第4話 悪魔崇拝疑惑
「貴公、証拠はあるのか」
「はい。彼女は先だってある集会に参加しています。それが、悪魔崇拝の儀式だった……」
「証人は。目撃者はいるか。場所は」
ゲッツア殿下は矢継ぎ早に確かめる。
ラムダは鷹揚とし始めた。王族相手に相応しくはないが、自信の表れと言ったところか。
「証人は参加者の一人。目撃者はその家人。場所は控えさせていただきます」
「構わん。いつどこで誰が、何をなぜどのようにしていた」
おう、5W1H。まさか殿下の口から聞けるなんて。
詳細を訊かれ、ラムダも恐縮したらしい。自分が侯爵家の令息に過ぎないと思い出したのだろう。
「はっ」
「気合いは必要ない」
「そういう意味のはっ、ではありません」
「そうか。答えよクラウザーのラムダ。これは由々しき問題だ」
はっ! 殿下の仰る通り。私は心で気合いを表す。
「一週間前の深夜、場所は旧王都東地区。悪魔崇拝者共の集会があり、悪魔を崇め召喚する儀式を行っていました。召喚術は禁じられた古代ローマニアのもの!」
言い切った、大した度胸だ。旧王都はゲッツア殿下のお膝元。これは荒れる……!
「ふむ、報告は上がっておらんが」
「仔細は報告書にて。証拠、証人も用意してあります」
「そこまでか。手際が良いな」
「はっ。ありがたき幸せ」
殿下はひげを撫で様子見模様。
皆は驚天動地の事実に言葉すら出ない。
ラムダは勝ち誇ったかのようだ。
なるほど、私は針の振り切れた異端者ということか。
さて、どうしよう。
「弁明するなら今だ、かつての婚約者よ」
「いえ、別に」
思わず返事すると「え!?」という皆の声にならぬ驚きが広がった。
「べ、弁明しないというのか……」
「ええ、特には」
これにはラムダも驚いたのか、皆と同じ反応になっている。
「ですけど、一つよろしいでしょうか」
「そう、言いたいことは今しか言えない」
「そうですか。では、婚約破棄についてお伺いしてよろしいかしら」
「……今?」
「だって今言えと」
一瞬弛緩しかけた空気は、
「追放だ! そんな者追放である! 絶縁、いやそもそも我が娘ではない!」
「そ、そうよ! あんな娘産んだ覚えはありません! 別人、拾った恩を仇で返す異端者です!」
私の両親によって元に戻る。
ああ、実家に迷惑をかけることになるのか。
と今更ながら実感。
我がライン・アールブルト家の危機でもある。
弟や妹、親類筋から使用人まで累が及ぶ。
なるほど、良く考えたものだ。
侯爵家の一つに過ぎない父と母が呼ばれたのは、そのせいね。
「失礼のないようにせんとな」と父は浮かれていた。母は「アールブルトを目にかけて下さるなんて!」と、若き日の舞踏会よりはしゃいだろうに。
なんとも親不幸。
だが娘だ。あれ、私が知らないだけで実の娘じゃない? ちょっとよく分からない。
まあいいわ。親離れするにはいい機会。
「婚約はお互いの両親によって進められたものです」
「何を言う! でたらめを言うな我が娘!」
父さんが認めた。やはり実の子?
「ちょっとあなた! 私はあんな子知りません!」
「そう、そうだった。いやしかしでは誰の子だ!」
「拾って来たと言ったではないですか!」
うん、母の狼狽振りから見るに実の子のようだ。こればかりは男には分からない。子宮を管理するのは、女性自身。
「つまらないことで揉めないで下さい。しかし追放、確かに追放案件ですね」
ラムダが割って入り、かぶりを振って無念さを演出している。
「追放は国王陛下、もしくは諸侯により決定されるもの」
「確かに。が、異端か否かは教会の専権事項。どうされる、ルドルフ司祭」
ゲッツア殿下に水を向けられ、司祭ルドルフはよろよろと前に出る。お付きの従者は教会の人間だろう。年若い男性だが妙な格好をしている。趣味が合わない。王宮にチェック柄の腰巻きを持ち込むな。なんだそのスリットは、ただの裂け目じゃないか。教会とは心底相性が悪い。
そんな私の心象も知らず、ルドルフ司祭が重々しく口を開いた。
「確かに専権事項。しかし、本日は継承問題を議論する集まりのはず」
「では放任しろと?」
「そうではない。教会は事実関係を知らん。そちらの資料を得てから取り調べる。それぐらい察しなさい」
「申し訳ありません」
なぜかラムダが応答し、勝手に謝罪している。
「では王家の皆様、並びに諸侯。エルカ・ライン・アールブルトを追放するか否か、お決め願いたい!」
随分と強気だ。教会が後ろ楯になってくれるとでも思ったか。いや、違うな……。
皆の顔は青ざめている。
悪魔崇拝に悪魔召喚。こんな場で告発するのなら、きっとそれは事実であろうという空気。それが醸成されてしまえば、一気に流れは傾く。