30話 「蒼樹の罪」
好きだと、そう確かに書かれていた。誰が? そんなことは考えるまでもない。ここは芽依の部屋だ。芽依以外にこれを捨てる人間はいない。
「芽依が、俺のことを……?」
にわかには信じがたい事実だった。そもそも、芽依と俺は高校生になってから初めて出会った。芽依自身もそう話していたはずだ。クリスマスの日まで関わりもなかったし、顔を見たこともない。それで俺を好きになるのはどう考えたっておかしい。
なら芽依が好きになったのはクリスマス以降のことなのか。そうとしか考えられない。だけど、好かれるようなことをした心当たりはない。あくまで友人として接してきたつもりだった。
動揺が収まらない内に、部屋の扉が開かれる。下の階に降りた芽依が戻ってきたのだ。
「蒼樹さーん、お菓子持ってきましたよ~。お母さんがクッキーを作ってくれてたみたいで。一緒に食べましょ!」
俺は慌てて紙をごみ箱に戻し、元々座っていた場所に座る。何事もなかったように振る舞い、芽依の持つお盆を引き取る。机の空きスペースにぴったり収まったお盆。その上には紅茶の入ったティーカップが二つと、カラフルなクッキーが乗った皿があった。
「蒼樹さんって紅茶飲めます? そういえば聞いてなかったなと思いまして」
「飲めるから大丈夫……だけど」
芽依の顔をまともに見れない。声もぎこちなくて明らかに挙動が不審だ。自分でも分かるほどに。
「蒼樹さん、どうかされましたか?」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる芽依。普段ならありがたいと思えるその気遣いも、今はただ、気まずかった。
「お菓子とか持ってきてもらったのに悪いんだけど、ちょっと気分が悪くなってきたみたいだ。ごめんな」
「そんなことより体調悪いって……やっぱりソリでの移動が原因では……すみません、本当に」
「違うよ。そうじゃないんだ。だから、気にしないでいい」
芽依を安心させたくて、精一杯柔らかな声色にして言う。
「申し訳ないけど、今日は帰るよ。家に誘ってくれてありがとう。また、学校で」
それだけ言い残して、俺は逃げるように部屋を飛び出す。足早に家を出て、帰ろうとするが、自分の家までどうやって帰ればいいのか分からない。
大体の方向を予想して走る。自分の中にある思いを消化させる方法が他に思いつかなかったから。
走っている内に、公園が見えた。俺の家から少し歩けば着く場所だ。勘で走った割にはちゃんと家に近づくことができていたようだ。
公園のブランコに腰掛けて、荒れた息を整える。準備運動もなしに走り出したものだから足が痛い。そもそも、走るための靴も履いてきてないし。
だけど、それよりも心の方がよほど痛かった。




