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10 第3部1章 終

 その頃合いを見計らって、キリシヤが手を挙げて発言する。


「つまりエインズさんは、……魔法は基本的に術式詠唱が不要で、術式詠唱とは魔法として発現足り得ない要素を補うためのものでしかないと、言っているのですか?」


「そう。だからこそ、術式を覚えることが至上と考えるのは目的と手段が区別出来ていないと言ったんだよ」


 エインズは人差し指を立てる。


「一つ、この出来損ないの枕に書いてあった間違いを正してあげよう」


 エインズは教科書に書かれていた内容を読み上げる。

 それに合わせて、生徒たちはそれぞれが持つ教科書を開きその箇所を目で追う。


「ここには、『魔法は一種類のものしか発現できず、同時に複数の魔法を展開することはできない』と書かれているね?」


 教科書の内容を読んだ生徒らが静かに頷く。彼らは教科書を読む以前からこの内容について理解していた。

 なにせ人間には口が一つしかなく、つまりそれは一つの魔法の術式しか詠唱できないことを意味する。また、これまで見聞きしてきた魔法や魔法士たちの誰もが魔法のマルチキャストでの展開が出来なかったのだ。


 加えて攻撃魔法、中級三種以上のものとなればそれだけで強力である。わざわざマルチキャストをする必要もなかった。


「確かにマルチキャストは少し難しいね。これは複数の魔法を同時に正確にイメージすることが求められるからだ」


 だけど、エインズは続ける。


「ここで術式詠唱などの補助的なものが役に立つ」


 エインズは皆に左手に注目させるようにわざわざ腕を前に出す。


「見ていてね。これが補助手段の正しい使い方だ」


 エインズは無詠唱で氷槍を宙に展開する。と、同時に指を鳴らす。


「「まさかっ!?」」


 一同が驚愕する。

 氷槍の展開と同時に火槍の展開も完成していた。複数の魔法の同時展開、いわゆるマルチキャスト。


「分かりやすく説明しよう。まずこの氷槍、これは無詠唱で展開した。次にこの火槍の展開だけど、瞬時にイメージを構築するために『指を鳴らす』動作で要素を補ったんだよ」


 補助動作はなにも詠唱でなければならないなんてことはない。魔法陣を描いてもよい、指を鳴らしてもよい、足で踏み鳴らしてもよい。どんな動作でも、それがイメージ構築の補助となるならばその方法は問わない。


「だけどここに書いてあるように術式を丸暗記して、イメージの構築をすることもなく補助手段に頼り切った魔法の発現に慣れてしまったら、ここには絶対に至れないよ?」


 エインズは発現させた氷槍と火槍を解除して、教壇に置かれている教科書を手に取る。


「魔法を自在に操るはずが、術式を覚えることに躍起になる。ミイラ取りがミイラになり、魔法の奴隷となり下がった人間を、僕は魔法が使えるだけの『魔法使い』と呼んでいるんだよ」


 手に持った教科書をぞんざいにハンナへ投げ捨てる。

 何の役にも立たず、安物の枕以下のお荷物だと言われた、仰々しいハードカバーが施された教科書がずっしりとハンナの腕の中に収まる。


「ハンナ=ウィールズ、君は真に『魔法士』足り得るかな?」


「……一介の従者が、なんでマルチキャストまでやってのけられるのですか! ……あなたは一体何者なんですか!」


 ハンナの教科書を掴んでいる手が微かに震える。

 射貫くほど強くエインズを睨みつけていたハンナのその目に既に先ほどまでの力はない。目の前の、明らかに自分よりも格上の存在に畏怖する。


「まだ名乗っていなかったね。僕はエインズ。エインズ=シルベタス。魔術師をやっている者だよ。ああ、シルベタスは家名でもなんでもないからね」


 皆、エインズの講義にメモを取ることも忘れて聞き入っていた。

 しかしこの講義によってセイデルを含む皆が、魔法に対する認識を改めたのだった。

 これで一件落着かと思われたとき、再度キリシヤから質問が飛ぶ。


「エインズさん。とても分かりやすく、目から鱗が落ちる思いでした。ですけど、一つ気になったのです」


 目や鼻や口などの各パーツがバランスよく配置され完成された造形美。その白く成長過程の色気があるキリシヤの眉間にしわが寄る。


「なにかな?」


 すぐにキリシヤに向き直るエインズ。


「魔法は自然界の法則や事象だとエインズさんは言いました。でしたら、中級三種の火槍はどうして宙に浮いているのですか?」


 自然界に槍が宙に浮くなどの法則や事象はない、そうキリシヤは言っているのだ。

 ここでエインズは講義の中で初めて驚きを見せた。


「……確かに。キリシヤの質問はかなり素晴らしいものだ! 的を射た問いだね!」


 エインズは腕を広げて、キリシヤの質問に対して喜ぶ。


「は、初めて、キリシヤと呼び捨てに……」


 対するキリシヤはそれどころではない。

 魔法談義の最中ということもあり、エインズは無意識にキリシヤを呼び捨てで呼んだのだが、彼女からすればそれは頬を赤く染めさせるほどのものであった。


「キリシヤの今の問いはまさに、魔法士の問いだ。そしてその問いと答えは、魔法と魔術そしてその先を見るために必要なものだね」


 だけど、エインズは首を横に振る。


「だけど、その知識を真に求めている者はここにはいない。だからキリシヤが相手でも秘密だよ」


 エインズは笑顔で答え、「それじゃあ」とライカに手を振り教室を後にするのだった。


「……おお」


「おおおおぉお!」


 エインズがいなくなった教室に今日一番のどよめきと拍手が鳴り響いた。

 彼らは今、自分が認識していた魔法の原則が目の前で破られた光景を目にしたのだ。

 魔術学院に通うほどの者たちである。高ぶらずにはいられない。

 その横でハンナはぺたりと床に尻をつく。

 頬に赤みが残るキリシヤは、はっと我に返りセイデルに指示を出す。


「セイデル、エインズさんの後を追って。ここを知っているあなたなら、エインズさんの案内役になれるでしょう?」


 セイデルは「畏まりました」と胸に手をやりお辞儀すると、エインズの後を追って教室を飛び出した。


「ライカ! 聞いた!? エインズさん、私のことを『キリシヤ』って、呼び捨てで呼んでくれたわ! ……あぁ、エインズさん。魔法の腕前も知識もこの国一番の方が私の目を真っすぐ見て……」


 キリシヤはキリシヤで他の生徒たちとは違う方向で高ぶっているようだ。

 熱さが残る頬を両手で押さえながら首をぶんぶん横に振るキリシヤを「はいはい……」と顔を引きつらせながらも宥めるライカ。


「……それで、この後の講義は無事に行われるのかしら……」


 歓声が収まらない教室でぽつり、ため息混じりにライカは呟くのだった。


【お願い】


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