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08

「わたし達の到着が遅いのはエインズのせいよ、キリシヤ」


 エインズの方に顔を向けていたキリシヤに、ライカが横から挟み込む。


「あら、エインズさんは朝が弱いんですか」


 エインズは義足で石膏床を叩き、椅子を作り出して腰かける。


「今まではそうでもなかったんですけどね、大都会キルクに来てからはどうも浮かれているのか一日が長くなりまして……」


 つまりは夜更かしをして朝起きられなくなっているだけである。


「リーザロッテ閣下も朝に弱いみたいですし、魔術師の方はみんな朝に弱いのかもしれませんね」


 まるでヴァンパイアみたいですね、なんて言いながらキリシヤは小さく笑った。


「はい、みんなおはよう! 今日も時間に揃って先生は嬉しいです」


 教室に入ってきたハンナの明るい声が教室に広がる。

 エインズは耳を押さえながら苦言を言う。


「……元気だねー」


「ハンナ=ウィールズの良いところは、その明るさですからね。お酒と水の違いも分からず浴びるように酔っぱらった二日酔いの朝には響く声ですが」


「セイデルさんも冗談を言うんですね」


「面白さは保証しませんが、洒落は言いますよ」


 セイデルは小声でエインズに「すみませんが今日は私も椅子に座りたくございましてお手数ですが……」と自分にも椅子を出してほしいと頼んだ。


「もちろん、いいですよ」


 そう答えたエインズだったが、セイデルの息から微かにアルコールの臭いを嗅ぎとっていた。

 どうやらセイデルは昨日、深酒をしてしまったようだ。

 だとすれば先ほどのセイデルの発言もあながち冗談ではなく、今この時の実体験の話なのかもしれない。


 エインズは先ほどと同じように義足で床を叩く。

 セイデルのすぐ後方の床が不自然に波打ち、音もなく浮き上がると、椅子の形に変形し固定化された。

 重い腰を下ろすセイデル。深く息を吐く彼の辺りにアルコールの臭いが漂う。

 そんな様子を教壇から口をぽかんと開け、間抜け面で眺めていたハンナ。


「……あのー、セイデル先輩。従者である先輩が当然のように椅子に座らないでほしいんですが。というか、その椅子どこから出てきたんですか?」


 周りの生徒がエインズの魔法を見たときは彼らの知識不足もあり困惑した表情を見せたが、魔術学院の教諭であり魔法に関する知識にも長けたハンナ=ウィールズであれば同じ光景を見れば驚愕する。


「ああ、お構いなく。ハンナ=ウィールズ教諭は普段通り講義をしていただければ」


「いえ、その、床が……」


 落ち着いた様子で語るセイデルと、落ち着きを取り戻せないでいるハンナ。


「床は壊さないし、元通りにしておくから気にしなくていいよ」


 セイデルの横に座るエインズが返す。

 ハンナのエインズに向ける目は「あんたも座ってんのかい」というものだったが、このまま問い詰めたところで生徒は困惑するだろうし講義の時間もなくなると判断し、セイデルの口車に乗って講義を始めることにした。


 前の黒板を使いながら講義を始めていくハンナ。最初こそは、まとまらない思考のせいもあり、途切れ途切れの流れが悪い講義だったが、徐々に普段通りのパフォーマンスを取り戻していく。


「そんなに床が心配なんですかね、ハンナ先生」


「彼女は心配性でもなかったはずですよ、私の知る限りでは。……っと、いけませんね。少し私も酔いが過ぎていたようです」


 セイデルはハンナが驚愕していた理由について見当がついている。彼自身、昨日エインズの魔法を見て驚いていたのだから。

 錬金術。その魔法自体は魔法を学んだ者ならば皆知っている。


 だが教えられた内容は、錬金術とは難解すぎる故に大がかりな術式を用いる必要があるとのことだ。

 単一の物質を変形させるのならば術式詠唱でも可能である。だが、様々な物質が混在するものの操作は複雑すぎるため、正確に陣を書く必要がある。


 物質の正確な把握能力と術式の構成、労力ばかりがかかって得られる恩恵は少ない。そのため錬金術は魔法士の頂点にある魔法とされ、難解すぎるが故に誰も手を出さないのだ。

 だが、セイデルの横でつまらなさそうに講義を聞いているエインズは違った。


 そんな錬金術に関する教えを切って捨てるようにエインズは無詠唱でやってみせた。

 セイデルは知らないが、エインズは無詠唱だが術式の展開はしている。しかしそれは傍から見れば同じこと。


「皆さんが魔術学院を卒業する頃に身に着けておく一つの目標として、火槍・氷槍・ライトニングの中級魔法――、一般的に中級三種と言われる魔法を略式詠唱で発現させることです」


 ハンナに注目を向けている生徒らに、彼女はそう告げる。

 しかし彼女の言葉に耳を傾ける生徒の中には既にその域に達している者がいる。

 自然と周りの生徒はライカの方に目を向ける。


「ライカさんはすでに中級三種の略式詠唱が出来ていると聞いています。ですので、さらに高度な無詠唱での展開、上級魔法の略式詠唱を目標としてください」


 ライカに視線を飛ばすハンナに彼女は黙って頷く。

 ライカ自身、それには既に取り掛かっている。だが、これが一朝一夕には出来ない。エインズから直接教わっている彼女だが、それでも上手くいかない。


 その現実が彼女を、周りから一つ抜けた技量を持っていたとしても浮かれさせないのだ。まざまざと思い知らされる。天才と凡人の違いを。

 ライカの父、カンザスも優れた腕を持つ魔法士と彼女は聞いている。それこそ周囲からは天才と持て囃されるほど。


 だがカンザスは自身のことを「天才には遠く及ばない秀才程度」だと言う。彼も知っているのだ。天才のその腕を。


「皆さんは私と一緒に学んでいきましょう。そのための教材はありますし、それだけの知識の提供がここでは出来ます!」


 そこからの教育方針をハンナは伝えていく。

 魔法とは術式に魔力を注ぎ、魔法の形として発現させるのだと。故に術式の理解、理解のために様々な術式を頭に入れることが重要なのだと。


「……」


 エインズは不満げな顔でそれを聞いている。


「私もこれには泣かされました。特に上級魔法の術式が難解で、どれだけ時間を費やしたことか」


 エインズのとなりでセイデルはそう呟く。

 それを聞きエインズは椅子から立ち上がる。

 義足で床をカンと一度叩くと、椅子は形を失い元の平坦な床に戻った。


 エインズはライカのそばまで歩いていき声をかける。

 その行動は教壇に立っているハンナは勿論、ライカの隣に座っているキリシヤも確認できた。

 再三にわたり進行を妨害するエインズに何か言いたそうなハンナだったが、それを無視してエインズは、


「ライカ、その本見せてよ」


 と、生徒ら全員の机の上に置かれている本に指をさす。


「教科書? エインズなら別にいらないでしょ。まあいいけど、いつもみたいに汚さないでよね」


 などと軽口を挟みながら返すライカだったが、それに対しエインズは反応せず無言でパラパラとページをめくる。

 それから少ししてエインズは本を閉じる。


「はい、ありがとう、返すよ。あと、僕は少し学院の中を散歩してくるよ」



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