第2話 フィアンセはストーカー?
初老の王族。まさかゲッツア殿下が口を挟むなんて。威風堂々としたその様は、実に堂に入っている。バリトンボイスが特徴的だ。整えられた口ひげは見事なもので、飾りでないと示している。
あれを毎日手入れしているなんて、まるで乙女と変わらない。
「確かに……殿下の言う通りです」
「だろう。一体何が原因か」
「皆様にお聞かせするのは心苦しく。これでも元は婚約者。公然と批判するのは心が痛みます」
今なんつった? 何を言ってるの。ここは天下の王宮。有力者の顔が幾人足りないけれど、王侯貴族が雁首揃えて、今更心のどこが痛むというの。
そんなに痛むなら医者を呼べばいいのに。
私は邪魔しない。
「それほど酷い話かね」
「はい。それでもよろしいというのなら。心ならずも語らせていただきます」
「よろしい。聞かせてもらおう。本来は王国の継承を話し合う場。国家の大事を話すに、余興を持ち込んだ君の勇気は認めよう」
「まさしく。国家の大事に関わりかねません……」
そこまでか、と一同息を呑んでいる。
さながら皆、推理小説の最終局面に立ち会う登場人物のようだ。
犯人は私らしい。
一つ息を吐き出し、勇を奮うかのようラムダはこちらに向き直る。
「エルカ・ライン・アールブルトは、悪魔と通じています」
強烈な台詞が場を凍りつかせた。
誰もが固まり、思考が停止したかのようだ。
なるほど確かに、教会関係者がいる。
彼自身にもリスクが生じる発言だ。
「彼女は以前から無断での外出、外泊が多かった」
「年頃だろう。それがどうしたというのだ」
ただ一人、ゲッツア殿下だけは違うらしい。平然と問いかけている。
「はい。ですが国外ともなれば話は変わります」
「国外であったか。では許可が必要。隣国も同様だな」
「その通りであります」
「で、いずこに行ったというのだ。話に聞かんのはなぜか」
殿下の素朴な疑問に、ラムダは声を落とした。
「ルナリア大陸は今、魔獣蔓延る事態となっています」
「うむ。魔族の討伐はいずれ考えねばならない。百年続く戦いは実に悲惨。大陸中央、北方が危ういとなれば我が国も同様。今は隣接するエストバル地域の安定が第一だが」
「彼女は魔族との戦いが続くエストバル地方、更に聖王国ナルタヤにまで足を伸ばしたと調べはついています」
よくもまあ。私のフィアンセはストーカーだったのか。それも婚約者ゆえと思えば可愛いものだけど、今は糾弾されている。
「真逆のルナリア大陸南方にまで赴いた。そちらで妙な話を耳に入れました」
ラムダの告発に皆心奪われているが、それあなたも来てないと耳に入らないよな? 出国許可取ったのか? 届け出ちゃんとしたの?
でも婚約者、どこまでも追っていたのでしょう。使いに見張らせていたのかもしれない。健気。
「なんと彼女は未踏の大地、ルナリアの南端にまで足を運んでいるのです……!」
思考停止状態だった周囲が騒然とし始めた。
なるほど確かに、私達のルナリアは南北長く連なる巨大な大陸。
正確には北ルナリア大陸と南ルナリア大陸に分かれているが、歴史に埋もれ皆事実を知らない。この南ルナリアだけがルナリアだと信じて疑わないのだ。
その地形「奴」が言うには「異世界」の「南北アメリカ大陸」とやらに似ているらしい。
「未踏の大地、ルナリアの南端は魔族の手こそ伸びていないが、魔獣は確かに存在するっ……!」
ラムダ、あなた見てきたように言うのね。魔獣動物園でもあったんだろうか。私見てない。行ってみたい。