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【第5部完結】隻眼・隻腕・隻脚の魔術師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔術の探求をしたいだけなのに~  作者: すずすけ
第3部1章 魔術師の幻滅

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09

 ライカは教科書を受け取りながら尋ねる。


「ちょ、ちょっとエインズ。勝手にうろつくなんて出来ないわよ?」


「そうですよ、そこの従者さん。ライカさんの言う通りです。講義の邪魔をされるのも良くありませんが、だからといって勝手な行動は控えて下さい」


 ハンナはため息をつきながらエインズに注意する。

 まだ学院生活の勝手が分からない周りの生徒は静かに傍観している。内心、エインズの行動により講義が止まっている状況にうんざりしているだろうが言葉には出さない。


「だってこの講義、意味ないじゃないか。程度も知れたしもういいや」


 エインズの思わぬ言葉に開いた口が塞がらないハンナ。


「ライカも、この本は使わないほうがいいよ。魔法の上達はおろか、魔法士としての先はないよ?」


 エインズの冷めた目がライカの手元の教科書に落ちる。


「こんな無駄に分厚いもの、眠るための枕にしかならない。それでも堅くて寝づらい分、安物の枕の方が幾分もましだよ」


 そこまでこき下ろされて、ハンナは怒りに肩を震わす。


「あなた、何様のつもりですか! 名家の従者だからといって全てが許されるわけではありません! 身の程を知りなさい!」


 ハンナの強い口調にクラスの中が一瞬にして緊迫する。

 が、そんな空気をエインズは何とも思わない。


「手段と目的の区別もつかない魔法使い程度が教壇に立つなんて、魔術学院の底が知れたね。僕としては魔術という言葉を使わないでほしいくらいだ。虫唾が走る」


 さらに火に油を注ぐエインズ。

 徐々に生徒らの顔が青くなっていく。普通の人間ならばハンナの怒気に状況の改善を試みるところだが、エインズはさらに悪化させる。


「私は! 魔術学院の教諭を務める魔法士です! 雇われの従者がふざけないでください!」


 耳の付け根まで真っ赤にしたハンナと、何食わぬ顔で彼女を見下げるエインズ。

 ハンナは一度深く息を吐いて、声のトーンを落として続ける。


「……そこまで言うのなら、魔術学院における教育方針の何が間違っているのか是非ともご教授してほしいわね」


 ハンナは自らの魔法の腕が並の人間以上だと自負している。

 だからこその挑発を、ハンナはエインズに吹っ掛ける。

 雛壇状に席が設けられている教室のため、天井は高く設計されている。上段に立っているエインズの位置でも天井までの高さは三メートル弱ある。


 教壇に立っているハンナの位置からすると天井はその倍くらいの高さにある。

 生徒から見るハンナはまさに、広大なキャンバスにポツンと一人描かれた小さな小人のようである。しかしそこには魔術学院の教諭としてのプライドやサンティア王国の優れた魔法士としてのオーラや風格が確かに感じられ、嘲笑的なシュールさはそこにはない。

 張り詰める空気の中、一拍置いてエインズは口を開く。


「……ふん。君はその知識を求めていないね。求めていない人間に教える必要はないでしょ?」


 ハンナの言葉その意味するところを理解した上での発言なのか、エインズはハンナの挑発を意に介さず止めていた足で前に踏み出す。

 まさに図星をつかれ閉口するハンナと、成り行きをただ見守ることしか出来ない他の生徒。

 沈黙が続く空気の中、数歩雛壇を下りたエインズの背中に声がかけられる。


「エインズさん、私は気になります。エインズさんが言った言葉の意味するところが。教えてはいただけませんか?」


 沈黙を破ったのはキリシヤだった。そこには普段の優しく可愛らしい表情はなく、真剣な顔つき。

 足を止め、振り返るエインズ。彼女の目は真っすぐエインズに向けられていた。


「……それとも、私は知識を求めていない人間でしょうか?」


 その力強い視線を向けられながら、エインズは人形のように可愛らしいキリシヤに対して場違いにも、魔法士の顔つきもできるんだな、と思った。


「……なるほど。確かにキリシヤさんは知識を求めているね。いいよ、教えてあげよう」


 エインズはゆっくりと雛壇を降りていき、教壇に向かっていく。

 しかしそこにはハンナが立っており、その場を動かずエインズをその双眸で睨みつける。


「……『錬金術師は騙る。砂を金に、白を黒に。しかして羊は得をする』」


 エインズは足を止めず、進行方向にある石ころを見るようにハンナをその碧眼で捉え、言葉を紡ぐ。


「『教壇に立つことは損』。重ねて強調、『教壇から下りることは得』。そこから退きなよ、ハンナ=ウィールズ」


「いいえ動きません。ここは魔術学院の教諭のみが立つことを許され――、」


 ハンナはその目でエインズを捉えたまま拒絶する。――言葉では。


「っ!?」


 しかしハンナの足は勝手に動き、エインズに道を譲るようにして教壇から下りる。


「な、なんでっ!?」


 混乱するハンナ。

 身体が思い通りに動かない。教壇に立ったエインズを横からぶん殴って退かしてでもその場所を取り戻そうと強く思っても、ハンナの身体はまるで磁石が反発するように教壇に対して一歩も近づけない。


「意外に使い勝手がいいね、この魔法。これだけでもコルベッリが優れた魔法士だったかが分かるよ」


 なんせこの魔法を作ったんだからねすごいすごい、とエインズはうんうん頷く。


「(これが、……魔法? こんなの知らない。上級魔法のような派手さがないのに、……こんな奇妙な)」


 教壇から一段降りたところからエインズを見上げることしか出来ないハンナ。

 そしてその奇妙な魔法はひな壇の上段、キリシヤの目にも映っている。


「セイデル、今の魔法はなんですか? あの奇妙な魔法を知っていますか?」


「いいえキリシヤ様、私も知りません」


 キリシヤの問いに首を横に振るしか出来ないセイデル。


「……あれは、コルベッリの魔法よ」


 横からライカがキリシヤに答える。


「ライカは知っているの? コルベッリというと、たしか……」


「『次代の明星』拘束の魔術師コルベッリが得意とした魔法よ」


「これが、次代の明星の、魔法……」


 この奇妙な魔法。そしてその魔法を前に、魔術学院の教諭がいとも容易く退けられている現実に、『次代の明星』の脅威が知れる。


「さて、それじゃあ早速教えようか」


 エインズが講義を始める。

 そもそも魔法とはなにか。これについて話し始めるエインズ。これはライカに教えたように、自然界にある法則や事象を魔力でもって発現させることであることを伝える。


「これは勿論知っているよね。それじゃあ先から出ている術式とその詠唱について、だ」


 知らなかった。

 ライカ以外の全員が。皆、漠然と魔法というものを認識していたが故にその細かく言語化された意味を正しく認識していなかった。


「そもそも魔法によって発現される事象は既にそこらにあるんだよ。だから形のない魔力にその事象という形を与えて放出することで形ある魔法として顕現するわけだ」


 事象を正しくイメージできれば魔法の発現に術式はいらないのだとエインズは言う。


「では術式とは何か。これは、正しくイメージが出来ない事象を、魔法として発現させるに足る要素を補う補助的なものさ」


 ここまでを言って一区切りつけるエインズ。


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