綺麗なままで笑って3
デビューしてから6年が経った頃、相変わらず鳴かず飛ばずだった私に千載一遇のチャンスが舞い込んできた。
全国ネットで放送されるドラマの主題歌を担当出来るかもしれない、という話だった。
ただし、無名の私が無条件でいきなり大きなタイアップを得られるはずもなく
私は、偉いオジサンとホテルに足を運んでいた。
過去に一度こういう経験をしてから久しく、今回が二度目になる。
相変わらず、抵抗はそれほど無かったが、一つだけ胸に引っかかる事があった。
それは、長野陽那という存在だった
(陽那、アンタは...アンタなら...どうする?)
私の曲はドラマの主題歌に抜擢され、今をときめく若手人気俳優と人気女優が主演ということもありドラマは大ヒット、おかげで私の歌もかなり売れ、一気に仕事が舞い込み、忙しい日々を送ることになった。
「凄いよねー本当、すっかり人気者だもん」
「やめてよ...陽那もすぐに人気者になれるよ」
「そうかな~、いや、そうだよね。私も頑張らなきゃ!」
長野陽那とは親友と言ってもいい程の仲になっていたが、私が売れっ子になった本当の理由は言えなかった。
彼女に幻滅されるのが怖かったから、きっと彼女はずっと綺麗なままのアイドルでいるだろうから、汚れている自分が惨めで堪らなくなりそうだったから。
多忙な日々を送り、年月が流れていく中で沢山の友達が増えた、同時にいつのまにか長野陽那とは疎遠になり、連絡をとることもほとんどなくなっていった。
ある日、何気なく見ていた歌番組にアイドルグループ『シュラク』が出演していた。
しかしその番組には長野陽那の姿はなく、私は嫌な予感がしてすぐに長野陽那についてネットで検索した、すると長野陽那がシュラクを卒業し、芸能界も引退するというお知らせがシュラクの公式サイトに掲載されていた、しかも去年の日付で。
知らなかった、彼女からは何の連絡も来ていない。
私はすぐにメッセージアプリで彼女に連絡をとろうとしたが、連絡先リストから彼女のアカウントが消えていた。
私は一気に体の力が抜けて、スマホを地面に落とし、ただ涙を流し続けた。
それから数ヶ月後、仕事の合間に喫茶店で時間を潰していると、一人の男が声をかけてきた
「あの、自分『週刊ジダイ』の記者をしている者なんですが、少しお話しを伺ってもよろしいでしょうか?」
男はこちらの返答を待たずに向かいの席に座った
何かのゴシップ記事だろうか、心当たりが無かったので私は少し動揺した
「あの、何の話しでしょうか?」
「長野陽那、という元アイドルについてなんですが」
私は息を吞んだ
「陽那、あの子がどうしたんですか?」
「あなたは長野陽那さんと親交が深かったようですね?」
「はい、でも私の仕事が忙しくなってからはあまり連絡をとらなくなってしまいました」
「そうですか、僕は長野陽那さんが自殺した事件について調べていまして」
「は?」
「すみません、不快な思いをさせてしまいましたか、アナタを疑っているとかそういう訳では無くてですね...」
「いや、違う、自殺ってなんですか!」
「え?」
私は理解が追いつかず、手のひらでテーブルを叩いて声を荒げた。
「え、えーっと、昨年長野陽那さんが自殺した事件についてなんですが」
「自殺!?陽那が!?」
「あの、もしかしてご存知なかったですか?」
陽那が自殺?ありえない、私は呼吸が荒くなり吐き気を催した。
「あの~、少し場所を変えましょうか」
周りの客がこちらに注目していたようで、男と共に店を出て少し歩いた所にある公園に入り、ベンチに腰掛けた
「あの...陽那が自殺したっていうのは...」
「はい、ええっと、昨年の4月に長野陽那さんは所属していたアイドルグループを卒業し、同時に芸能界からも引退されました。その半年後の10月に実家の自分の部屋で首を吊っている所が発見されまして」
「そ、そんな...」
「まさかご存知ないとは...ニュースでも元アイドルが自殺したって報道されていたんですが、すぐに話題にはならなくなりましたが」
「知らない...知らない!!!」
大粒の涙が頬を伝う、呼吸が荒くなり手が震える。
「グループのメンバーにも話しを伺っていたんですが、どのメンバーよりもアナタとの親交のほうが深いんじゃないかという話しを聞きまして。」
「うああああああ!!!!!!」
「今日はお話しを伺える状態ではなさそうですね...すみません、またお伺いいたします。」
男は連絡先を記した紙を私に手渡し立ち去った。
後に取材の予定が入っていたが、まともに取材を受けられる精神状態ではなかった為、マネージャーに無理を言ってその日の取材はドタキャンしてもらい、翌日の仕事も全てキャンセルした。
家に帰って私は恐る恐る長野陽那の自殺についてネットで検索した。
確かに昨年の10月に元アイドルが自殺したというニュースがいくつもヒットした。
実名報道されてはいなかったものの、SNSでは長野陽那で間違いないだろうという書き込みが拡散されていた。