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プロローグ

目の前には真っ白な世界が広がっている。

大好きな雪がたくさん積もってくれたからだ。

でも、寒いなぁ。

雪は大好きだけど、寒いのは大嫌い。

昨日の吹雪とは打って変わってカラッと晴れた雲ひとつない天気。この調子なら昼にはかなり解けてしまう。

「千冬」

背後から名前を呼ばれた。

お母さん!

パッと私は振り向く。予想通り、玄関でうっすらと穏やかな笑みを浮かべたお母さんがこちらを見て、私に手招きをしている。

駆け寄ると呆れたように笑って、私に目線を合わせるようにしゃがんでくれた。

娘の私から見ても、お母さんはすごく顔立ちが整っていると思う。必要がないからか、化粧をしているのを見たことがない。

「やっぱり、6歳児にしては絶望的な表情の乏しさだね。」

「誰に似たんだか」

ムッとして言い返すが、怒られることはなかった。「さぁ」と言いながら私の前髪についた雪を手で払ってくれる。

自分では笑ってるつもりなんだけどな……。

心のどこかでそんなふうに思うことは少なくない。

子供らしくない、そんな言葉をよく言われる。挨拶をしないわけでも、お礼を言わないわけでもない。人見知りだってしないのにどうしてだろう。

「雪うさぎでも作る?」

「何でそこで雪だるまじゃないの?」

幼稚園で雪が積もったらみんな当然のように雪だるまを作っていた。その後の雪合戦で一体残らず壊れてしまっていたが……。

「あんな大きいの作りたくない。」

疲れるじゃん?と6歳児に同意を求めてくる。

間違いない。

疲れるし、寒い。

「確かに」

疲れるなんていう理由に納得してしまうくらい子供らしさが欠落したのはきっとこの母親のせいだ。

どんな環境で育ったのかは知らないが、お母さんは今までで1人しか友達ができたことがないらしい。

「あの顔面に生まれてこんなに友達ができないこともあるんだね」

と幼馴染に言われたこともある。

そんなこんなで始まった雪うさぎ作りだけど、何気に楽しかった。

私も母も夢中になって作っていたから、数分後にお父さんが「千冬、紫。ココア淹れたけど、飲む?」と聞きに来た頃には玄関を守る兵隊のように綺麗な列を作っていた。

「お、雪うさぎがこんなにたくさん。すごいなぁ、30匹も作ったのか」

そう言うなり、軽快な笑い声を庭に響かせる。お母さんが口下手なのに対し、お父さんは社交的で明るい性格。どっからどう見ても私はお母さん似だ。

「千冬がたくさん作ったから」

「嘘つかないで、私13匹しか作ってない」

お母さんが私のせいにしたので、すぐさま反論する。

「てことは、紫が17匹作ったのか」

お母さんが反論せずに目を逸らしたのが答えになったらしく、さっきよりも大きい笑い声が頭上から聞こえた。


そんな、何でもない日の夜のことだった。

じわぁ……

私が生まれた時から使っている白いカーペットに水たまりが広がる。雨上がりの水たまりと違うのは、ところどころ、色が赤黒く、車の廃棄ガスに似た異臭がすることだろうか。

その中心に、大人が2人。

1人は水たまりの真ん中で倒れている。もう1人は焦る様子もなく、来ていた雨合羽を脱いだ。

フードの中から顔を出したのは、綺麗な顔立ちをした男の人だった。驚くほどの無表情だが、目の奥にある光を私は見逃さない。正気は保っているらしい。だが、よほど水たまりに気を取られているのだろう。半開きのドアからその光景を見つめる私のことには気がつく様子がない。

ペチャ…ペチャ…

男が歩くたびに水たまりの水が靴に絡みつくように跳ねる。

気にならないのか気づかないのか、男はそんなことには目もくれず、真ん中に倒れている人を軽々と持ち上げた。その際に、持ち上げられた人の長い髪から滴り落ちるものが血であることは6歳児にも理解できた。

その長い髪の持ち主が自分の母親であることも。

シュッ

男の人がお母さんを持ち上げたまま、マッチ棒をする。

それを水たまりの真ん中に投げ込みながら、開けておいた窓の方へゴキブリよりも素早く走る。

残されたマッチ棒が変わり果てたカーペットに落ちるまで、私の目が瞬きをすることは一切なかった。






    .

    .

    .

    .

    .

    .

    .







ゴウゴウゴウ

目の前は真っ暗だった。物の例えではなく、物理的に。火がすぐそばまで来ているであろうことはすぐそばで感じる熱気としつこいくらいの煙の匂いで感じ取れる。

真っ暗な中でも視界が徐々にぼやけていくことが分かった。どこか、遠い場所へ行くような、この場所から消えてしまうような感覚があった。

「お母さん……」

かろうじて耳に入ったその言葉を、発したのが自分なのかも、もう理解できない。

「あつい…」

私の意識は完全に暗闇の中に消えていった。





__いつか絶対、会いに行くからね

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