青春編8
「英語の辞書は持ってきた?」
前の週の日曜日、美咲ちゃんが辞書を持ってくる様に言ってたので、
「うん」
と言って僕は鞄から取り出した。
「オッケー、じゃあこれ」
と美咲ちゃんが三冊の問題集と、小さな本を一冊、差し出した。見ると、中学三年分の英語の文法の基礎問題集と中学の英単語帳だった。
「これって?」
「私が中学の時に使ってたやつ、もう使わないからあげる。色々考えたんだけど、ヒカル君はこれをやった方がいいと思うの。今日からこれ使って勉強してみて」
「え?」
「この問題集は中学三年分だけど、薄いし基礎問題だから、すぐに終わらせられると思うよ。これを何回も繰り返しやって基礎を徹底すれば、苦手な英語を克服出来るんじゃないかなと思うの。
それと、この単語帳は中学で必要な単語帳で1800位あるの。夏休み終わるまでに覚えよう」
「う、うん」
「あ、無理はしないでね。夏休み終わるまでって言うのは、あくまで私の勝手な目標だから。その方がキリがいいと思っただけだから」
「いや、頑張るよ!良い目標だと思う!夏休みまでに単語も問題集も全部終わらせるから」
「ヒカル君なら大丈夫だと思う、分からない所があったら何でも聞いて。一緒に頑張ろう」
と彼女は笑顔で言った。その笑顔だけで、俄然やる気が出た。 僕はその後、必死で問題集をやり彼女も自分の勉強をしていた。
問題集は本当に基本的な問題ばかりだし、一つの文法に対して、だいたい2ページ位だったので、スムーズに進んだ。時々分からない所を彼女に聞くと、彼女はどんな時でも教えてくれた。
彼女の教え方はとても丁寧で分かりやすかった。
「ヒカル君、覚えが良いね」
お昼を食べてる時に言ってきたので、
「美咲ちゃんの教え方が上手いからだよ」
と僕は答えた。
「そんな事ないわよ、ヒカル君の覚えが良いから、私も教えやすいし、この調子なら夏休み終わるまでには本当に中学英語マスター出来ると思うよ」
「ありがとう」
と言って、僕はジュースを飲み、
「あのさ、家でも分からない所あると思うからさ、連絡先とか教えて貰えないかな?」
と緊張を隠しながら言った。
「え?」
「僕、これを機に中学英語も次の英語のテストも頑張ろうと思うんだ。だから家で分からない所あった時、教えて欲しいから、お願い!!」
と頭を下げた。
「そういう事なら・・・いいよ」
と言って、二人で連絡先を交換した。
僕はその後死ぬ気で英語を勉強し、一週間で一冊のペースで問題集を終わらせた。英単語も、レポート用紙に英単語とその意味や品詞等を書き、部屋中に貼りまくり、見る度に音読し、チャイにかなりうっとうしがられたが、無視して続けた。
分からない所を連絡すると、すぐに返信がきた。
図書館の時と同様に、彼女の説明は丁寧で分かりやすかった。
基本的に勉強の事しか連絡しなかったけど、いつも最後に『おやすみ』や『明日も頑張ろう』と付け加えた。
そしたら彼女も、『おやすみ』や『頑張ろうね』と応えてくれた。学校では相変わらずほとんど何も話さす、名字で呼んでるけど、だから、余計に 二人だけの秘密みたいで嬉しかった。
「来週から期末テスト始まるから、図書館来れないわ」
美咲ちゃんが図書館の帰りに言った。
「え?」
「やっぱりテスト前は勉強に集中したいから、質問にも答えられないかも」
「・・・そっか」
「ヒカル君なら大丈夫。中学英語も学校の英語も凄い頑張ってるから、絶対良い点取れるよ」
「うん」
と言った後、僕は黙って歩いた。美咲ちゃんも黙っていた。
何だかとても寂しくなった。図書館からの帰り道はいつも少し寂しくなるのだけど、いつにも増して寂しくなった。
美咲ちゃんの家の近くまで来た時、
「美咲ちゃん、お疲れ様会やらない?」
と思い切って僕は言った。
「お疲れ様会?」
「うん。勉強頑張ったから、テストの最終日に二人でお疲れ様会やらない?」
美咲ちゃんは、フフッと笑った。
「ヒカル君って面白いね、テスト頑張ろうね」
と言って、美咲ちゃんは家に帰った。
それからしばらくして、テスト期間に突入したが、お互いに一度も連絡しなかった。
『お疲れ様会、海に行きたいです』
テスト最終日の前夜、美咲ちゃんから連絡が来た。
とても驚いたが、すぐに、
『了解です』
と返した。
昨夜の出来事が夢じゃなかったのかと思い、
携帯を聞くと、昨夜の連絡に加えて、
『おはよう、今日楽しみにしています』
と新たにきていた。
僕の中にこの上ない限りのパワーがみなぎり、全身全霊でテストを受け、自転車で全速力で家に帰り、鞄を放り投げ、私服に着替え、また全速力で海に向かった。




