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「それでルベルメル。お前はどのようにして僕の役に立つつもりなんだ?」
ダリアスは前傾姿勢で手を組み座り、目の前の女魔術師ルベルメルに問う。
ルベルメルが所属しているのは悪名高い『次代の明星』。その集まりの名はダリアスも当然知っている。そしてその魔法の腕前、練度の高さも。
だからこそダリアスは疑問に思う。ルベルメルがダリアスに協力を呼びかけるのには彼女にとっての利益があるから、それは理解できる。だがしかし、なぜその相手がダリアスなのか。魔法の腕では彼女の足手まといとなってしまう可能性が高い。加えてソビ家の長子ではあれど、ダリアスにはほとんど裁量権はない。また、父ゾインのダリアスに対する評価も限りなくゼロになってしまっている今、ダリアスに人質としての価値もない。
武力的にも政治的にもダリアスの代用が利く人間は他にも十分いるように思う。
彼女によって上手に乗せられたダリアスでも、最低限は考えられるようだ。
「ダリアス様、私達の目的と天敵と認識している人物がどなたかご存じでしょうか?」
「目的?」
ダリアスは、質問に質問で返されるとは思わなかったようでルベルメルに聞き直してしまう。
「ええ。私達だって、純粋に魔法が大好きで、そんな大好きな者どうしで意味もなく群れてじゃれている訳ではございませんの」
そりゃそうだ。なにせルベルメル含め、次代の明星はサンティア王国内では大罪人として広まっている。そして彼女らが王国内で起こした事件は数多い。魔法が大好きで遊んでいる緩い集団ではない。
「目的はたしか、魔法を扱える者、つまり魔法士のみによる政治運営、国の運営だったか。天敵? 知らんが、国王陛下かそのあたりの王族だろうか?」
「目的はまあ、そんなところです。天敵はつまり、その目的の邪魔になる人物ですね。例えばその人物は、魔法が使えないサルに対して悪知恵を広めた。『原典』の、その副本をばら撒きサルどもに無駄な知識を与えた悠久の魔女です」
それを聞いてダリアスはなるほど、と思った。
サンティア王国において、魔法が使える者と使えない者の両者の間に少なからず格差があることは確か。しかしその格差が決定的で絶対的な差になっていないのは、副本による魔法知識の伝播があったからである。知識の恩恵は各職種の発展や生活利便性の向上といった方向で一般人でも十分に受け取ることが出来た。そして同時に魔法知識を利用し、魔道具を作り上げることが出来るようになった。
つまり、魔法が扱えない一般人でも魔道具によって限定的で疑似的に魔法を使うことが出来るようになったのだ。
他方、原典は素養のある者しか開き、内容を目にすることは出来ない。それは書かれている文字そのものが強烈な魔力を生み出し、一種の毒を成してしまっているからである。
つまり副本がなければ一般人は知識を自分一人の力では手に入れられないのである。これはそのまま魔法士と魔法が扱えない者との決定的な格差に繋がっていき、優劣という判断から優生思想、排斥へと向かってしまう。
一方からの極端な見方をすればルベルメルら『次代の明星』とはそのような集団なのである。
「お前らが目の敵にしているのは理解できた。だが、それが僕とどう関係する?」
「魔術学院には一か所、厳重に鍵がかけられている部屋があります」
「部屋?」
「そこは重要な書物が保管されている書庫なのだそうです。そこに『原典』その原本が一冊収蔵されているそうなのです」
原典が魔術学院に収蔵されていることなどダリアスは知らなかった。おそらくは父のゾインあたりは知っているのだろうが、それを口にしないところを見るに、
「その書庫、管理者は誰なんだ? 学長、なんて小物ではないんだろう?」
「察しが良いですね、ダリアス様。……悠久の魔女、ですよ」
「悠久の魔女!? ……だが、そうか。そうだな、それくらいの大物でなければお父様は既に動いていただろう」
ダリアスは息を吐いて、水の入ったグラスを手に取る。驚きの声を上げ、渇いた喉を水で潤した。
「悠久の魔女が管理している書庫、『禁書庫』。私の目的は禁書庫から『原典』を奪うことにあります」
「っ!? 正気か!? 相手は悠久の魔女なのだろう? 魔法が得意だろうお前でも、その実力が魔女の足元にも及ばないことくらい想像できるだろう!」
せっかく潤したダリアスの喉は、再度大きな声を出してしまい僅かな痛みを帯びた負荷がかかる。
しかし対するルベルメルはあまり悲観的ではない。
「実力ならば、そうなのでしょう。ですが、魔女は常に禁書庫にいるわけではありません。と言いますか、ほとんど禁書庫にはいません」
ルベルメルは立ち上がると、棚に置いていた水差しを手にし、空となったグラスに注ぐ。
「なぜそんなことが分かる? お前は魔女を知っているのか?」
ルベルメルはそのまま椅子に座り、ダリアスのグラスにも水を注いだ。
「いいえ知りません。ですがこれは信頼できる情報筋からのものです。私はそれが正しいと信じています」
ルベルメルのその目は、自分が手にしている情報を信じて疑わない目をしていた。
そんな目を見たダリアスは、彼女のその自信はどこから来るのか問いただしたところで自分はきっと理解できないだろうと思った。
「……分かった、僕も信じるとしよう。それで、場所が魔術学院の中、そして僕、か」
「ダリアス様には私の代わりに下準備をしていただきたいのです。短時間でしたら多少の不審さで済むでしょうが、私が長時間魔術学院をうろついていると問題になるでしょう」
ルベルメルは小さな欠片を取り出してダリアスに見せる。
それは光を浴びて輝く。
「魔石です。これを学院中に撒いてほしいのです」
ダリアスも魔石については知っている。
だが、魔法が使えるルベルメルにこんな魔力量も僅かしかない欠片が何の役に立つのか分からない。
怪訝そうなダリアスを見てルベルメルは笑う。
「禁書庫に侵入して原典を奪い取るのです。外からの妨害は排除しておきたいでしょう?」
ルベルメルが撒いてほしいというのであれば、なぜなのかいまだ分からないがそれくらいはしよう。
ダリアスにとってこんなことは何の苦でもない。学院を散歩がてらに欠片を撒いて歩けばいいだけのこと。
「お前の求める協力は分かった。それに対して僕が得られる利益はなんだ?」
ダリアスは一方的にルベルメルの願いを聞き入れるわけではない。願いを聞き入れた先にダリアスが得られる利益があるだけのこと。
それをダリアスに提示しないことには、この話は白紙になってしまう。
「ええ、奪い取った原典、その新しい保管を——」
夜が深まっていく。
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