1.迷彩の騎士団長
我が国と隣国の間で起こった国境紛争は、我が国の大勝利で終わった。
我が国――スピットファイア連邦王国の第四王女である私、リリー・スピットファイアは、王都で行われている凱旋パレードを、街に繰り出して民衆に紛れながらお忍びで眺めている。
第2騎士団第3大隊『バザード隊』、第4騎士団第4大隊『プレデター隊』、第5騎士団第21大隊『コクーン隊』……。スピットファイア王国の騎士達が、騎士団ごとに得意げに行進する光景は、圧巻の一言で否が応でも心が踊った。
「妹様、来られましたよ。エリオット様です」
そう隣で私に囁いたのは、私の兄の乳母の娘、いわゆる乳姉妹で、側近で、妻でもある侯爵令嬢、アンジェ・スピットファイア様。今回のお忍びに付き合ってくれた義姉だ。狐色の髪の色とつり目、一方で愛嬌もある顔もあいまって、本当に狐の様な印象を持たせる。
彼女に促されて、後から来る行列の方を見ると、全身白と黒のダズル迷彩で塗装された甲冑を着る、一際派手な一団がやってくる。
この迷彩には進行方向や速度を読み誤らせる効果がある。本来は軍艦などに用いられるものだ。だが、あえて鎧にこの派手な迷彩を施す事で、強力な部隊だと敵を威嚇する効果を狙ったものだという。
先頭を行く騎士団長は、小柄ながらまさに美丈夫という顔で、騎士団の隊旗を誇らしげに背中に掲げながら、黒毛の馬に乗っている。
「キャァァァ!! エリオット様よ!」
「こっち向いてぇぇぇ!」
「よっ、王国最強騎士団!!」
見物していた若い女性達が黄色い声を上げた。騎士団長は、それらの声に笑みを浮かべながら敬礼する。俄然、見物人のボルテージは高まった。
「…………」
私は、それを少し嫉妬を込めた瞳で眺める。そんな、瞳からハイライトが消えかけている私を、隣にいたアンジェ様は軽く笑いながらなだめた。
「妹様は相変わらずヤキモチ焼きですね。女性ファンくらい、おおめにみてやりなさいな」
「そうはいっても、実際心配になるわ。あんなに人気だと」
「エリオット様に限って浮気はしないでしょう。現に妹様の事は愛しておられるではありませんか」
アンジェ様にそう言われて、私は自身の嫉妬心を必死に抑えた。
そう、何を隠そう、今目の前を行進している騎士団長。我が連邦王国最強と称される、第6騎士団第66大隊、通称『オルカ隊』を率いる男、名はエリオット・マートレット。彼こそが私の許婚なのである。
歳は私と同じ20歳。この若さで騎士団長に上り詰めている通り、優秀な男である。それだけに害虫にもよく言いよられている。それでも、浮気をしたという事はこれまで一度も無いので、その点は律儀な男だと思うが、私の疑心暗鬼は中々晴れない。ついつい嫉妬の心を表に出してしまう。恋人を信用していない嫌な女だって? 自覚はしている。
そうこうしているうちに、エリオット様の『オルカ隊』が私の前を通った。
エリオット様もこちらに気付いたのか、私に対してニコリと微笑んでくれた。
ああ。なんて美しいお顔だろう。
それだけに、彼の誰からも愛される美形の顔に対し、私の顔は、不細工ではないが、いわゆる童顔であり、くすんだ茶髪と小柄でよく言えば小動物の様な体型、悪く言えば手足が短く凹凸が少ない体型もあって少女の様にも見える。
印象として一番近いのは狸。その割に人を化かせる程、口が上手い訳でもないのでどうしようもない。
一応、本物の狸は、東の方の国にしか住んでいない、このあたりでは珍しい生き物だが、だからどうしたという話である。
王族の威厳というものがまるで感じられず、果たして彼の隣にいて釣り合うのだろうか、と心配になってしまう。ちょうど、先程黄色い声を上げていた女性達も、私とは対極的に揃いも揃ってばいんばいんだったし……。
そうこうしている内に、一団は通り過ぎてしまった。今、前を通るのは、敵軍から鹵獲した武器を積んだ馬車の列で、その荷台には剣や槍がうず高く積まれ。更には馬に牽引された大砲まであって、いかに大勝利を遂げたのかというのを民衆へ宣伝するのには、これ程までに有効なものは中々無いだろう。
現にこの勝利で、我が国は長年の課題だった国境沿いの土地の帰属を、我が国に有利な配分で割譲させる事を条件に隣国に講和を飲ませたのだ。僅か2ヶ月で速攻で勝負を決めたのが良かった。これで長期化していたら、果てしなく物資と人命を飲み込む泥沼の前に、双方の国の市民生活は悲惨な事になっていただろう。勝てても、こんな呑気にパレードなんて出来なかったはずだ。
本来、胸のすく光景のはずだが、私の心は少し曇ったままだった。
豆知識:狸は日本を始めとした極東にしかいない割とレアな生き物