第7話 追放とミステリー
皆が正気に戻ったよう、陛下の顔色を窺っている。
「では陛下。教会は後程ということですので、ご裁断を」
ゲッツア殿下が仰々しく礼を執る。
「追放。後、拘束。教会は独自に判断されよ。身柄は渡さん」
国王陛下が重々しく言い放つと、ラムダは快哉を叫ぶが如く腕を振り上げた。
そうなの、そんなに嬉しいの。
皆も当然と言った顔だ。
では、こちらも遠慮はしない。
改めて、
「皆様ご静粛に。慰謝料を請求します」
私の要求を言葉とする。
「今更何を。君は全て失う! 短い命だったな!」
ラムダは勝者の顔をしているが、私の戦いはこれからだ。
「さっきから何をしているんです? 私は私で用があってここに来ました」
「どういうことか」
殿下が応じ、ラムダは冷笑を浮かべていた。陛下は憮然としている。それはそうだろう、ハラルド陛下に物言える者はごく限られている。
「皆様に対し、慰謝料を請求します」
「何を言っている」
「この間、天下国家の為に働いて来ました。地域の安定、外交ルートの開拓。わけの分からない異世界転生者。それを召喚する女神、は私は何もしていませんが。とにかく働きづめでしたわ」
ネイルをする暇もなかった。髪の手入れもままならない。皆が遊んでいる間も、私は働きづめだった。
「誰の命令、誰の指示か」
殿下の無駄のない問いかけに、短く応ずる。
「私です」
「君は何を言ってるんだ?」
ラムダが水を差す。殿下と話しているのに。何度めか、ラムダにこうして呆れられるのは。皆も同様のようだけど、呆れているのはこちらも変わらない。
仕方なく首をラムダに向ける。
「いずれ来る魔族、魔王との戦い。地域紛争、或いは大戦に備え駆けずり回っていました」
「わけの分からんことを! 気でも狂ったか!」
「わけは分かるでしょう。ラムダ、あなたが証明してくれたわ」
「……どういう意味だ」
言葉とは裏腹に、ラムダの表情から血の気が引いていく。自覚はあるようだ。
「無断外泊、国外で。見ていたのでしょう?」
「僕が見たのは隣国だ」
「ルナリアの最南端、確かに行きました」
「証拠は!」
「いや、あなた出しちゃってるじゃない」
ラムダが言葉に詰まった。やはり、悪魔崇拝の件だけでなく証拠資料を提出したな。なるほど、だからゲッツア殿下はついでなのか。
「追放と言ってるだろう……!」
「結構。そちらがそうなら、こちらも同等」
「全く別次元! 国家の決定に逆らうか! この反逆者め!」
「裏切ったのはあなたよ、ラムダ……」
私の婚約者。幼い頃から結婚を約束された、思い出の人。あなたとこうして本音で話すのは、今日が初めてかもしれない。そして最後。
「言い分がある、ということか」
ゲッツア殿下は些か戸惑いながら、正確に受け止めてくれた。
「もちろん、慰謝料いただきます」
「それだけではないな。悪魔崇拝など、何やら関わっているとみた」
「黙れっ!」
突然ラムダが大声で叫んだ。とても正気とは思えない。悲壮感を漂わせ、私を憎々しげに睨みつけている。さながら狂気の塊だ。
奥底に何かを孕ませ、彼は口を開いた。
「悪魔崇拝してただろう……」
「さあ」
「悪役令嬢はざまあされる運命……」
「そう」
「追放されるのがテンプレ展開……」
「へえ」
「テンプレは正義……」
「ほう」
「テンプレからは誰も逃れられない……」
「そうかしら」
「悪役令嬢が追放されることこそテンプレ!」
「ふーん」
「テンプレ否定は絶対に許されない!」
「なんで?」
「テンプレ展開こそが嗜好であり至高だからだ!」
「言質取れた。ありがとうラムダ」
ラムダを含め皆様頭の上に疑問符が浮かんでいる。
それはそうだろう。
なら、私が解決するしかない。
ミステリよろしく、情報は全て開示されている。
「ラムダ、あなた異世界転生者と繋がりがあるわね」
「何を……そんなものはない……」
弱々しいな。見ていられない。
「テンプレート、これを略してテンプレという。定型を意味します」
「そんなことは知っている」
「なんで知ってる」
返事がない。ラムダに戸惑いが見られる。
「テンプレ展開とは、決まった物語の展開という意味ですね。今回は私が追放されてざまあ、ということにしたかった」
弱り戸惑うラムダに代わり、殿下が対応する。
「誰がだ。ラムダ君か?」
「……裏切り者がここにいる」
静かに告げると、皆はともかく殿下と陛下は理解したらしい。