猫国編7
眠れないまま朝を迎え、窓を開けたまま何もせずぼんやりとしていた。
何であんな事を言ってしまったのか、自分でも分からなかった。
携帯に美咲ちゃんから連絡が入っていたが、全く見る気になれなかった。
部屋がノックされ、
「ヒカル、朝御飯出来てるわよ」
ドアの向こうでお母さんが言った。
「いらない」
と僕は言った。
「見合でも悪いの?」
「うん、ちょっと熱っぽくて」
「そう、分かったわ。ゆっくり眠りなさいね」
お母さんの階段を降りる音が聞こえた。
僕は窓を閉め、ベッドに入った。
しばらくすると、つけっぱなしのクーラーが利いてきて、とても部屋が涼しくなった。
チャイがいた時は、どんなに暑くても窓を閉めた事は一度も無かった。
それでも暑さなんて、ほとんど感じた事なかった。
チャイといると、暑さも寒さも忘れる程、泣いたり笑ったり出来た。
今はとても寒い。寒くて寒くて寒くて、また泣けてきて、頭まで布団を被ったまま、泣いて眠ってしまった。
目が覚めるとお昼過ぎだった。喉が渇いたので下へ降り、お父さんの仕事部屋の前を通り過ぎようした時、お母さんが誰かと話していた。
「チャイが家を出て行きました。恐らくもう帰って来ないのでは無いかと」
「そうね、随分落ち込んでらっしゃたみたいだったから」
どこかで聞いた事のある声だった。
「でもまだ心配だから、一応、ヒカルの両親を拉致しといたわ」
「え?拉致って?」
「だって、もしヒカルが猫の姿に戻りたいなんて言い出したらどうするの?」
「あなた達、ヒカルを愛してるんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、そういう事で、また何かあれば報告してちょうだい」
「はい」
僕はさっと扉から離れ、違う部屋へ隠れてこっそり見ていた。
黒い猫が・・・廊下を通り過ぎ、お母さんが人目を気にしながら玄関を開けた。
あれは間違いなく、ヒビだった。
何でビビとお母さんが話しているの?
僕の両親を拉致って?
両親ならここにいるじゃん!
猫の姿って何?僕はどう見たって正真正銘の人間だよ!
意味が分からないよ、お父さんもこの事知ってるの!?
頭が混乱してきた。
部屋へ戻り、ベッドの上でボー然とした。
携帯の通知音が何度かが鳴ったが、全く見なかった。
14歳で目覚めた時、全ての記憶が無かった。
でもお父さんとお母さんが必死で、僕をリハビリして、サポートして、育ててくれて、そのお陰で、高校にも現役で入学出来た。
記憶が無いのは、4歳の時に事故に遭い、ずっと寝たきりだったからだと聞かされていたからだ。
僕はそれを信じて疑わなかった。
疑う余地も無かった。
だって人間は人間にしかなれないんだし…。
でもヒビははっきりと、僕の猫の姿って言った。
それに僕の両親を拉致・・・。
僕は混乱のあまり、目を開けたまま布団を被ってじっとした。
どれだけの時間が経ったか分からない位、ただただじっとしていたら、
部屋の窓に何かがぶつかる様な音が聞こえた。
風か何かの音だと思い無視していたが、何度も鳴るので、もしかしてチャイが帰ってきたのかと思い、
「チャイ?」
と言いながら、すぐに布団から出て窓を見た。
すると、二匹の灰色の猫が窓からこっちを見ていた。
すでに日が暮れて夜になっていた。
僕が窓を開けると、二匹は部屋の中に入って来た。
一匹は灰色をしていて、もう一匹も灰色なんだけど、顔に黒い模様が入っていた。