10.黒薔薇の花束
だが、花束を手に取ったまま、彼は意外な行動をとった。
「……俺は、親不孝者にはなれても、不忠者にはなれん!」
エリオット様はそう言うと、黒百合の花束を花瓶に戻してしまった。
「やはり、これまで陛下から受けた恩は大きすぎる。それ相応に義理を果たさねば、後味というものが悪い」
「忠の方を優先したのね。……ありがとう」
エリオット様が裏切る事が無いと分かり、私はホッとした。この薬は使わなくとも良さそうだ。私はそっとそれを引き出しにしまった。
「それに、君との会話で思った。この状況で公を支持するのは、あまりにもリスキーだ。彼らは本質的に私利私欲で動いている。仮にクーデターが成功したとして、その後のこの国の運命は暗かろう。民達にとっては陛下の治世の方が良い筈だ」
成程……そういう視点で判断したか。実際、公爵閣下、あまり有能そうな逸話は聞かないし、これで正解だろう。
「それに……」
「それに?」
「君と憎み合う関係になるのは嫌だ。……俺は君の事が好きなんだな。……リリーが他の男のものになるのは、嫌だ」
「嬉しい事を言ってくれるじゃない」
「改めて……俺と共に歩んでくれないか? もう、ある程度吹っ切れた。恨みは……捨てられるかは分からないけど」
差し出された手を私は、しっかりと握り返した。
***
「『マートレット団長の手引きで、クーデター派の密会現場に突入したオルカ隊は、その場にいたレーモ公爵、ライオ伯爵、デロイ侯爵ら計画に参加した上級貴族をことごとく捕縛。その他、その場にいて抵抗した反逆者たちの私兵ら10人余りをことごとく討ち取り、30人余りを捕縛した』……見事! 君なら妹を安心して任せられるよ」
「ははっ。勿体なきお言葉」
「任務ご苦労であった。引き続き、卿の忠誠に期待する」
「ご期待に応えてみせましょう」
報告書を読みながらエリオット様を称賛するのは兄、フランクである。
あの日から約1ヶ月が経った。クーデター計画はエリオット様の活躍で、あっさりとご破算になった。
クーデターに賛同する者達が、密会の為に集まった日に、アジトにエリオット様のオルカ隊が突入し、そこにいた者達をことごとく逮捕したのだ。クーデター派は一夜にして壊滅したのだった。
今はその論功行賞の場である。場所は王城の王の間。司会進行は兄だ。彼は実績と経験づくりの為に、一部の仕事を父上から委託されている。父は子供が多いので、後継者争いを防ぐために、早い段階で次期国王は彼、と内外に示しているのである。父上自身、後継者争いで地獄を見たからね……。
その父上は、この光景を玉座に座りながら満足げに眺めていた。父上がエリオット様を内心、どう見ているかは、正直私もはかりかねている。
あの父上の事、エリオット様が父親の死の真相を知っているのは織り込み済みだろう。
友人であり、抹殺した相手の子である。心の中では恐れているのか、それとも、逆に敵討ちをする気概があるなら自分に挑んでみせろとでも思っているのか……。あるいは彼を取り立てる事で、殺してしまった親友へ、ある種の歪んだ贖罪をしているつもりなのか……。
ただ、この場においてはエリオット様が、敵討ちより忠誠と義理を優先させた事に、満足している様だった。
ともかく、エリオット様の活躍により、クーデターを阻止出来た事は事実だ。彼はこの場で俸禄の加増を約束されていた。
***
「本当に良かったの?」
「何が?」
「敵討ちよ。父上を討てる機会なんて早々あるもんじゃないわ」
論功行賞が終わり、エリオット様と城の回廊を歩きながら、私は言う。無論、小声だ。彼は論功行賞を受けた時の、軍服をきっちりと着こなした姿のままで、鞄を肩にかけている。
軍服の格好良さというのは士気にも関わる。我が国の軍服も美しさと凛々しさが同居した、なんとも瀟洒なもので、エリオット様の男前っぷりをより際立たせている。
「言っただろう。俺は孝より忠を取った。それだけだ」
「貴方がそれで良いなら、私は何も言わないけど」
そう言って、私は話を打ち切る。彼も心の中では今頃、様々な感情がぐちゃぐちゃに渦巻いている事だろう。それらが混ざり合って、落ち着くまでにはまだ時間がいる、とみた。
「……一応言っておくが、俺がここで陛下を討たない選択肢を取ったこと。別に後悔はしてないぜ」
そう言って、彼は私の頬に軽い口づけをした。突然の事に面食らってしまう。
「どうしたの、突然。急にグイグイくるじゃない」
「クーデターに手を貸していたら、君を失う羽目になっていた。リリーは俺のものだ。他の誰にも渡さん」
「急に独占欲むき出しにするじゃない」
「リリーだって同類だろ?」
「私達、似たもの同士って事」
エリオット様は笑みを浮かべつつ、背負っていた鞄の口を開けた。大事に抱えているので、てっきり論功行賞で父を討とうと暗器でも入れているのかと思ったが、果たして、中から出てきたのは花束だった。
黒薔薇をアイビーで巻きつけて固定された花束は中々のインパクトである。
「この前に黒百合の花束を贈られただろ。それのお返しだよ。黒百合に対して黒薔薇だ」
「あれは花束扱いして良いのかしら……それに、黒薔薇とアイビーの花言葉って知ってる?」
「もちろん。ヤンデレ気味な妻には相応な夫がお似合いだと思うぞ」
……何か、意味が分かると怖い話風なオチにしようとしてない?
「……改めて、よろしく頼むよ。リリー」
かなり強い握力で手を繋がれて、私は少し面白くなって微笑んだ。なるほど、彼も私と『同類』という事か。
「良いわよ。一生離してあげないから。覚悟しててね。あなたは私のものよ?」
私はそう言って、お返しとばかりに彼の唇を奪った。
読了、お疲れさまでした。これにて、本作は完結です。
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