表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/66

23話 「花森 芽依」

 実は私、昔から蒼樹さんを知っていたんですよ。昔から、といっても中学生の頃からですけど。

 蒼樹さんとは同じ中学でした。別々のクラスで会うことも話すこともほとんどなかったです。私が蒼樹さんを初めて知ったのは、修羅場の最中でした。


「ごめんね、蒼樹。わたしはもう好きになっちゃったの。今からやり直すなんて無理よ」


 人気のない校舎裏。私がいつも野良猫と遊んでいる秘密の場所で、それは行われていました。女の子と男の子が恋人繋ぎをしていて、対面している男の子は泣きそうな表情でした。隠れてこっそり聞き耳を立てるなんてマナーが悪いのは分かっていますが、私はその場所から離れられませんでした。


 経緯は考えなくても分かりました。泣きそうな男の子、蒼樹さんと呼ばれた生徒が彼女に浮気をされたのでしょう。それを伝えられている場面。これは泣いても仕方がない状況です。


「だから、ごめんね。彼氏も友達としてなら関係を続けても良いって言ってくれてるんだけど……無理だよね」


 勝手な言い分だと思いました。蒼樹さんがまだ彼女を好きだと分かっていながらそんな提案をするなんて。

 私はサンタの家系。人に幸せを届けることが使命であると両親から教えられて生きてきました。だから許せないと思う感情はありましたが、無関係の人間が関わっても事態がこんがらがるだけなのは目に見えています。


 蒼樹さんはそんな元彼女たちを目の前にしてこう言いました。


「それが……君の幸せなんだよね。俺より、ずっと幸せにしてくれる人を選んだんだよね」


 途切れ途切れで、今にも消えてしまいそうな弱弱しい声。聞いているだけで不安になってくる、そんな悲壮感溢れる声。


「……君が幸せになれるなら、俺はそれで良いんだ。君の幸せを祈ってる――ずっと」


 そんなことを思ってるはずがないのに。嘘でも元彼女に気を遣わせてまいと、虚勢を張ったのです。恨んでも良いのに。憎んでも良いのに。それでも幸せになってほしいと口にできる蒼樹さんが――私には眩しく見えました。

 虚勢でも本心でも、今の言葉を表に出せる時点で私は尊敬できる人だと思いました。サンタとして、人に幸せを届ける仕事をする上で、誰かからその気持ちを踏みにじられても決意を変えない。


 蒼樹さんはどうしようもなく可哀そうな人で、どうにかしてあげたくなる優しい人でした。私は多分、その時からあなたのことが好きだったんです。


 翌日、学校の廊下ですれ違った蒼樹さんは別人のようでした。女友達から話しかけられても無視をしていました。心を閉ざした蒼樹さんに私の言葉は届かない。サンタとしても、人間としても未熟な私は、なにもしてあげられませんでした。


 そして、高校に入学しました。私が蒼樹さんと同じ学校に入ったのも、偶然じゃありません。好きな人と同じ学校に行きたいと思うのは珍しいことではないと思います。

 新しい環境になって蒼樹さんの心にもなにか良い影響があれば、と期待しましたが。……やはり駄目でした。

 今年からお父さんから私に衣装をプレゼントしてもらい、私もサンタとしての自覚を持ち始め、蒼樹さんの支えになりたいと思うようになりました。だけど、クラスが違う私にできることは少なく、蒼樹さんに近づこうとする異性をサンタアイテムで遠ざけるぐらいでした。


 蒼樹さんが元彼女の幸せを祈ったように、私も蒼樹さんを幸せにしたい。たとえ私が付き合ったりできなくても、蒼樹さんが気楽に生きていけるなら、それで。そう、思っていたはずなのに。


「すまんがぎっくり腰で今年のサンタ業務をこなせそうにない。芽依、いきなりで悪いが頼めないか?」


 クリスマスの日。私はお父さんに伝えられました。正直、今の私に務まるとは思えませんでしたし、お母さんとか、他の人とか。私より適任はいました。だけど、見つけたんです。プレゼントを届ける人の名簿に、蒼樹さんの名前を。


「分かりました。やります。やらせてください」


 私は迷わず答えました。サンタとして、たくさんの人に幸せを届けないといけない。それでも私は、蒼樹さんが好きなんです。ただ一人のために動く私は、サンタ失格です。


 蒼樹さんの家に到着して、サンタアイテムで窓の鍵を開けて中へ入ると、蒼樹さんは起きていました。

「あれ、起きてたんですね? 蒼樹さん」


「なんで、俺の名前を……?」


 知っていますよ。だって、ずっと見てきましたから。あなただけを、ずっと。そして、顔を見て一瞬で分かりました。今の蒼樹さんは心を閉ざしていない。女性不信を克服している。

 私じゃない誰かが、私じゃない方法で蒼樹さんを救った。それが悔しくて、悲しくて……でも、嬉しかった。

 もしかしたら私を見てくれるかもしれない。私が近づいても敵視されない。蒼樹さんの願いを知った直後、心に秘めていた私の想いは爆発しました。


「そう! 私――花森 芽依が蒼樹君の彼女になります!」


 ……言った。言ってしまった。心のままに。私の想いを伝えてしまった。陰で支えるだけで良いと思ったのに。自分が付き合わなくても蒼樹さんが幸せならそれで良いと自分を納得させたのに。それでも私は、卑怯な女でした。


 今の蒼樹さんには好きな人がいて、その人が――美佐さんが蒼樹さんの心を溶かしたのだと分かりました。美佐さんと話しているときの顔、分かりやすいですから。

 

 美佐さんと一緒にいるときの蒼樹さんは幸せそうで、絶対に蒼樹さんの恋を成就させようと誓いました。私の胸に感じる、小さな痛みは無視して。


 それでも少しは、私も期待してたんです。ずるいですけど、私に心が傾かないかなって。だから。


「芽依が仕事大好きでそれだけが生きがいってレベルなら別に良いんだけど、そうじゃないなら、一緒に楽しもうぜ。新年なんだからさ。年の始めは楽しくないと」


 だから、嬉しかったんですよ? サンタとしての私以外に、価値を見出してくれたこと。本当の本当に、もう死んでも良いって思えるくらいに、嬉しかったんです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ