第12話 女神とスローライフ
さて、全て回収するとしよう。
空気を一変させる為、私は気迫をそっと仕舞う。
「では皆さん、慰謝料の時間です。お支払いは滞りなく、よろしくお願いしますわ」
幾人かが広間を無理やり出ようとしている。これまでもいたが無駄。全て押し返され完全に封鎖されている。
「何を、何を求めるというのだ」
思いもしないところから声が飛んできた。
すっかり燃え尽きたと思っていた、ラムダその人だ。げっそりと痩せこけ、見るに堪えない。膝をつきながら、それでも私と向かい合う。
「えっと、あなたからは婚約破棄の慰謝料」
「他は」
「役に立たないクズを処理する諸費用」
「雑多過ぎる。君の両親もいるのだぞ」
「そうね。心苦しいけれど、全て支払っていただきます」
「王族は」
「配慮などはありません。特別扱いは禁止です」
「陛下は」
「同様」
「教会はどうする」
「教会改革は焦眉の急」
「信徒共が黙っていないぞ」
「黙らせるわ」
「どうやって。改宗でもさせるか」
「ただただ、殺戮の限り」
「正気か」
「邪魔さえしなければ、何もしません」
立ち上がったラムダは、声を張り上げた。
「無実の者を戮殺しようというのか!」
「罪のない者などいない」
「陛下! あなたも何か言って下さい!」
あなた呼ばわり。まあ、私が注意することでもない。その陛下は、
「ちと黙れ」
ただ一言だけだった。
「黙らない! こんな勝手な話あるか!」
「いえ、もう遅い」
「何がだ!」
「あなた、方々を見て何か気づかないの?」
私の言い分に、ラムダは周囲を見回したが口を閉ざした。
分からないと顔に書いてある。まともな状態なら気づくだろうに。
一方、如才なく気づいたのは転生者マイケルだった。
「そうか、有力者が足りない……」
「よろしい。妥当としましょう」
「でもおかしい。仲間に引き込んだなんて聞いてない」
「有力諸侯の半数はこちらについた。教会の情報網を信じ過ぎたわね」
「僕はスローライフを送りたいだけです」
「女神を」
「分かりました売ります」
転生者自称マイケルはカラッと言い切った。
ミーシャもアリスも、ゲッツア殿下も目を丸くしている。
「売るの? どこにいるのかしら?」
「案内しますよ」
「今、嘘をついたわね」
「え、いや?」
如才ない奴だが、我々を甘く見すぎだ。そんな簡単にいくならこれほど大事にはしていない。
「女神はバコバコと転生者をこの世界に送り込んでくる。まるでカエルや鮭の産卵のように」
「一緒に止めましょう。それが理由で僕まで疑われては敵いません」
話にならない。こいつは自分の立場を理解していない。もはや話す理由も乏しいが、それでも言って聞かせる。
「何かしら理由はある。が、捕らえたのはたった一人の女神。しかもルナリア最強の男、勇者が執念と偶然を以て成した」
「凄いなあ、僕なら秒で売ります」
「なぜそちら側にいる」
「お仕事でそれこそ偶然ですね」
「継承問題を話し合う場は、スローなライフなの」
「僕は見ているだけですよ。スローライフは譲れない! あなたも一緒にスローライフ! どうですか?」
「たわけうつけまぬけ」
罵りを受け、それでも転生者は顔しかめるだけ。
どうでもいい。情報は全て公開されている。
「性犯罪者の傍はさぞ心地良いだろう」
「まさかそんな人だなんて」
「内部告発を握り潰したな」
「僕じゃない!」
「言質取ったわ」
自称マイケルの表情が明らかに変わった。
「知らないのになぜ否定するの」
「誘導尋問だ。どちらも知らないって意味なのに、だから中世な世界は嫌いなんだ」
愚痴るよう言うが、転生者の価値観など私の知ったことではない。何より、お前は知っていたはずだ。確信を胸に、マイケルと対する。
「ちなみにだが、教会上層部において司祭共の悪行を知らぬ者はいない。無論側近もだ」
「知らないものは知らない」
「女神の居場所も知らない」
「知ってます」
「ならお前が女神だ」
「……男ですけど? tsじゃないですよ?」
「女神は居場所を絶対に知らせない」
「偶然知ってるんです。まぬけな女神だったから」
「もしそうならいつでも捕らえられるので無用」
頑とした拒絶だったが、自称マイケルは諦めが悪かった。
「こんな機会滅多にないのに。後悔しますよ?」
「お前を信じる馬鹿はこちらにいない」
「なんでそんなに転生者を憎むんです?」
「憎しみなどない。既に殺戮の限りを尽くしている者達に、遠慮は無用」
「暴論だ」
マイケルは嫌悪を投げつけてくるが、いつまでもこいつと問答するつもりはない。だから、私は最後のカードを切る。
「お前の相手ばかりしてはいられない。一つだけ黄泉への手向けをくれてやる」
「なんだよ、いらないよ」
子供染みた振る舞い。ふてくされるマイケルに対し、端的に告げる。
「転生しろ」
「……は?」
「さっさと転生しろ」
「何を言って……」
それは冷たく、なんの色も感じさせない。
マイケルの表情から少しずつ血色が失せていく。
「転生すればいい。死に戻りでもいいぞ。何度でもやり直せ。都度殺してやる。まあ私でなく殺戮の方の勇者かもしれんが」
「そんな都合よく転生出来たらみんな必死に生きませんよ。親ガチャって言葉知りません?」
初耳だ。が、どうでもいい。




