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22話 「半田 蒼樹」

 俺が中学二年生の頃だ。俺には彼女がいた。特別美人って程でもないけど、クラスの中でなら上から数えた方が早いくらい。相手の方から告白をしてくれて、俺はそれを受け入れた。

 毎日二人で下校して、一緒に遊んだ。毎月、付き合った記念日と言ってお祝いしたりして、学校中で有名になるくらいのバカップルだった。


 俺もそんな日が続くと思っていたし、高校も一緒のところを受けようと言って、未来も明るかった。だけど。

 そんな幸せもあっという間に終わった。俺と彼女が三年生に上がり、クラスがバラバラになった数日後。彼女が俺をふった。その隣に、見知らぬ男を引き連れて。

 どうやら新しいクラスで知り合った男子で、そちらの方を好きになってしまったらしい。好きになった一番の理由は……一目惚れ、だったそうだ。


 好きになったら周りがなにを言おうが関係ない。その気持ちは俺にだって理解できていたし、それが彼女の幸せだと思ったからその言葉を受け入れ、彼女を送り出した。だけど、彼女を取られた事実に納得したわけじゃない。

 一年育んだ愛が、たった数日の、しかも喋ったこともない相手に取られたことを、受け止められるわけがない。


 その時から俺は女の人という存在に対して拒否反応を示すようになった。遊びに行くことは勿論、話すことも、目が合うことも嫌になった。徹底して女子とかかわらないようにしてきて、高校生になっても、それは変わらなかった。

 仲良くなった一二三は、そんな俺を気遣って、できる限り俺に女子が近づかないようにしてくれていた。だけど、そんな壁を打ち破ってきたのが、美佐だった。

 美佐は生徒会に入っていたから、当時の俺みたいな闇を抱えた人間を放っておけないという正義感があったのかもしれない。何度も俺と話そうとしてきて、クラスの行事などでは積極的に関わってきた。女子と親密になってもいつか裏切られると思っていた俺の気持ちを理解していたのか、美佐は知り合い以上友達未満の関係を維持し、それ以上に深く踏み込んでくることはなかった。


 少しずつ、俺は美佐に心を開くようになっていった。だって、男女の関係というより、男友達のような距離感だったから。かつての彼女とは違う、と信じられるようになったのだ。

 そこから俺の拒否反応は目に見えて薄くなった。美佐という存在を知って、俺にとって女子は裏切る人間だけじゃないと思えるようになった。


 俺が美佐を受け入れた時には、もうクリスマスイヴになっていた。長い時間をかけて凍り付いていた俺の心を溶かしてくれた美佐のためにも、俺はもう一度だけ、信用してみたいと思った。


 二度と手に入らないと思い込んでいた普通の青春を、送ろうと決意した。普通に友達と遊んで、普通に恋して。そんな何気ない日常を。



 ――ああ、そういえば明日は、クリスマスだ。



 赤い帽子をかぶったサンタが子供へプレゼントを贈る日。普段の俺はそんな言い伝えを信じるほど純粋ではないけれど。

 俺はペンと紙と、ほんの一握りの期待を手に取って、眠りにつこうとした。



 もはや懐かしく感じる思い出。今となっては笑い話にできる程度の記憶だ。あの苦しい日々からは考えられない進歩だ。


「蒼樹さん、お風呂ありがとうございました」


「思ったより速かったな。俺はリビングのソファで寝るし、芽依は俺のベッド使って良いから」


「そんな……悪いですよ」


「一緒に寝たらまた紫音に誤解されるだろ」


 それに、俺としても芽依と一緒に寝るのは心臓に悪い。とはいえ、芽依をリビングで寝かせるわけにもいかない。俺にはこの選択肢しかなかった。

 俺が部屋から出ていこうとしたとき、芽依が引き留めてくる。


「ねえ、蒼樹さん。蒼樹さんは今も美佐さんのことだけが好きなんですか?」


 芽依からそう聞かれて、俺は即答できなかった。少しだけ間が空いてから俺は口を開いた。


「……俺は美佐が好きだよ」


 俺の答えに満足したのか、そうじゃないのか。複雑な表情で俺を見つめてくる芽依。


「そうですか。それなら良かったです。すみません、引き留めてしまって」


 芽依に見送られながら部屋を出た俺は、リビングに向かう。さっきの芽依の発言の意図はなんだったのか。そして、俺の答えを聞いたときの表情の意味はなにか。そんなことを考えながらソファに寝転ぶ。



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