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第63話 「告白」

「なんで、蒼樹が謝らなきゃいけないの……? あたし、全然心当たりないや」


 美佐からすればそうだろう。俺の本心を全て打ち明けたことはないし、そもそも俺自身が気づかないようにしていたことだから。


「俺さ、去年のクリスマスから、ずっと――美佐のことを好きだと思ってた」


「……」


「それで、付き合えるようにって、遊びに誘ったりしてたんだよ」


「……そっか」


 去年からこうして美佐に告白することを目指してきた。


「気づいて……は、ないよな。流石に」


「好きかどうかは置いておいて、蒼樹が自分から女の子を遊びに誘うの珍しいなとは思ってたよ。予想外なのはそうだけどね」


 美佐の頬が赤くなっている。

 確かに、女性不審を拗らせていた頃の俺を知っている美佐からすると珍しい光景だっただろうな。俺が美佐を誘うなんて。


「そうなんだ。蒼樹、あたしのことを好きになってくれてたんだ。良かった、あたしも――」


「それも、全部自分への嘘だったんだ。俺も、それに気づいたのは最近なんだけど」


「…………………………」


 美佐が呆気にとられている。俺を見つめる瞳に、期待とは別の感情が浮かんでいるように見えた。


「……………………え、どういうこと? さっき、あたしのこと好きって……」


「そう自分を思い込ませてたんだ。そうじゃなきゃ、俺は立ち直れなかったから。今思えば、自分勝手で最悪な考えだけど」


 去年のクリスマス、俺は願い事を書くときに思ったんだ。――思って、しまったんだ。


「俺さ、普通になりたかったんだ。普通に勉強して、普通に友達と遊んで、普通に――彼女を作って。美佐には何度か話したこともあったと思う」


 美佐は小さく頷く。


「女の子を疑ったり、嫌ったりするのは好きでやってたわけじゃない。そうしないと、怖かったんだ。また裏切られたらどうしようって思ってさ」


 裏切られたくなかった。離ればなれになりたくなかった。だから……信じたくなかった。


「そうやって他人を疑い続けても、やっぱりどこかで普通に戻りたくて……俺は、美佐を受け入れた。女性不審が和らいだのは、美佐のコミュ力が大半だったけど、その中には俺の意識もあったんだと思う」


 普通に戻りたいという願いと、信用してはいけないという疑念。相反する感情が俺に生まれたからこそ、美佐が入る隙間が出来た。


「でも、俺が普通に戻りたいと思った時――周りに女子はいなかった。当たり前だよな。自分から突き放しといて、気持ちが変わったら今度は集まって欲しいなんて……そんなこと、ある筈がない」


 俺の元カノ以外の女子は無関係。見知らぬ男子から急に憎まれ、恨まれたらそりゃ近くから離れていく。

 俺だって女子側の立場だったら間違いなくそうする。


 ――全部、自業自得だった。俺が勝手に失望して、俺が勝手に絶望していただけ。


「俺の周りには女子が近寄らなくなって……唯一、俺に話しかけてくれたのが美佐だった。もちろん、俺を避けない美佐に特別な想いがないわけじゃない。けど、それは恋心じゃなかった」


 美佐を好きだと思い込むようになった理由は、目の前にいたから。たったそれだけだ。

 俺に近づいてくれる相手が美佐しかいなかったから、好きだと思うことでなんとか「普通」になろうとしていたんだ。


「気づいてた、はずなんだよ。それなのに、自分が普通に戻りたいからって理由で見て見ぬふりをしてた。本当に俺は――最低だ。ごめん。俺の自己満足のために、美佐を利用して。……本当に、ごめん」


「……」


「美佐にとっても、迷惑な話だよな。勝手に好きになられて、勝手に自分語りされて。美佐が俺を気持ち悪いって思っても仕方ない。その覚悟で、俺も――」


 一人で盛り上がって一人で勝手に落ち込んでる今の俺を見て、美佐はドン引きしてるだろう。

 キモすぎて、きっと嫌われたはずだ。そう思って美佐の方に視線を向けると、そこには。


「……美佐。泣いてる……のか」


 一粒の雫が、美佐の頬を伝っていた。


「あれ、なんだろ。目にゴミでも入っちゃったのかな」


 美佐は慌てて目を擦る。


「そっか……そうだったんだ。いやでも、一時だけでも好きだって思ってもらえてたなら良かったよ!」


「美佐、もしかして……」


 誤魔化すような明るい笑顔と声。無理やり取り繕っているのだと分かった。俺だって、そこまで鈍感じゃない。


「――なんでもないよ、本当に。だから、蒼樹は気にしないで」


 俺が言葉を発する前に、美佐が止めた。それ以上言うなと目が訴えかけている。


「じゃあ蒼樹、こんなところでゆっくりしてる場合じゃないね。早く行ってあげないと」


「じゃあって、どういうことだよ。さっきの話となにも繋がってないだろ」


 俺が美佐に対して偽りの恋心を持っていたことと、「行ってあげないと」という言葉が結び付かない。


「行くって一対、どこに……」


「――蒼樹が本当に好きな人のところに、だよ」


「なにを、言って……」


「蒼樹が恋をしてるのは分かってたよ。蒼樹が好きになるとしたら、誰を好きになるのかも。全部、分かるよ。だって――ずっと見てきたから」


 入学してから今日まで、美佐は俺と一緒にいた。友人の一二三と同じくらい……下手すると、もっと長い時間を共にしたかもしれない。


「行ってあげて。きっと、あの子もそれを望んでるから」


「……美佐」


「急がないと、『クリスマス』終わっちゃうよ」


 それは、決定的な言葉だった。美佐には、全部お見通しみたいだ。


「美佐――本当に、ごめんな。それと、ありがとう」


「……うん」


 俺は美佐に頭を下げてから席を立つ。店の代金だけ払って外に出る。



 蒼樹が店を出ていって、静かになった部屋の中。あたしは窓からは夜景を眺めていた。


「分かってた。分かってたから……こうなるってことも、最初から。だから……早く、泣き止まないと」


 蒼樹の姿が見えなくなった瞬間、あたしの瞳から涙が溢れた。


 ――あたしは、蒼樹のことが好きだ。


 理由なんて大層なものはない。単なる一目惚れってやつ。


 もちろん好きになった当時は女性不信が酷くて、まともに会話も出来なかった。そんな蒼樹を、女子は敬遠していた。


 それでも、あたしにはそれが蒼樹の本当の姿だとは到底思えなかった。


 なにか、「そうならざるを得ない理由」があったように見えた。だから、蒼樹の本音を知りたくて、とにかく必死に話しかけ続けた。


 一年近い時間をかけて、クリスマス前日、ようやくあたしは蒼樹と「友達」になった。

 蒼樹は少しずつ女性不信を治してきたけど、それでもどこか女子を怖がっているのは分かった。だから、あたしは「友達」以上には踏み込めなかった。蒼樹の地雷を知っているからこそ、踏み込んでいけなかった。


「でも、ぐいぐい行ってても、駄目だったんだろうなぁ」


 恋愛要素をちらつかせると蒼樹から壁を作られるのは目に見えてる。それに、たとえあたしがどんな行動をしたところで、蒼樹があたしを好きになるとは思えなかった。これはなにか理由がある訳じゃない。ただの勘だけど。


 すっかり湯気の消えたコーヒーカップを手に取り、口に含む。


「……苦っ」


 舌を苦味で覆い尽くす。けれど、よく味わうとほのかに甘味が感じられる。


 これはきっと――恋の味だ。

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