉じ込めて軟禁しておく為の闇深い場所だ。有名なところでは、夜会で婚約者に婚約を破棄された上、冤罪を被せられた上、ここに幽閉された王女や、最近だと父上との血みどろの内戦の末、破れた叔父上一家もここに軟禁されていた。
叔父上一家については、私が物心つくころには全員亡くなっていたが、多分、ろくな死に方では無かっただろう……。とはいえ、もしも父上が内戦で負けていたら私達があそこに閉じ込められていただろうから同情はしない。それに下手に霊に同情すると寄ってくるっていうし。
「一カ月前くらいの夜中、警備兵が塔からすすり泣きをする声を聴いて、確認しに行ったものの誰もいなかった。それ以来、あそこでは怪奇現象が頻発する様になったそうよ。おあつらえ向きに、今、塔で幽閉されている人はいない」
「随分、最近の出来事なのね……」
「そう。夜中に女性の声がする他、塔の窓から身を乗り出した化け物の様な、不審な影を目撃した人も……メイド長やコックがそうね」
「それは幽霊というより、妖怪の類なのでは……?」
幽霊と妖怪。両者の境目はどこと言われれば困るが。
「ま、幽霊でも妖怪でもどちらでも良いけど、そういう噂が立ってるって話よ。お陰で、今じゃ、元々陰気なのもあって、あそこに近づく人はいなくなったわ」
幽霊、もしくは妖怪ねぇ……。
「バンシィってやつ? 別に、すすり泣くだけで、何か実害があるって訳じゃないでしょ?」
「そうそう。バンシィだか妖怪だか黒いユニコーンだかしらないけど、積極的に祟って来ない幽霊なんて、動物と同じでこちらから喧嘩売らなきゃ、いないのと同様よ」
そう言うヘザー姉様とシーラ姉様。向こうから祟って来なければ捨ておけ、というのは、まぁまぁ正論である。
「ま、そういう話よ。……どうする? せっかくだし、塔で肝試し大会でもやる?」
「いや、あんまり良くないでしょ。そういう曰く付きの土地でそういう事するのは……」
と、お茶会での幽霊騒動の話はここで終わった。
…………問題が起こったのは、その更に一カ月後の事である。




