日向ぼっこの猫又くん
キーンコーンカーンコーン。
長年聞き慣れたチャイムが学校に鳴り響く。静かな図書室にも染み渡るように音が響く。後五分で昼休みが終わりを知らせる予鈴。六月の新入生だが高校から突如として現れたにしてはもう馴染んでいる。
私、末永 葉音はパタンと本を閉じて席を立った。
今日も何もせず終わった。
ジャンケンで負け続けて、余りものでなった図書委員。昼休みが潰れることにさえ、目をつむれば良物件だったみたいだ。
人付き合いで疲れがちな私にとってはかなりありがたい。私抜きでグループのみんなは何を話しているのか気になってしまうけれど。
図書室でスマホをいじるのはどこか気まずく、私も本を取って読んでいる。別に読書が好きなわけではない。嫌いなわけでもない。可もなく不可もなく。JKらしくスマホの方が好きなので家で読むことは一切ない。苦にならない程度だ。
いつもなら予鈴が鳴る頃には人ひとりっ子いない図書室。
ソファで文庫本を読み耽っている男子が一人。極遅のメトロノームのようにパラ、パラと紙媒体特有の音がする。日光の差し込み本と男子を照らす。物憂いな雰囲気はどうも絵になる。これぞ、インテリの良さ。
その耳には黒色のイヤホンが。高級なノイズキャンセルが入っていてもおかしくはなさそう。気づいていないなら教えてあげた方がいいかも、だよね。
こういう場面で陽キャラさん達とは差がつくんだろうな、と動きそうにもない男子の様子を伺いながら自分の性格を再確認。
あれ?もしかして同じクラスでは?
新入生だし、六月だし、ほとんど異性と話すことのない私。当分青い春など来なそうな私からすれば、同クラスだと分かっただけで胸を張れる。
確か、名前は猫又 駆、くん。
クラスでちょっとした有名人だ。・・・さぼり魔として。
一週間全部来たら珍しいほうだし、基本授業は寝るか、スマホをいじるか。一応怒られないように先生は選んでるみたい。嫌々学校に来てるのがよく分かる。
けど、ぼっちってわけじゃない。休み時間は友達とだって話すし、部活にも入ってる。それに割りと交友関係は広いほう?だとは思う。色んな人と話しているし、いつの間にかそこにいるみたいな感じ。固定のメンバーで話している覚えも考えてみればないかも。
クラスに何人かはいる。あの陽の者、陰の者どっちでも話せるタイプだ。つまり、私の憧れのタイプ。
タイムリミットも近づいていることだし、そろそろ決心しなければ。
つんつん、猫又くんの肩を貧弱な指でか細く叩く。
猫又くんという名前で合っている自信はある。けれど、万が一間違った場合、その後想像するだけで地獄だ。指摘される名前の間違い、必死に謝る私、漂う気まずい雰囲気。
イヤホンを外しながらゆっくりとこっちに肩を向けてくれる。
「あれ?授業行かなくてもいいの?」
猫又くんに先制を許し、気怠るそうに背伸びをしながら言い放った。
「猫又くんだって授業出ないといけないでしょ」
予想外の言葉にちょっと驚く。自分は行かなくてもいいのが滲み出てるんだもん。
猫又くんはイヤホンをくるくると畳み片づけている。
「いやまぁそうなんだけどね。逆になんでここにいるの?」
「図書委員の当番で」
「暇だったでしょ。絶好のさぼりポイントなのもほとんど人が来ないからやし」
「本当にそう。だって私三日間座ってただけだよ」
「俺も今日他にここで人見てないし。みんなここもう覚えてないかもね」
話がちょっと盛り上がりそうな所で授業の始まりのチャイムが鳴った。
慌てて時計を見るもそのチャイムは合っている。今から走っても教室と図書室の階は違うし間に合わない。
うわぁ、あれだ。静かな教室に『すみません、遅れました』って言うやつだ。みんなの注目を集めて公開処刑、晒し。
「ほら早くっ。行かないとっ」
猫又くんは店員さんみたいに図書室の出口へと手を向けた。まったく焦っていないというか、楽しんでない?さぼり魔的には嬉しい展開だから?
「一緒に行こ」
けど一人で行くよりはマシだ。猫又くんは余裕綽綽。
「あ~。俺早退届も出してるんだよね」
よいしょ、と言って持ち上げたのはバッグ。猫又くんの体に隠れて見えていなかった。だからまったく焦っていなかったのか。
「一緒にさぼるのはできるけど?」
「~~っ!」
ニコニコのままバッグを背負って図書室から出ていこうとする猫又くん。腕を上に上げて左手は右肘に上げて伸びをする。
「じゃあね~」
こっちを見ずに右手をヒラヒラ。
「じゃあっね!」
愕然としつつ、私はそんな猫又くんを抜き去って教室へと向かった。
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