第11話 転生者
道理の分からぬ老人と、呑み込みの早過ぎる若者。彼らに対し、私は冷たい視線を投げ掛ける。
「なぜここに君達がいるかもう理解しただろう」
「僕はマイケルです。分かりません」
「そうかマイケル。まずお前はマイケルではない」
不思議そうな顔をしたのは、マイケルと名乗る者だけではなかった。ミーシャやアリスも同様だ。騎士達、ゲッツア殿下もピクリと反応している。そして司祭。だがもう、お前は用済みだ。
「わざわざ集まってもらったのは、君達を処分する為だ。それが私への慰謝料。労働の対価であり、妨害行為の代償」
ずっとそう言い続けて来た。ラムダが派手に説明してくれたので、大して補足する必要もなかった。
「各騎士団は正しく現状を把握することに成功した。私と共に魔族との最前線、エストバルやルナリア最南端にまで赴いたのだ」
「そういうことでしたか……」
マイケルと名乗る者は、とても興味深そうに頷いている。頭髪の非対称が気になって仕方ない。
「冒険者ギルドも同様。殺戮勇者への懸賞金はともかく、ライン王国における中立を確約してくれた」
「力を見せつけたんですね」
「そうとも言う。互いに力をぶつけ合えば被害が出る。見せ合うぐらい、釣りが出る」
「ごもっとも」
むかつく野郎。
「私がどれほどの者か、そもそも知らないとは恐ろしい話だ。お前ら王侯貴族ではないのか」
お歴々の阿鼻叫喚はとうに去り、もはや当事者意識すら持ち合わせていないように見える。
「人の上に立つ者が、最前線を駆けずり回る私を知らない。このライン屈指、三本の指に入る私を知らない。なぜ? 無能か敵かーー裏切り者だからだ」
全てはこの日の為、ただそれだけの為。
誰も口を開く者はいない。
たった一人、マイケルと名乗る輩を除いて。
「実際魔族と対峙していないのですから、仕方ないですよね」
「ならば無能」
「でも敵ではありません」
「そうかもな。しかし彼らはいずれ地域や国を売る。そうして植民地が出来上がる。古代から行われる典型的な分割統治法」
「ローマが有名かなあ。大航海時代以降も、似たようなことが起きましたね」
もはや隠そうともしない。やはりマイケル、お前はマイケルではない。私の確信に、マイケルは声色を変え低く呼応した。
「つまり異世界転生者が敵だと、そう言いたいわけだ」
「理解しているらしいな、転生者」
既に注目を集めていた彼に、全員の視線が集まった。だがこの男は身動ぎもしない。
「申し訳ありませんが、転生者イコール敵っていうのは、いただけない。それは受け入れられない」
調子を戻した彼は、まるで理解が足りないと言わんばかりに開き直って見せた。余裕すら窺える。ならばこちらも、相応に振る舞い告げるとしよう。
「そうか。では帰りなさい」
「はい?」
「元いた世界に帰りなさい」
余裕ぶっていたマイケルの表情に、初めて歪みが見えた。違和感を隠せずにいるが、それでも彼は抵抗を見せる。
「いや、だから転生ですって」
「そうか。元いた場所に帰りなさい」
「ですから、僕はここに生まれ変わったんです! 僕はこの世界の一個の人間! 堂々たる権利を持つ個人です!」
なるほど物は言いようだ。
「ふざけた転生ボーナスとやらを携えていなければ、さあそうだなと認めてやっても良かった」
「なんです、それ?」
「貴様らが魔王に付かなければ、確かに知ったことでもない」
「僕はここにいます」
「お前はきれいな手をしていると言いたいわけだ」
「何もしていません。ただ生きている、それだけです」
「では女神を差し出せ」
「はい?」
間の抜けた口調とは裏腹に、マイケルから動揺が見て取れる。だが、当然私の知ったことではない。続け、再びマイケルに告げる。
「お前を転生させたという女神を差し出せば万事よしなに取り計らってやろう」
「そんなこと出来ません」
「では敵だ」
「なんでそうなるんですか! 短絡的過ぎる!」
短絡的とは随分な言い草だ。ならば言わねばならんだろう。
「少しは自分を省みてはどうだ。そもそもの発端は、お前らがざまあだの追放だのチートだの、無双だの悪役令嬢だのを持ち込み始まった話だ」
これだけ説明してやったのに、マイケルと名乗った転生者は「僕はスローライフがしたかっただけなのに」と呟き、俯いたまま口を閉ざした。
何を馬鹿な、同情でもすると思ったのか。信ずるに足りない。そもそも、戯れ言はここに必要ない。




