第9話 異端認定
そこに、王侯貴族に対する敬意は含まれていない。
空気が一瞬で変わった。
一人道化と化していたラムダにならうよう、皆が兵士や騎士を求め出したのだ。しかし願いは届かない。兵士が出入口を固め、動こうとしない。
ーーそう、兵士は既に入れ替わっている。
さながら阿鼻叫喚。
誰も来ない地獄絵図。
「そこな小娘。役立たずとは誰のことか」
ハラルド・ライン・ウォーシュタイン。陛下の表情は優れない。汗をかいているな。冷たい汗は、どんな味だ。
「ここにいる全員だ」
告げると同時、ミーシャとアリスが玉座周辺からこちらに降りてきた。
素早く私の隣へと並び、奴らと向かい合う。
「もういい。茶番は終わりだ。エルカといったな、話がある。奥へ来い」
立ち上がろうとしたハラルド王は、しかし立ち上がれなかった。出入口の封鎖が解かれない。
確認したゲッツア殿下が、こちらに降りてきた。
我々の後ろに立つ姿は、まさしく後見人といった光景だろう。
旗色を翻し、並び立つミーシャが口を尖らせる。
「エルカ先輩、ひやひやさせないで下さい」
「あらミーシャ、堂に入っていたわ。あなた女優向きよ」
「好きでやったわけじゃありません。二度とやんないです」
ナチュラルメイクが良く似合う、私の可愛い後輩。胸を押さえる辺り、本当に緊張していたのだろう。
アリスは純真さを瞳に携え、私を見つめる。
「エルカ様、私頑張りました」
「そうね。あなたには荷が重いと考えていたけれど、成長したわね」
「ありがとうございます!」
小さな少女は頬を紅潮させ嬉しそうだ。
だが、言わなくてはならないことがある。
「ところで……二人共話盛ったな?」
両脇を交互に睨みつける。
「話盛ったよな? なあ話盛ったよな? お前ら完全に盛ったよなあ? 誰があそこまでやれっつった?」
「……ミーシャさんがやれと言いました」
「ちょっとアリス! 違います先輩、私達にはいつもああ見えて……違う誇張、そう必要な演出! テンプレに乗れって、先輩が言ったんじゃないですか!」
アリスは身内を売るのが早過ぎる。そしてミーシャは先輩への敬意がなってない。二人共教育が必要だ。
必要以上に話を盛るな……誰のことか分からなくて困惑する!
「ふむ、こういうからくりか」
「いえ、仕上げが残っています」
殿下の呟きに、音速には劣るが反応する。
「一体どういうことか……騎士団はどうした!」
ついに獲物が狼狽え始めた。
「それはどちらの騎士団ですか、司祭」
ルドルフ教会司祭。我が国を始め、周辺一帯に浸透した信仰の代弁者。
「ふざけるな異端者! この悪魔め!」
「黙れ性犯罪者」
「だ、誰がっ……!」
「いい年こいてみっともない」
少年少女に対する暴行の常習犯。信仰を隠れみのにした行いは、さながら悪魔の所業。
「騎士団? 教会騎士団、それとも神殿騎士団でしょうか。或いは王国騎士団」
「病院騎士団に我がライン騎士団とてある!」
「ライン騎士団はお前の幕下ではない。増長ここに極まれり」
「なっ……!」
じじいが、あたふたしやがって。
おとなしく聖典でも読み耽っていれば、縛につく程度ですんだろうに。だがお前はここに来た……!
「この集まりは継承問題を議論する為のもの。なぜ教会の司祭如きがのこのこ顔を出した」
「如きだと……この不信心者め! 教会に仇なしこの世界で生きていけると思うなよ!」
老いた司祭が世界を語る。
これほど滑稽な様はあるだろうか。
「お前の言う世界とはなんだ」
「知れたこと! 神が創りたもうたこの世界! 貴様信仰を、神の教えを否定するか!」
「よく知らないからどうでもいい」
聴衆と化していた者達が、怒りの視線を向けてくる。なるほど、これは付け入る隙が少なそうだ。この手の社会で、意味不明な壺を売るのは難しかろう。既に分厚い勢力で固まっている。
救済のお題目を掲げながら、内情は真逆。看板に偽りを記すのは、古代からの常道と言える。背後関係に気を配らねば、何者かの操り人形と化す。
関わらぬが第一、取り締まるが第二。第三の選択は……。
「しかし一つ言えることはある」
「これ以上我が信仰を冒涜すれば……」
「すればなんです。贖宥状を乱発するぞ、ですか」
「免罪符の何がいかん! 人心を救う為、教会の行いに異義を唱えたな! 貴様は異端者だ! 司祭権限による決定だ!」
ルドルフにより正式に認定された。ありがとう司祭。




