綺麗なままで笑って4
翌日、私は例の記者に連絡をして会うことにした。
ろくに眠れておらず、瞼は腫れ、髪もボサボサのままで待ち合わせの場所である昨日と同じ公園に向かい、男と合流した。
「本日はわざわざお越しいただきありがとうございます」
「いえ、私も少しは落ち着きましたので...」
「そうですか」
「なぜアナタはこの事件について調べているんですか」
「僕も最初はこの事件についてそこまで関心をもっていた訳でもなく、調べ回ったりする気も無かったんですよね、ところがある日たまたまネットで長野陽那がメンバーから虐められていたんじゃないかという書き込みを見つけまして、そのタイミングで丁度シュラクを少しずつメディアで見かけるようになったんですよ」
「虐め...」
「もしそれが本当ならとんでもないゴシップですよね、一応僕の担当している雑誌はそういうものを生業としていますので、これは調べてみる価値があるかもしれない、と思いまして。」
「それで、虐めはあったんですか」
「まぁ当時者達は虐めがあったとしても正直に話す訳もなく、だからシュラクと一緒に仕事をしたことがある芸能人や番組制作スタッフなんかを片っ端から当たってみたんですよ。そしたらやっぱり、虐めみたいなものはあったようです。」
「そんな...」
私は膝の上で強く拳を握った
「メンバーが長野陽那に冷たく当たったりしている様子を見たっていう証言がいくつか聞けましてね、とくにスタッフの方からの証言が多かったですね。長野陽那はグループのなかでも飛びぬけて人当たりがよくて、スタッフに対しても礼儀正しくかなり好感を持たれていたから、彼女がメンバーから冷たくされている様子を心配して見ていたスタッフが多かったようです。」
「そうですか...」
彼女の根っからの優しさや純粋さをちゃんと見てくれている人が沢山いた、私はその話しを聞いて涙が溢れ出して止まらなかった。
「それで、彼女が虐められるようになったキッカケっていうのが、どうやら枕営業を断ったからじゃないかという話しもあるんです」
「え?」
思わず声が裏返ってしまった、胸が苦しくなる
「元マネージャーから聞いたんですが、メンバーで唯一、長野陽那が枕営業を断って、大きな仕事の話しが消えたそうなんです。その日からメンバーの長野陽那に対する当たりが強くなったような気がすると、元マネージャーの方はおっしゃっていました」
「...」
私は何も言葉を発する事が出来なかった。
「それから、遺族の方にもお話しを伺いまして、遺族の方も真実が知りたい、真実を明らかにして欲しいということでご協力してくださいました。そして色々お話しを伺っている中で一つ気になる事がありまして、それは長野陽那のスマホの最後の検索履歴が、アナタの枕営業疑惑について、だったんですよね」
「え」
その瞬間、私の頭は真っ白になった。
「アナタと長野陽那は仲が良かったと聞いていただけに、不信に思いましてね。遺族の方も娘さんからアナタの事は聞いていたみたいで、芸能界で一番仲の良い友人だとよく自慢していたようなんです。だからこそ、そんなアナタのゴシップを調べていたっていうのは何故なんだろうと思いまして」
「...」
「そしてあなたにお話しを伺ってみたところ疎遠になっていたと、何か心当たりとかはありませんか?最後に連絡をとったときはどのような感じでしたか?」
「し、知りません...最後に連絡とった時のことも、覚えていません」
「そうですか、念の為にお聞きしますが、アナタは枕営業っていうのは経験あるのですか?」
「...いえ、ありません」
「そうですか、わかりました。それではこの辺りで切り上げることにします。また何かあれば連絡するかもしれません。あ、そうだ、もしも記事を載せることになったらアナタからもお話しを伺った事を公表してかまいませんか?」
「...はい」
「ありがとうございます。」
男が去って行った後も暫く私は公園のベンチから立ち上がれず、うなだれた
私は彼女の事を何も知らなかった、彼女は私の事を知ってしまった。
その年の年末頃に週刊ジダイに長野陽那に関する記事が掲載された。
長野陽那が虐められていた疑惑、虐めによって精神的に不安定になり命を絶ったのでは、という内容の記事は、シュラクが売れ始めてきたというタイミングということもあり話題になった。
シュラクは公式で虐めがあったという事実を否定する声明を発表した。
週刊ジダイの記事には私が枕営業をしていたという疑惑について検索していたという内容も記載されていたが、その部分は全くと言っていいほど世間的には話題にならなかった。
決定打は、そこなのに
あれから更に長い時間が流れ、私はすっかり人気歌手としての地位を確立し、今日ついに憧れのあの人と同じくドームのステージに立つ
陽那はこんな私をみてどう思うだろうか。
「凄いよ!おめでとう!」
なんて褒めてくれるだろうか、それとも
「最低だね」
軽蔑するだろうか。
長野陽那というアイドルはかわいくて、かっこよくて、綺麗なアイドルのままファンの前から姿を消した。
私は綺麗なフリをしてファンの前に立ち続けている。
陽那、私はどうすればいいの?どうすればよかったの?
「それじゃリハ始めまーす」
「はい、お願いします。」
もしかしたら私の事嫌いになったかもしれない、私の事恨んでいるかもしれない、でもアナタには悲しい顔は似合わない、私の事なんて忘れて、綺麗なままで笑っていて
「凄いね、ほんと」
おわり