青春編5
「ヒカルー!」
月曜日の朝、自転車で通学してると、
同じく自転車通学の中川勇太が声を掛けてきた。
「おはよう勇太、昨日はごめん」
「いいよいいよ。それより俺、今日の数学当たるんだけど忘れててさあ、後でちょっと見 してくんない?」
「いいよ」
「助かった!ありがとなー」
「うん」
と言って校門の近くまで来た時、
「おはよう! 美咲!」
と言う声が聞こえ、勇太と二人で同時に振り返った。
「うわっ!」
と二人の自転車が危うくぶつかりそうになり、足を着いた。
「あぶねー!ヒカル、大丈夫だったか?」
勇太が聞いてきたので、
「大丈夫、大丈夫」
と答えた。
「大丈夫?」
その時、聞き覚えのある声が聞こえてきたので、思わず二人で振り返ると、色白で細くて、小さい顔の中にある大きな瞳が、心配そうに僕達を見ていて、まるで天使だった。
「うん、大丈夫だよ!これ位!」
二人同時に答えた。
「気をつけてね」
と言って、美咲ちゃんは女友達と一緒に学校の中に入って行った。
「ありがとう!」
と二人で言った。
「いい匂いがしたなぁ」
彼女が去った後、勇太が鼻の下を伸ばしながら言った。
「そうかなー?」
と僕は言った。
「今、絶対俺の事、心配してくれてたって!!!」
とハイテンションで言ってきたので、
「いや、二人の心配でしょ」
と僕は答えた。
「いいや、俺だって!」
「どうかなー?」
「ああー今日も月曜でかなりだりーけど、学校来て良かったわ!」
「そうだね」
僕は精一杯、興味の無いふりをして答えた。
学校では、恋愛など興味ありません的な空気をかもしだそうと、頑張っている。 じゃないと、美咲ちゃんへの思いに気づかれてしまいそうな気がするからだ。
教室に入ると、クラスがいやに騒がしかった。
「お前ら付き合っちゃえよ」
と声が聞こえてきた。
見ると、クラスの野球部の男子と、マネージャーの女の子が冷やかされていた。
「ちょっとやめなよ、そういう事言うの」
と他の女子が言った。
「お前関係ねーだろ?あれ、なんか二人共顔赤いぜ。もしかしてもう付き合ってるとか?」
二人共、本当に顔が真っ赤になっていた。
「ヒューヒュー!」
と周りが冷やかした。
その時、チャイムが鳴り、担任の男の先生が入ってきた。
「ハーイ、お前ら何やってんだ。ホームルーム始めるぞー」
と言うと皆、席に着いた。
「起立、礼、着席」
クラス委員の女子が言うと、皆それに従い、着席の後、ホームルームが始まった。
ホームルーム中、僕の前の席にいる勇太が、隣の席の男子に、
「さっきの二人、マジ付き合ってるの」
と小さな声で話しかけた。
「どうだろうな?でも、昨日、野球部の帰り、自転車で二人乗りして帰ったのを隣のクラスの奴が見たらしいんだよ」
「まじで!?」
と言うと、担任が、
「こら、中川!何話してんだ!」。
「すいません」
と、注意されていた。僕は、さっき言った美咲ちゃんへの思いもそうだけど、
もしも美咲ちゃんと良い関係になった時、こういう事態になるのは極力避けたいので、普段から恋愛については興味ありませんよと素知らぬ顔をし、
たとえ勇太が話してたとしてもなるべく会話に加わらない様にしていた。
1限目は国語の現代文だった。
僕は教室でやる授業が好きだ。
勉強が好きな訳ではない。教室でやる授業の時が、一番彼女を見れるからだ。
昼御飯の時だと、クラスの人間や彼女の女友達に見つかる可能性が高いし、
移動教室や体育は、場合によっては話したりするので、これも見つかる可能性が高い。
でも自分の教室なら、みんなそれぞれノートを取ったり、眠ったり、こっそり携帯を見たりして、僕が彼女を見ている事にそこまで注意を払ったりしない。
ただ、あたり前だけど堂々とは見れないので、教科書を見るフリをしながら、
チラチラとチャンスがある度に見ている。
彼女の席は、僕の席の左隣から二つ前で、授業中に見るには中々良いポジションだ。
授業中の彼女は真剣そのもので、
先生の話を一つ残らず取りこぼさないぞ!という気概が後ろから見ても溢れていて、もの凄い集中力で授業を聞いていた。
必要ならすぐにノートでも教科書でも線を引き、一心不乱にノートに書き、先生に当てられてもほとんど完璧に答ていた。
僕は、そんな彼女を見るのが好きだった。
きっかけは、お昼のパン代を払ってくれた事だけど、授業中の彼女のこの真剣な姿を見て、ますます好きになった。
勉強を頑張ってる彼女はとても奇麗だった。
今日は、2時間目教学、3時間目社会、4時間自英語と、美咲ちゃんの雄姿を見れる絶好の時間だ。
月曜日は確かにかったるいけど、この時間割だと思うと、朝から張り切れる。
僕は授業なんかそっちのけで、美咲ちゃんをチラチラ見ながら、勉強頑張れ!と密かにエールを送っていた。
昼休みに入り、僕は勇太とお昼を食べながら、美咲ちゃんのいる4人グループの話に耳を傾けていると、
「私さあ、今年の夏休み、家族で沖縄行くんだよね」
という声が聞こえてきた。
「ええー!?いいなー!!」。
と他三人が声を上げた。
「でも家族とだよ。この歳にもなって、しかも私一人っ子だからさあー、お父さんとお母さんと三人で行っても楽しいのかなって」
「近場の民宿とかより、沖縄の方が絶対いいじゃん」
「まあ、そりゃそうだけど、どうせ行くなら彼氏と行きたいなーって」
「え?あんた彼氏いんの?」
「いないけど」
「私達って、男に縁ないのかな?」
ともう一人が口を挟んだ。
「何言ってんの?まだ私達16歳じゃん。いくらでもチャンスあるわよ」
「えーそうかなー?ね一美咲はどうなの?」
「え?」
美咲ちゃんは驚いた。
「そうだ、美咲ならいけるんじゃない?」
「いけるって」
「彼氏とか今までいたの?」
「い、いないわよそんなの」
「嘘、告白とかされた事ないの?」
「ないわよ、そんなの」
「ええーされそうなのに」
うーん。中々良い所をつくな~。
と思いながら彼女達の話を聞いていた。
しかし珍しいなー、いつもなら、今日は市街のショッピングモールにあるスイーツ店が月に一度200円引きになる日だと、誰かしらが言い出して、新作がどうのとワイワイ騒ぎたて、ダイエットもそこそこに、放課後全員で行く事が決まるのに。
朝一からクラスで恋愛の話が出たからだろうか?
お陰で、こっちはおいしい情報が貰えたし、これで僕の心の準備は整ったけど。
ずっとそんな事を考えながら、学校での時間が過ぎて行った。