猫国編9
あまりに非現実すぎる事態を受け入れる事が出来ず、家から一歩も出ないで、誰とも口をきかず、ずっと部屋に籠もり続けた。
両親はとても心配して、何度も部屋に入り話し掛けてきたが、僕は何も話さなかった。
僕がずっと何も話さないでいると、ドアをノックして部屋の前に御飯を置いて行く様になった。
多分、両親も察したのだろう。
僕が本当は何者なのか知ってしまった事を・・・。
僕は心のどこかで両親に、
「お前は人間で私達の息子だ」
と言ってくれる事を期待したが、何も言ってこなかった。
何も言われない事が、自分は両親の本当の子供ではない上、人間ではなく描なんだといいう事実を確信に変え、余計に悲しくなった。
「ヒカル、明日から学校だけど?」
夏休み最後の朝、お母さんがドアをノックした後、聞いてきたけど、僕は何も答えなかった。
「先生に電話しとくから。朝御飯、ここに置いとくわね」
と言った。僕はもう携帯すら見なかった。
自分の事でいっぱいいっぱいになり、美咲ちゃんの顔すら浮かんでこなかった。
そして、一ヶ月が過ぎた頃、勇太が家を訪ねて来た。
「ヒカル、勇太君が来てるわよ」
お母さんがドアの前で言った。僕は返事をしなかったので、
「ヒカル、入るわよ」
お母さんがドアを開けようとすると、勇太がお母さんに、
「このままで構いません」
と言った。
「そう、ごめんね」
と言って、お母さんは下へ降りて行った。
「ヒカル聞いてるか?お前、携帯に既読もついてないし、学校も来なくてどうしちゃったんだよ?」
僕は何も答えなかった。
「俺、ヒカルにどうしても伝えなきゃいけない事があったから、来たんだけど…」
勇太は急に泣きそうな声になり、
「美咲ちゃん、死んだよ。二週間前、学校の帰りに車に跳ねられて」
と言った。僕は被っていた布団の中から顔をあげ、
「え?」と思った。
「俺、全然知らなかったんだけど、お前ら付き合ってたんだってな、お前が学校来てないから、毎日毎日彼女こっそり俺に、連絡来てないか?って聞いて来て、
『何でそんなにヒカルの事ばかり聞くんだ?』
って言ったら、実はヒカルと付き合ってるんだけど、8月頃から全く連絡が取れなくて、電話しても繋がらないから、とても心配してるんだって話してくれて、二週間前に、
『学校終わってからお前の家行きたいから、一緒に来てくれないか?』
って言われて、放課後の帰り道、交差点渡ろうとしたら、信号無視してきた車に跳ねられて、そのまま救急車で病院に運ばれたけど、意識が戻らなくて。
次の日、担任の佐藤が、ホームルームで亡くなったって話してて、その次の日、彼女の席に花が飾ってあって…」
僕はベッドから降りて立ち上がり、部屋のドアを開けた。
久し振りに見る勇太の顔は涙でグチャグチャだった。
「……勇太」
と僕は言った。
「ヒカル! お前!」
勇太は僕の顔を見るなり、怒りをあらわにし、涙を流したまま胸ぐらを掴み、拳を振り上げ殴ろうとしたが、
「お前!!…生きてんじゃん!」
と言い、殴るのを止め、僕を抱きしめた。 その途端、僕も大粒の涙が溢れてきて、
「ごめん!!!」
と言って僕も勇太を抱きしめた。
携帯を見ると、100件以上のメッセージと10件の着信が入っていた。そのほとんどが美咲ちゃんだった。
「ヒカル、お前と初めて話した日の事、覚えてるか?」
携帯を見てる僕に、勇太が話しかけてきた。
「うん。『部活何やるの?』って言ってたよね」
「俺、あの時ただ何となく、お前が席後ろだったから話しかけただけなんだけど、あの時お前が後ろの席にいてくれて、マジでラッキーだと思ってたよ。美咲ちゃんの事を聞くまでは」
「…」
「クラスの誰にも内緒にしてくれって言われてたけど、美咲ちゃん、お前と付き合ってる事をめっちゃ楽しそうに話してたんだぜ。特にお前の英語のテストの点上がった時の事なんか、自分の事みたいに嬉しそうに話しててさ、俺、お前に裏切られた気がして、マジで腹立ったよ」
「ごめん」
「お前なんかこのまま来なければいいのにって本気で思ったよ。でも、二人でお前ん家行く途中、目の前で美咲ちゃんが車に跳ねられたのを見て、俺、ただただボー然と突っ立ってて、その内、周りの大人が救急車呼んでくれて、俺、何も出来なくて、すげー自分が情けなくて、合わす顔なくて、御通夜にも葬式にも行けなかった。
でも、美咲ちゃんの席に置いてある花を見てるうちに、こんな情けないままじゃ駄目なんじゃないかって思い始めて、それでどうしたら良いか考えて、放課後、事故にあった所に花を買って持って行ったんだ。そしたら、これが落ちてて」
猫のキーホルダーを見せた。
「これ、お前が花火大会の時、美咲ちゃんにあげたやつだろ?」
と言った。
「うん」
と僕はうなずいた。
「俺、これをお前に届ける為に今日来たんだよ」
キーホルダーを僕に渡し、
「ヒカル、学校来いよ。俺待ってるかさ」
と言って部屋を出た。
携帯を見ると、美咲ちゃんから、僕との楽しかった事や、嬉しかった事や、身体の心配等が書かれていて、彼女をほったらかしてしまった僕への恨み事は一つも無かった。
着信に留守のメッセージが、一件入っていた。
『ヒカル君、寂しいよぉ、とにかく会いたいです。明日学校で待ってるから、また一緒に がんばろうね」
日付を見ると、夏休み最後の日だった。
僕は、猫のキーホルダーを両手一杯に握り締め、体を震わせながら泣いた。




