青春編7
日曜日の朝はとても晴れていた。
6月の梅雨独特のムシ暑さはあったけど、風が吹いていたので、自転車こぐのがとても気持ち良かった。
図書館の近くまで来ると、急に心臓がドキドキしてきた。
考えてみると、今日は初めてプライベートで美咲ちゃんに声を掛ける恋の初戦だった。
僕は、恐る恐る自転車置き場に自転車を置い後、その場で深呼吸した。
そして、図書館の入口付近で隠れて見ていると、美咲ちゃんが歩いて来た。
すると、僕が同い年位の男子がいきなり現れ、彼女に声を掛けていたが、彼女はそれを断り、男子はすぐに去って行った。
驚くのも束の間で、また違う男子が現れ声を掛けていたが、
「勉強があるから」
と言って断っていた。
心臓がまたドキドキしだし、今度は手に汗まで握ってきた。
ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!チャイの言った通りだ!!!
美咲ちゃん、マジで競争率高い!!
クラスの男子の間の人気女子トップ5の中にいつも君臨していたものの、実際にアタックされている所を見た事が無かったので、こんなに生々しい現場を見てしまい、気が滅入りそうになった。
でも、ここで負けたら男が廃るし、何より今行った男子達なんかより、僕の方が美咲ちゃんへの思いは絶対的に強いと信じている。
ちくしょう!負けるか!と思いながら図書館の中に入った。
とはいえ、美咲ちゃん自身の目的は、やはり図書館で勉強する事だったので、
二階の窓際に座った彼女は学校と同じ様に、一心不乱に勉強していた。
勉強している時の彼女はとても奇麗なのだが、同時にもの凄く声を掛けにくい。むしろ声を掛けたら嫌われそうな位だ。
なので午前中はいったん様子を見て、昼御飯に行く瞬間を狙おう。
僕は、午後になるまで彼女の姿が見える席に座り、彼女にバレない様に見ながらも、周りにライバルがいないか目を見張った。
やがて午後になり、彼女がやっと勉強の手を止め、ノートや本を片付け始めた時、
「浅田さん?」
と、声を掛けた。(僕は、裏では美咲ちゃんと呼びまくっているが、彼女の前では勿論、名字でさん付けだ)
彼女は驚いて僕を見た。
「びっくりした、時枝君?」
僕は彼女のノートを見て、
「勉強してるの?」
「ああ、うん。時核君も?」
「うん、もうすぐ期末テストだし」
「ああ、そうだね」
「今日はもう帰るの?」
「ううん、お昼買いに行こうと思って」
「じゃあ、一緒に行こうよ。僕もお昼行こうと思ってたから」
「え?」
「あ、嫌ならいいんだけど?」
「ううん、嫌じゃないけど」
僕は必死で緊張を隠し、平静を装った。とりあえずお昼を一緒にという、第一段階はクリア出来たので、心の中でホッとした。
僕達は、近くのコンビニまで並んで歩いた。
「浅田さんて、この図書館よく来の?」
「うん。家から近いし」
「家で勉強しないの?」
「家は誘惑多いし、ここが一番集中できるんだ」
「そうなんだ?浅田さんならとこでも勉強出来るんじゃないの?」
「そんな事ないよ」
「でも、いつも授業中、すごい一生懸命勉強してるじゃん」
「頭悪いからだよ」
「そんな事ないでしょ、浅田さんが頭悪いって言ったら僕なんかどうなの?」
「時枝君は頭良いんじゃない?ほんとは」
「ええ一、僕かなりやばいよ。この前のテストも赤点ギリギリだったし」
「それは、ちゃんと勉強した事無いからじゃない?」
「え?」
「毎日ちゃんと勉強してる?」
「うーん、してないかな?」
そういえば、中学までは記憶が無かったし、何も分からなかったので、必死で勉強してた が、高校に入学してから、あまり勉強しなくなった自分に気づいた。
「ほらね。私は毎日勉強してるガリ勉だから、何とか今の成績が取れてるの、時枝君は、やれば出来る人なんじゃい?」
「え?」
「本当はやれば出来るのに、やらない人なんじゃない?」
「うーん、でも授業聞いてても全然分かんない時あるし・・・」
「時枝君、この図書館また来る?」
「う、うん」
「私、毎週日曜日、あの窓際の席にいるから、分からない事あったら、私で良かったら教えてあげようか?」
「え、いいの?」
「うん、時枝君が頭悪くない事証明してあげるよ」
彼女は、笑顔で言った。
そして、僕達はお昼御飯を買って、図書館の近くの公園で食べた。
外は暑いし、変わらず心臓はドキドキしていたけど、さっきまでとは全然違い、すごく幸せなドキドキだった。
自分の好きな女の子と二人で一緒にいられる事が、こんなにも幸せな事だとは思わなかった。
お昼を食べた後、図書館に戻っても僕達は勉強について話し、僕は特に英語が苦手なんだ。 という事を打ち明けると、彼女は、来週から教えてくれる事を約束してくれた。
夕方になり、図書館の前で彼女と別れ、自転車置き場に行くと、チャイが自転車の前カゴにいた。
「何で家まで送って行かないんだよ!!」
とチャイは僕に怒った。
「だって・・・初日だよ」
「初日だから送って行くんだろうが!」
「いや、あんまりガツガツ責めるのもどうかと思って」
「今ならまだ追いつけるぞ!」
「でも」
「美咲ちゃん他の奴に取られてもいいのか!? さっさと行け!!」
僕は自転車に乗り、猛ダッシュで彼女の後を追った。
チャイはカゴから降り、僕の後ろ姿をじっと見守っていた。
「どうしようチャイ!!」
「ああん!?」
その日の夜、水を飲んでいたチャイに話しかけると、チャイは面倒臭そうに振り向いた。
「美咲ちゃんって呼んじゃったよ!!」
「はぁ?」
「あの後、猛ダッシュで追いかけて、思わず『美咲ちゃーん!』って呼んだら、『何? ヒカル君?』って笑顔で振り向いてくれたよー!!!!」
「そりゃ、良かったな」
と言って再び水を飲んだ。
「で、家の近くまで送って行ったら、『学校の皆に知られると恥ずかしいから、 名前で呼び合うのは図書館だけでお願いね』って! 『じゃあ、日曜日にね』って!」
「おお、そうか」
「チャイー!チャイー!チャーイ!」。
と水を飲んでるチャイを、力一般抱きしめた。
「うあーもう!うっとうしいなー!水飲めねーだろうが!」
と煩わしそうにチャイは暴れたが、僕は離さなかった。
「だってだって、送って行かなかったら、名前で呼び合うなんて事無かったんだよ!!」
「ああ、そうですか!」
「ありがとう、チャイ!!」
「はいはい、まだ付き合ったわけでも無いのにうるせーよ!さっさと風呂入って、飯食って英語でも勉強しろよ!」
「イエース!ラジャー!」
と言って僕はハイテンションで、風呂場に直行し、そのまま夕飯を食べ、すぐさま部屋に戻り、英語を勉強した。




