第10話 役不足
感謝ついでに、教会には以前から言いたいことがあった。だからあえて問いかける。
「ところで、免罪符を購入したらなんか購入者特典とかあるんですか?」
「……何を言っている」
司祭がラムダ化してしまった。
「だから、素敵な役者や華麗な踊り子、或いは歌い手との握手券とか付いて来るんですか?」
「あるかそんなもん!」
「だったらいらんわ! せめて豪華付録ぐらい付けろ! 創刊号を舐めるなよ! ビジネスは真摯に行え! このくそ信仰屋が! サービス業の風上にも置けん!」
威圧的文言に、敵意を向けていた奴らが色めき立つかと思っていた。だが違った。当然だ、伝わっていない。理解出来ない話だった。
「あの、司祭様は神の名の下、ラインにご加護あらんと招きに応じただけ。どうか、司祭様を責めないでいただけますか?」
それは唐突に訪れた。司祭のお付きが、たどたどしくも意見してきたのだ。若い男性。変わった衣装を身にまとい、今まで口出しして来なかった。これは強く拒絶する。
「黙れ。役に足らん。若造は引っ込んでろ」
「いえ、このままだと慰謝料請求が教会にまで及びかねない。それは、とても困ります」
「役に足らん。なんだそのふざけた衣装は。喧嘩売ってんのか?」
スカートのようだがファッション性の高いそれ。スリットというでもなく、裂け目があるから覆ってはいない。頭髪は半分が刈り上げられ、左右非対称。教会関係者のくせになんだこのふざけた装いは。
「聖職者なら聖職者らしい格好をしろ。何事も形からだ」
「私は聖職者ではありません」
「見れば分かる。役に足らん、すっ込んでろ」
「役不足かもしれませんが、私は皆様が心配で。話し合う余地はありませんか?」
役不足だと……そうか、お前がそうなのか。ずっと探していた、お前がそれなのか。ゲッツア殿下に目配せをして、兵士を招き入れる。合図と共に騎士と兵士がなだれ込む。ただし選りすぐり。周囲を取り囲むことこそ肝要。
「役不足なのか? 名は」
「マイケルと申します」
「やあマイケル。お前がマイケルだ」
一見遠慮がちに見えるマイケルに、私はにこやかに応じた。どう感じたかまでは読み解けないが、彼は淀みも見せず語り続ける。
「はい、マイケルです。どうかお助けを。お情けをいただけませんか? あなたが何をしたいのかは、皆様よくよく理解されたでしょう」
「いいや全く。しかし君は理解したらしいな」
「全てとは申しません。ですが慰謝料の請求は、かなり広範に及ぶでしょう。そして今、騎士団に取り囲まれている」
正しい認識だ。
司祭ルドルフは、困惑の色を深めに深め叫んだ。
「なぜ教会騎士団が……神殿騎士団は我が教会幕下!」
「そうね。不思議な話」
「どうなっている。お前達、なぜそちら側にいる!」
どうやら教会、神殿騎士団の者がいるらしい。人選までは関わっていない。見れば武具甲冑が確かに不揃いだ。気の毒な老人を前に、私は首を傾ける。
「まーだ分からんのか」
「分からん……」
素直でよろしい。ルドルフの困惑は、老いたその身では当然とも言える。だから告げる。
「以降、教会の指導権は、教会騎士団と神殿騎士団によって執り行われる」
「そんな馬鹿な話があるか! 天と地を返すなどありえん!」
「返った。誰だって仕切りたいだろう? 少なくとも性犯罪者に仕切られるままよりはマシだ」
「濡れ衣だ! ふざけるな!」
反応が若い。老いた司祭とは思えない。無駄に元気で活きがいい。感心していると、再びマイケルが口を開いた。
「騎士団が簡単に寝返るとは思えません」
「マイケル。確かにお前はマイケルだ」
「マイケルです。一体どうやって寝返らせたんですか?」
マイケルの口振りは現実を受け止めてのものだ。
「片方が寝返れば片方が折れる」
「いえ、政争になります」
「片方に他の騎士団と私が付いた、としたら?」
「……なるほど、そういうことですか」
マイケルは理解したようだが、司祭ルドルフは全く違った。
「そんな馬鹿な話があるか! 王国騎士団やライン騎士団に、お前に付く理由はない! 病院騎士団とて事実上我らが幕下だ!」
甘いな。人の話を聞いていないのか。やはり老いぼれ。本質を理解していない。
「騎士団はなんの為にある」
「知れたこと! 神の教えを広げ、異教の者を退け改宗を促す為! 貴様ら、この小娘に誑かされたか!」
敵と戦う為と。大体合っていると言いたいが、仮想敵は誰だ。
「マイケル、君はどう思う」
端的な問いかけに、マイケルは躊躇いもなく応じた。
「信仰を広げるのは教会の役割。戦うことが、騎士団の本質かなと」
「正解。敵だ、それが重要」
「敵とは誰ですか?」
「あらゆるものだ」
誰が敵になるか分かったものではない。だからこそ、こうして私はここにいる。




