第61話 「遊園地デート」
俺と美佐は遊園地に来ていた。
「遊園地といえばジェットコースターだよねー……って、そういえば蒼樹は苦手なんだっけ」
「そうだったけど、最近は割と行ける気がする」
以前芽依と来た時に乗ったし、芽依のソリ(空を飛ぶ)に乗せてもらったこともある。
多少は耐性がついてるような気がしなくもない。
「だけど……ちょっと乗るのに勇気いるから、最後にしようぜ」
「あはは、無理しなくていいのに」
「無理じゃないって! 行けるんだよ! ……多分」
「最後の『多分』聞こえてたよ」
小声で言ったのにバレてた。怖いもんは怖いから仕方ない。
「最初はできる限り動かないやつの方がいいよね。あ、お化け屋敷とかあるよ!」
そういえば、芽依と来た時は入ってなかった気がする。
もしあの時、芽依と入っていたら芽依の怖がる顔が見れたのかもしれないな。
またチケットが取れたら誘ってみるか。
「入ってみるか? って言っても、俺も美佐もホラー系は苦手じゃないもんな」
「行ってみようよ! 案外楽しいかもしれないよ?」
遊園地って言ったらお化け屋敷は定番っちゃ定番だしな。
しかも、遊園地に来て真っ先にお化け屋敷を選ぶ人も少ないし、入りやすそうだった。
「じゃあ、まずはそこからだな」
俺たちはお化け屋敷に入っていく。
「ねえ蒼樹! あの機械凄い! どういう構造してるんだろ!」
「ねえ蒼樹! 衣装めっちゃ凝ってるね! あたしも作れるかな」
「ねえ蒼樹! なんかいい匂いしない?」
お化け屋敷の中を回る美佐は楽しそうにはしゃいでいる。はしゃいでるんだけど……
「なあ、美佐」
「どうしたの?」
「……楽しんでるところ申し訳ないし言いづらいんだけどさ」
ずっと思ってた。なんなら入り口過ぎてからもう察してた。
「……ちょっとお化け役の人気まずそうだから、その辺りにしておいてあげて」
お化けを見ても衣装のこだわりとかに反応するけど、一切驚かない。
頑張って驚かそうとしてるお化け役の人可哀想すぎる……
心なしかしゅんとしてるような気もする。
「でも、文化祭とかやった後だと、衣装の作り込みとか気になっちゃうんだよね。職業病ってやつ?」
これは企画とか主催側ならではの感覚なんだろうな。
お化け屋敷はすぐ通り過ぎてしまい(驚かないし立ち止まらないから)、俺たちはコーヒーカップに乗っていた。
「こうしてると、小さい頃を思い出すなぁ」
「美佐は昔来たことあるのか」
「うん。コーヒーカップ回し過ぎて怒られたっけ」
「そんなやんちゃな時期があったんだな。今からすると全然イメージ湧かねえ」
「割とあたしははしゃいだり騒いだりするの好きなタイプなんだよ? 最近はこういう落ち着いた自分にも慣れてきたけど」
「性格を意識的に変えてんのか?」
慣れてきた、という言い方に引っかかった。
「ほら、蒼樹の心を開こうと頑張ってた時期だよ。うるさい女子とか教室にいると蒼樹露骨に嫌そうな顔するし」
「あの時の俺、そんなに顔に出てたのか」
「嫌そう、辛そう、しんどそう……みたいな、ネガティブな感情は分かりやすかったよ。その代わり、ポジティブな感情があるかは分からなかったけど」
当時の自分を客観的に見れてないから分からないけど、そこまで顔に出てるのはちょっと恥ずかしい。
「そろそろ降りよっか」
俺たちしばらく話してから、次のアトラクションに向かう。
「ということですやってきました、ジェットコースターです」
「緊張してきた……」
「蒼樹が耐えられるようになったのか、楽しみにしてる」
「お、おう。任せろ……」
いけるはず……いけるよな?
俺は若干冷や汗をかきながら、ジェットコースターに乗り込んだ。
「めっちゃ蒼樹頑張ってたね! あとは手とか上げれたら完璧じゃん!」
「手あげるとか無理だって……一生手すり掴んでた……」
手すり握りつぶす勢いで握ってたけど、なんで美佐は手を離せるんだ。
とはいえ、前よりは楽しむ余裕が出来たような気がする。それもこれも、芽依と事前に来てたおかげだな。あと、ソリも。
ソリは二度とごめんだけどそこだけは感謝しないとな。
◇
しばらく遊園地で遊んで、もう日も暮れてきた。
「最後に観覧車乗らない?」
「オッケー。って、すっかり美佐がリードしちゃってるな。……本当は、俺がその役割やりたかったんだけど」
「そうだったんだ。リードしてくれるかっこいい蒼樹も見たかったけど、あたしはこれでもすっごく楽しいよ」
「……なら、良かった」
観覧車に乗り込んで、ゆっくりと高度が上がっていく。
「……楽しかったね、今日」
「そうだな。俺もこうして美佐と一緒に来れてよかったよ」
「ジェットコースターに乗れる蒼樹新鮮で面白かった~」
「そんなに面白いもんでもないと思うけどな」
まだ完全に夜にはなっていないけど、視界は悪くなっている。
観覧車から見える景色にも、ぽつぽつと明かりのついた建物が見える。
「生徒会とかやってるとさ、色々とやることあって中々遊びに行けなかったり、優等生風を装わなきゃだったりで窮屈だったんだよね」
「そんな風には見えなかったけど……そうだったんだな」
「だから、今日は特別はしゃいじゃったかも。蒼樹、疲れてない?」
「大丈夫だ。前来た時に歩くことは分かってたからな」
「前来た時~? 誰と言ったの~?」
「あ……」
つい言ってしまった。別に隠すことでもない気はするけど、なんだか気恥ずかしい。
「芽依と来たんだよ。そん時もジェットコースターには乗ったな」
「それで耐性がついたのか。なるほどね」
一瞬、無言の空気が流れる。
俺は、脳内で芽依の言葉を思い浮かべていた。
『美佐さんとの決戦の日はクリスマスにしましょう!』
そうだ。俺はこれを伝えなきゃいけないんだ。まだクリスマスまで少しあるけど、先に美佐にクリスマスの予定が出来てからでは遅い。
……遅い、のだけど。俺の口は開かない。
『お兄ちゃんってさ、自分に嘘吐くの得意だよね』
『わたしは基本的にお兄ちゃんのこと好きだし、味方でいる気だよ。だけど、自分を騙し続けてるお兄ちゃんだけは、あんまり好きじゃないかも』
『でも心当たりがあるなら――もっと自分と向き合った方がいいかも』
あの日、紫音が言っていたこと。ああまで言われて、意識しないわけがない。自分の、本当の気持ち。
今日、美佐と遊びに来て、その答えが掴めたような気がした。だから――
「――美佐」
観覧車の頂点、ビルの明かりが飾り付ける景色の中で、俺は美佐を見つめる。
「どうしたの?」
「クリスマス、予定ってあるか?」
言わないといけない。俺は、自分の気持ちを。
「……クリスマスって、ちょっと早くない?」
「予定が出来てからじゃ遅いからな」
俺の視線から逃げるように目を逸らした美佐は呟く。
「ないよ。どっかに行くの?」
「そう、だな……どこ行くかは、俺に決めさせてくれ」
「うん、分かった」
ちょっと積極的すぎたかともおもったけど、美佐は受け入れてくれて良かった。
観覧車は降りていく。ゆっくりと、確実に。
「そろそろ終わりだね」
「そうだな」
そして、観覧車は地上に着いた。それは、俺達のデートの終わりを意味していた。
俺たちは電車で帰る。その間、遊園地での思い出を話したり、これからの学校生活に思いをはせたり、色々だった。
「それじゃ、あたしこっちだから」
「ああ、またな」
小さくなっていく美佐の背中を見送る。そして、俺は自宅へ帰る。
「おかえり、お兄ちゃん。今日はどうだった―……って、あれ?」
玄関で出迎えてくれた紫音を無視して、俺は自室へ向かう。ベッドへ倒れるように寝ころんで、枕に顔を隠す。
最後の最後。美佐を見送ったあの瞬間、あの瞬間に俺は――ようやく気付いた。
自分の気持ち。紫音の言っていた意味。その全てを。
――気づかないようにしていた。でないと、俺は俺を好きでいられなくなるから。現実逃避だったんだ。それを、気づいてしまった。
「――あぁ」
最後まで気づかなければ良かったのに。……いや、そう考えることすら自分に失礼だ。
「――俺は、最低だ」




