そして100回目
「……ヒック!」
けっきょく会社の昼飯時間に出会ったシャックリが、家まで着いてきてしまった。
止める手法は全て試したのだがなぁ、女の子の後輩に「岩崎さん、シャックリって百回したら死ぬらしいですよ?」なんて俺が怖がりだからって脅してきたけれど、今既に98回目だ……
「シャックリで死ぬってどんなだっつの」
くだらないジョークとそれを言った後輩に鼻で笑い、ドアを開ける。と、驚いた事に、タップダンスを踊るかのように、玄関で舞っていた靴たちは横一列に並んでいた。
「なんだ、アイツ帰ってきたのか?」
確か今日昔の恋人に会いに行ったんだったよな〜、遅くなるから夜ご飯は要らないとか言っていたけれど。
「おーい、帰ってきてるなら返事しておくれよ〜」
部屋が暗い、疲れて寝てるのか?ってまさかな、どんなに仕事で疲れていても筋トレを必ずやる女に限ってそれはない。
「にしても部屋も綺麗だ」
昔の恋人に部屋が汚くてよく怒られていた、なんて話してたあの里美さんが、そうとう会うのが楽しみだったのかな?
「にしても……ヒック」
なんか部屋が綺麗って違和感あるな〜
っと、ソファーに座っていた時だった、99回目のシャックリに呼ばれたように後ろから水の入ったコップが俺の横に現れる。
「なんだやっぱり帰ってたのか」
そう言った時だった、コップの更に横から、見覚えのある顔が現れた。
どうしてここに?なんて疑問も勿論頭に浮かんだ、が間髪入れずに腹から突き出る真っ赤な刃物の先端に、頭はついに真っ白になる。
「やっぱり〜岩崎先輩が里美ちゃんと付き合ってたんですねえ、私と居た頃は里美ちゃんもお部屋をちゃーんと綺麗にしてたのにねぇ」
"してた"を強調するように、俺の背中をもう一度刺す。
「岩崎先輩って会社内でもそうですけど、他人に甘すぎますよ?」
「なに……いっ、て、やが--」
出そうとした言葉が口に流された水で胃の中へ戻されていく、覗かせる白い歯に薄気味悪く目を細めて笑うその表情は、死神を彷彿させて俺は背筋が凍りつく。
「ダメですよ?喋るとシャックリ出ちゃいますから〜、先輩が居なくなったら、また里美ちゃん一緒に住んでくれるのかなぁ、かなぁ?今私の家の前で待っているんですよ?ふふふ、可愛いですよね〜」
顔の前に出された携帯の画面には、確かにメッセージでのやり取りがあり、《家に着いた》という連絡が最後に残っていた。
まさか、俺を殺す為に、アイツと会う約束をしたというのか?
コップを更に上に傾けて水は鼻の穴にまで入ってきた。息ができない、気が遠くなっていく。
「ゴボッ、ゴボッ……」
-- ヒック --
「あーあ、これで100回目」