第3話 反社疑惑
「おかしな話です。彼女、エルカ・ライン・アールブルトは一人の女性。それが未踏の大地に到達し、魔獣跋扈する地域に入り込んだなんて」
おかしいと思うなら、言わなければいいのに。
だが皆は信じたらしい。
固唾を呑んで見守っている。
やはりゲッツア殿下だけは平然としているが。
「そう一人なわけがない。常に男の影がある」
不倫疑惑みたいに言われ出した。話の規模が宇宙の終わりのよう収縮している。
これが噂に聞く宇宙ひも理論!
違う、あれは確か特殊性について語られたもの。この状況は特殊だけれど。
「ではその男とは誰か。通常の護衛であれば問題ありません。許可を取っていれば!」
擬音を付けるならドーン! と言った風に決めているが、早く続けて。
「淑女の皆様、護衛と聞いて誰を思い浮かべます?」
「騎士団の方々でしょうか?」
ミーシャが応じ、ラムダは満足そうに頷いた。こいつら……打ち合わせしてるな。それなら私も混ぜろよ。
「よりによって冒険者ギルドです」
「なんてこと! あの金を積まれたらなんでもやるという、ほぼ反社なあの組織! あり得ないわ!」
ミーシャ、あなた舞台女優目指した方がいいわ。とてもコミカル。
「そうでしょう。あのほぼ反社、いや反社会的組織と断じていい奴らと手を組んだ!」
ラムダの身ぶり手振りも舞台俳優のそれに近づいてきた。いいぞ、もっとやれ。
「これは一体どういうことです、エルカ嬢。あなたは反社会的組織と繋がりがあるんですね! どうです!」
いや……前提として反社会的組織ではない。反社会的な奴らもいる、が正確。言い出すときりがないが、どの組織にも一定数存在する。後は看板を掲げているか、或いは社会的性質と法的な問題。
私がどうこういう話では……。
「どうなんだエルカ! 君は彼らと付き合いがあるのか、ないのか!」
「はあまあ。あると言えばありますわ」
「自白取った! 皆さん聞きましたね!」
ラムダは手柄を得たかの如く振り返ったが、反応は芳しくなかった。それはそうだ、皆多かれ少なかれ冒険者ギルドとは付き合いがある。
彼らの上がりを税収として巻き上げるのが、王国の仕組み。社会はそうして回っている。
「うっ、ううん……なるほど皆さん同情的。或いはまだ信じられないのでしょう」
咳払いしているが、違うと思う。これなら男を漁りまくってた、の方が受けは良かっただろう。王家継承問題を、議論する場に持ち込む勇気があればの話だけれど。
気を取り直し侯爵令息ラムダは続ける。
「そのギルドすら追い出された人物と繋がりがあるとしたら、どうです……」
ほぅ、と皆興味をそそられたらしい。なるほど、ギルドに追い出されたは確かに興味深い。
「確かな名はありません。ですが人殺し。殺人事件の数は数えればきりがないほど。そんな人物と彼女は知り合いなのです」
まさかの指摘。殺戮の異名を擁する、勇者を知っているとは。彼、聖王国の内情まで調べたの?
「そやつが悪魔というのか」
ゲッツア殿下が口を挟んだ。
ラムダは遠慮がちにかぶりを振る。
「いえ、殺人鬼ではありますが悪魔ではない。犯罪者として、ギルドの賞金首になっています」
「そうか。で、悪魔の話はどこにいった」
「これから」
「ふむ」
ゲッツア殿下は眉間に皺を寄せているが、気持ちは分かる。
「ルナリアの南方は未踏の大地。そんな場所に彼女はなぜ足を運んだのか。もはや答えは出ています」
遠足。ウォーキング。観光。映えスポット。自分探し。
色々ありそう。
「皆様、悪魔崇拝をご存知でしょうか」
きゅっと喉が鳴る音がした。老いた司祭だ。教会からすれば絶対捨て置けない話題。それをこんな場で。
あの司祭の名は、ルドルフと言ったか。私を睨み付けている。
「ルナリアのどこかに悪魔、地獄の門と繋がる場所があるという話をご存じですか」
「お伽噺に聞くものでしょうか……」
なぜかアリスが割って入った。凄い、あんな引っ込み思案だった娘が人前で話せるようになるなんて。ちょっと泣きそう。
「ふんっ、今更涙しても遅い!」
ラムダは如才なく指摘するが、そっちじゃない。人の成長に涙してるの。
「事実あるのです! そしてエルカ・ライン・アールブルトは、その悪魔と契約した!」
「なんてこと!」
ミーシャだけでなく皆が驚愕している。
契約した、と言い切ったのだ。
いた見た聞いた、とは話の次元が違う。