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侯爵令嬢の華麗なる追放劇  作者: 文字塚
第1章 侯爵令嬢の華麗なる追放劇
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第16話 私達の誓い

「皆様、立会人となっていただきたい」

「承諾しよう。王家を代表し立ち会う」


 ゲッツア殿下の返答にラムダは小さく頷いた。

 そうして、涙も枯れた目で私を見つめ続ける。


「エルカ、僕は約束を守れなかった」

「そう、そうなのね」

「正式に婚約破棄を申し出たい」

「はい。承知致しました。今までのご縁、感謝致します」

「ありがとう。恥のついでとは言わない、そこの転生者のことも話しておく」

「承ります」


 ラムダは拳を握り締め、グッと何かを呑み込んだ。


「いつからだろう、君が僕から離れて行ったのは。離れてなどいないと、君は言うだろう」


 彼は自嘲を込め紡ぐ。


「離れたとは文字通り、物理的にだ。成長した君は、いつしか国外へと赴くようになった。奉公人から聞いた時は、心臓が飛び出るかと思った」


 ラムダはふっと視線を、ミーシャとアリスに向けた。


「ライン・アールブルトの威光はライン国内にあってこそだ。国外に出れば僕らを知る者などいはしない。いや、ごく限られている」


 笑みを零しラムダは続ける。


「最初は僕が守ると意気込んだ。いつか叱りつけてやろうと考えていたぐらいだ。これでも腕に覚えはある。だけれど、その必要は全くない。そう、君が言うようライン王国で三本の指に数えられる。その強さには敬服するしかない」


 視線が陛下へと向けられる。十代の若者が、壮年の大人を見る視線。


「彼女が何をしているのか僕には理解出来なかった。徐々に隣国から遠く離れては、さすがの僕も自信がない。大抵は腕に覚えのある使用人、ギルドで口が堅いと自称していた奴を向かわせたこともある」


 皆に聞かせるよう彼の口振りが変わった。


「おおよその見当がついた頃には、君はルナリアの南端に到達していた。ギルドは死者が出たらしく、支払いは膨大なものだ」

「なぜ騎士団に頼まなかった」


 ラインの騎士が声を上げた。


「婚約者を見張れと言われ、呑んでいただけるのですね」

「いや、活動を監視しろと言い換えればよい」

「真摯ではない。それは偽りです」


 若さを滲ませるラムダに、ラインの騎士は静かに口を閉じた。


「次は北方エストバル地域。ここまで来れば、もはや戦場に赴くのと変わりない。聖王国ナルタヤ、殺戮の勇者、君はどこまで行くつもりなんだ」


 どこまでも、この命尽きるまで。


「恐怖した僕は、教会に通うようになった。お手間を取らせました。僕はここで、罪の告解を行うようになった。転生者と知り合ったのはごく最近です」

「そうか、続けよ」


 殿下が鷹揚に応じ、ラムダは目礼している。


「最初は自分の話ばかりだった。どうすれば強くなれるか。どうすれば許すことが出来るか」

「何を許すというのだ」

「見知らぬ男と出会い続けることです、殿下。お聞きになっていたでしょう。呆れられてしまったが、どうかお聞き下さい」

「うむ」


 殿下はバツが悪そうで、一言ですませた。


「おかしいと思いませんか。男女が一夜を共にして、何もないはずがない」

「そうかなあ……」


 ミーシャの素朴な感想に、ラムダは笑みを浮かべる。


「君、許嫁は」

「い、いません」

「そうか。ではそれでいい」

「はい……」


 ミーシャもアリスも首を傾げているが、察してはいるだろう。


「無理だ、僕には。基準は常に自分しかない。それでも君を裏切らなかったのは、状況をつくらなかったからだ」


 ラインの騎士が小刻みに頷いている。何か思い当たることでもあるのだろうか。


「でもきっと君は裏切っている。告解室でそれを話した時、出会ったのが転生者、そいつだ」

「そうであったか」


 神殿騎士のそれは、励ましにも受け取れた。恥を晒す彼に、思うところがあるのだろう。


「君も裏切れば対等。転生者は何度もそう言った。だが、裏切ってしまっては婚約は意味を成さない」


 語気が強くなる。


「童貞処女を守ると誓い婚約した! けれど僕は守れなかった! メイドに手をつけ、心底悔やんですっきりしたよ!」


 騎士二人は何か言いたげであったが、見守ることにしたらしい。

 私も見守るしかない。私の元婚約者なのだから。


「そしてまたそいつだ。婚約など破棄してしまえばいい。そうすれば、罪の意識から逃れられると。それはそうだろう。だけど、それじゃ意味がない! 僕は君に問いかけたかった。あの誓いはなんだったのかと!」

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