綺麗なままで笑って1
母が好きだった有名女性シンガーソングライター
大きなステージにギター一本携えて立ち、会場を埋め尽くす大勢の観客をその歌声で魅了する。
そんな彼女のステージに憧れて、私もいつかこんな歌手になるんだと、幼い頃に夢を抱いた。
高校3年生の頃に今の事務所に所属する事になった。
「ついに私はプロの歌手になったんだ」
なんて、浮かれていたのも最初だけだった。
デビューしてすぐリリースした楽曲は100枚も売れず、その後は新曲を出すこともなく、仕事もないまま時間だけが流れてゆき、現実というものを思い知った。
初めて身体を売って仕事を手に入れたのはデビューから3年ほど経った頃
当時付き合っていた彼氏と経験は済ませていたので、初めてを知らないオジサンに捧げた訳ではなかった。
抵抗は少しだけあった。
でも、この業界ではこういう事はきっとよくある事なのだろうと思った。
私が憧れているあの人も、もしかしたら...
そうして手に入れた仕事は、歌の仕事ではなかった。
映画への出演、主人公の友達のうちの一人という役だった。
1時間30分の映画の中で、私の出番は合計で20分くらいで、台詞の量は合計で台本1ページ分にも満たない程だった。
自分の身体の価値なんてこの程度なのか、と絶望したけれど
家で一人、あの人のライブ映像を見て
「自分もいつか、きっと」
と、なんとか自分を奮い立たせた。
あの子に出会ったのはその翌年だった。
私はローカルのラジオのアシスタントをしていて、そのラジオにゲストとしてあの子のグループがやって来た。
「アイドルグループ『シュラク』の元気印!長野陽那です!」
第一印象は、「よくいるぶりっ子アイドルちゃん」
「昨日スマホを触ってる時に突然マネージャーさんから電話がきて、ビックリしてスマホ落としちゃって画面が割れちゃったんですよ~」
「また~?陽那、前も同じ感じでスマホ落として画面割ってたよね」
「もう、ほんとおっちょこちょいだよね陽那は~」
アイドルたちがわざとらしく笑い合っているので、とりあえず私も愛想笑いをしてその場の雰囲気に合わせた。
きっとこの子達も裏では仲が悪かったり、タバコをふかしながらファンの悪口を言ったりしているのだろう。なんて心の中で勝手に決めつけたのは、実際にそういうアイドルや女優なんかを何度も見てきたからだ。
本番が終わり、局の中にある自動販売機で飲み物を買って帰ろうとしていた所に、さっきのアイドルグループのメンバーの一人、長野陽那が声をかけてきた。
「お疲れ様でした、今日は凄く楽しかったです!」
所謂、営業スマイルというものだろうか、眩しいくらいの笑顔を向けてくる彼女に対して私は
(私なんかに媚び売っても仕方ないのに)
と思った。
「あ、はい、お疲れ様でした」
私は素っ気ない返事をしその場を立ち去った。
そして、その数ヶ月後、私は再び彼女と再会したのだった。